Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

9月20日、出産クラスその1。(妊娠25週2日)

 日赤医療センターの、マタニティクラスに参加した。きょうは、出産クラスが開催される。妊娠25週から30週の妊婦とパートナーにおすすめだとのこと。だんなとふたりでうけることにした。ほかにも、妊娠クラスと産後クラスをうける予定。妊娠クラスは予約が混んでいて順番が逆になったが、来週の金曜日に予約を入れた。どんな話がきけるのかなあ。すっかり学生の気分だ。

 20分ほど前に会場に着くと、すでに受付を済ませている人がいた。夫婦で参加する人も、ひとりで参加する妊婦さんもいる。ぜんぶで30人から40人くらいのクラスだ。6人から7人ずつ座れるテーブルが6つある。グループにわかれて、ディスカッションをするようだ。進行役の助産婦さんがふたり、前に出てきた。予定日の順番にあわせてならんでください、とアナウンスしている。予定日が近いものどうしがグループになる。わたしは予定日が来年の元旦だから、12月後半から1月前半の人といっしょになった。
「こんにちは」
「よろしくおねがいします」
自己紹介タイムだ。話す内容は、助産婦さんからアドバイスをされている。自分の名前、予定日、最寄り駅、おなかの赤ちゃんの呼び名。自己紹介のあと、出産をひかえたいまの気もちや不安について話しあう。わたしがいるグループはまちがいなく、だんなとわたしが最年長だ。気になる前に話してしまおう。
「神戸海知代です。夫の聡です。45歳の初産で、ワクワクしています。どうぞよろしくおねがいします」
わあっと、声があがった。やっぱり、45歳の初産はインパクトがつよいんだ。と思っていたら、つぎつぎにうれしい感想をきかせてくれた。
「えー、信じられない」
「30代前半に見えますよ」
「若いですよね」
「おんなじくらいだと思いました」
「こんなふうになりたいな」
優秀な化粧品販売員と話している気分だ。このまま商品をすすめられたら、おとな買いしてしまうだろうな。おなじグループのメンバーは、28歳で初産のご夫婦と32歳で初産のご夫婦、30代前半でふたりめを出産の妊婦さん。きょうだんなさんは、ひとりめのお子さんのめんどうを見ながら家で留守番しているそうだ。前回も日赤医療センターで産んでいる。経験していると心づよいですね、と話したら、きっとなんど産んでも慣れないよ、という。出産は予想外の連続だったそうだ。助産婦さんが、みんなの不安を書きだしていた。

【出産に対する不安】
・健康に生まれてくれるかどうかを、いつも心配してしまう。
・出産をイメージできない。
・食生活を管理してはいるけれど、毎日がたいへんだ。
・体重管理で、ずっと悩んでいる。
・調べても、調べても、出産に対する知識が足りなくて不安になる。
・自然分娩できるかどうか。
・陣痛のタイミングや計りかたが、わからない。
・ひとりのときに緊急事態がおこったら、どうしよう。
・陣痛誘発剤をつかうか、つかわないか。
・どのくらい痛いんだろう。
・どのタイミングで病院に連絡をとったらいいだろう。
・夫の立会いをどうするか。立ち会ってもらえるのかどうか。

 ほかにも、高齢出産だけどだいじょうぶかな、とか、電車でいじわるな人が席をゆずってくれなかった、とか、悩みはつきない。助産婦さんはそのひとつひとつに耳をかたむけ、ていねいにこたえてくれた。陣痛については個人差があるため、34週になったらひとりひとりにアドバイスをするそうだ。痛みについても、必要に応じて麻酔をつかうのでこわがらなくていい。わたしたちが体験するのは出産に必要な痛みだけなんだ、と思うと、つよい気もちで出産にのぞめそうだ。どんとかまえていればなんとかなる。15分休憩をとってつぎの課題へ入りますとのこと。どんなグループワークが待っているのかな。

9月19日、おなかにやさしい。(妊娠25週1日)

 きょうから来週の火曜日まで、夏休みを申請した。もともとは、この連休に石垣島へダイビングに行く予定だった。キャンセルしてしまったので、いまはとくに出かける予定がない。なにをしようかな。海ではなく、陸をめいっぱいたのしむのもいいな。動物園はどうだろう。ちょうど、仕事であるお得意先のSNSを手がけていて、ネタさがしにも一石二鳥だ。デジタルカメラをもっていって写真素材もおさえちゃおう。そうと決まったら、レッツ・ゴー。

 というわけで、夏休みのつもりがついつい取材になってしまった。仕事場には寄らず、動物園に向かった。撮影の許可をもらおうと連絡したところ、園内にある管理事務所で申請をしてくださいとのこと。さっそく、受付に案内してもらった。園内のいちばん奥に管理事務所はあった。行く途中で、さまざまな動物たちに遭遇する。ワクワクするなあ。あとで会いに行くからね。管理事務所に着くと電話に出ていた職員さんがお昼どきにもかかわらず待っていてくれた。顔から人のよさがにじみ出ている。申請の書類を書いて出した。
「これでだいじょうぶですか」
「はい、ありがとうございます。撮影中はこの腕章をつけてください。撮影が終わったら、お手数ですがこちらに腕章を返却してくださいね」
「わかりました」
「取材は、おひとりでされているんですか」
「はい、いつもこんなカンジですよ」
「どうかお気をつけて」
ありがとうございます、と、おじぎをしていて気づいた。職員さんがじっとおなかを見ている。気づいたのかな。気づいたんだろうなあ。にんまりしながら管理事務所をあとにした。さぁいよいよ、取材のはじまり、はじまり。
 1時間あれば十分ですよ、と職員さんに胸を張っていたけれど。けっきょく3時間ほど、園内を行ったり来たりしていた。動物たちのシャッターチャンスをねらうのは、なかなかむずかしい。とにかく、ねばる、ねばる。幼稚園の遠足でやってきた子どもたちや観光客にまぎれながら、ねばりつづけた。

 帰りにスーパーに寄って、晩ごはんの材料を買った。きょうはたくさん外を歩いたなあ。あったかい汁ものがいいなあ。だいすきな豚汁にしよう。桜えびもある。大根おろしをたっぷりとたまごの黄身をのっけて、だししょうゆをかけていただこう。デザートは、なしにするか、ぶどうにするか。便秘予防のなしにしよう。買いすぎないように、きょうたべるものだけをかごに入れる。
「あ、ちょっと」
 会計を済ませたところでレジのおにいさんに声をかけられた。なにがあったんだろう、と思っていると、おにいさんが食材の入ったかごをレジから台まで運んでくれた。おなかに、気づいたのかな。気づいたんだろうなあ。そんなに重くもないのに。すみません。おにいさんありがとう。こういうやさしさにはまだ慣れてないのでとまどってしまう。いい街になったもんだ、東京も。

9月18日、ふかふかベッド。(妊娠25週0日)

 午後、表参道で打合せを終えて銀座へ。動画の編集作業に立ち会った。お世話になっているチームのメンバーが、ほぼ1か月ぶりにあつまった。
「こんにちは」
「こんにちは。ほおぉ、おなか成長したねえ」
「えっへへ、立派になったでしょう」
「おおぉ、よし、よし」
胸を張ったら、大きなおなかがますます大きく見える。こうなったら、おなか談義がとまらない。実話ありジョークあり、笑いもとまらない。
「おれなんか、ここ2年くらいずーっと、妊娠7か月だもんね」
「ホントだ。ふたごがいそうですね」
「産みたくても、産めないもんでね」
「こらこら、いとおしそうにおなかをなでるなよ」
「おれのかみさん、おなか大きくなりすぎちゃって。産むときほんとうにたいへんだったよ」
「へえ、どのくらい大きくなったんですか」
「予定日より1週間早いのに4000グラム超えちゃって。自然分娩はムリだからって、帝王切開になったんだよ」
「4000グラム越え!」
「そりゃ、たいへんだったでしょう」
「かみさん、身長が147センチしかないもんだから。臨月になったら、おなかが歩いているみたいで見ていてこわかったなあ」
「147センチ!」
「がんばったねえ」
失礼だとは思いつつも、おなかが歩いているところを見たかったなあ。
「奥さんのおなか、よっぽど居心地がよかったんだねえ」
「クイーンサイズのベッドみたいに」
「ふかふかで」
「そうそう、赤ちゃんの大きさって胎盤のサイズが影響するらしいよ。おれのかみさんのは、ふつうの1.5倍あるっていっていたよ」
「うらやましい!」
胎盤のサイズか。気にしたことがなかったなあ。こんど妊娠検診に行ったときに、きいてみようかな。寝心地のいいベッドだったら、いいんだけど。

9月17日、脱皮する乳首。(妊娠24週6日)

 乳頭が、かゆい。気のせいだ、大したことない。と思っていたが、だんだんがまんできないほどになってきた。ブラトップをぬいで、びっくりした。乳首が脱皮している。ひどい日焼けのあとの肌のように。めくれている皮をそーっとひっぱったら、気もちいいほどするりとむけてしまった。おっぱいにいま、なにが起こっているんだろう。調べてみると、おなじようなトラブルを抱えている女性がたくさんいることがわかった。妊娠、乳首のかゆみ、で検索をかけると、出るわ出るわ。わたしだけじゃなくてほっとした気分になった。

おっぱいは、妊娠をすると乳腺が発達して、乳房や乳頭も変化する。乳頭がかさつくだけでなく、以前にもまして敏感になる。服や下着などの摩擦で、かゆみや痛みを感じることもある。そのうえ乳首の色がくすんで、黒ずんで見えるようになることもある。ほんとうにこまったもんだ。これはメラニン色素のしわざだ。メラニン色素は日焼けのもとだといわれていて、目の敵にされがちだけど、肌をじょうぶにするはたらきもあるという。色のくすみは、赤ちゃんに吸われることにそなえて皮膚をきたえている証拠なのだ。そう、すべては赤ちゃんのためになることなんだ。そう思うと、かゆみもくすみも歓迎したくなる。いや、ちょっと待てよ。ちょっとぐらいなんとかできるでしょう。

 かゆみ対策は、とにかく保湿だという。清潔な肌をキープして、乾燥を防ぐこと。お風呂あがりの保湿ケアがもっとも効果的だ。かさつきやかゆみを感じたらそのたびに、クリームでお手入れしてあげよう。これにまさる対策はほかになさそうだ。ローマは1日にしてならず、美肌も1日にしてならず。
 くすみ対策は、なかなかむずかしい。赤ちゃんの吸いつきに耐えられるように肌がつよくなっている証拠、となると、授乳を終えるまで黒っぽくなるのはがまんするしかない。ビタミンCをとることで多少はケアできるかもしれないけれど、そうすけがおっぱいを卒業するまでは気にしないでいよう。

9月16日、そうすけの返事。(妊娠24週5日)

 連休明けの朝。いつもよりすこし寝坊してしまった。時間があったら朝風呂につかるつもりだったけれど、きょうはやめておこう。洗面所で歯を磨いているとだんなが風呂からあがってきた。さっぱりして、気もちよさそうだ。
「そうすけ、おはよう」
「おはようー」
かわりに、わたしが腹話術でこたえる。が、きょうはいつもとちがった。そうすけから返事がきた。おはようのあとで、ぐるんと動いた。だんながわたしのおなかに手をのせてあいさつをすると、また、ぐるん。湯あがりの手のひらがあったかくて反応しただけかもしれない。でも、いまとなりで泣きそうなほど感動しているだんなを見ていると、どうしても客観的にはなれないなあ。
「こたえてくれたね、そうすけ」
「うん」
「わかったのかな」
「そうすけは、わかっているよ」
妊娠7か月、日に日に胎動がはっきり感じられるのがうれしい。もっともっと動いてほしいなあ。キックもパンチも、たのしみに待っているよ。このころの赤ちゃんは、40分から50分くらい眠って、20分から30分くらい動きまわる、というサイクルをくりかえしているらしい。おなかの外側の世界とは関係なく、じぶんのペースで眠ったり起きたりをくりかえしている。たしかに夜中にぐるんぐるんと感じることがある。夜型だって、こっちは大歓迎だ。

 おなかのなかで、赤ちゃんは、いろんな動きをためしているらしい。これらのすべてが、生まれてから必要になる動作のための、準備運動だという。
①キッキング。腕や足を曲げたり、伸ばしたりする動き。
②ローリング。からだ全体を、ぐるんと回転させる動き。
③しゃっくり様運動。おとながしゃっくりをするように、胸やおなかをヒックと動かす。30分くらい、つづくこともある。つづいているからといって、赤ちゃんが苦しがっているわけではない。
④呼吸様運動。腹式呼吸をするように、胸をふくらませたりしぼませたりする動き。呼吸運動がちゃんとできるのは、赤ちゃんが元気な証拠だ。
胎動としては感じない動きもある。目をきょろきょろ動かす、あくび、指をしゃぶる、羊水をのむ、など。おおいそがしだね。がんばれ、そうすけ。

9月15日、水族館デート。(妊娠24週4日)

 きょうは祝日、だんなもお休みだ。なにしようかな。と、提案があった。
「水族館に行こう」
「水族館?」
「ずーっと、海に行ってないもんねえ」
「海か。ごぶさたしてるねえ」
そうだ。6月に妊娠がわかってからダイビングをお休みしている。それからというもの、ダイビング仲間がSNSにアップしている写真を見ながら、行ったつもりのシミュレーションをたのしんでいる。いまではもう、写真を見ているだけで、海の音も潮のにおいも水圧や水温の変化も、体感できるほどになってきた。水族館なら、かいだりさわったり、もっとリアルに体験できるにちがいない。いま行くしかないでしょう、これは。さっそく出かけよう。

 池袋の水族館を検索したところ、入場20分待ち、と出ていた。だんながまたまた提案をする。腹ごしらえをしてから、ゆっくり出かけよう。
「駅前に、おいしいうどん屋さんがあったでしょ」
「五反田駅の」
「そうそう、行きたかったとこ」
前から行きたかった店だ。きょうも店の前に何人かならんでいる。が、長く待たなくても、だいじょうぶそうだ。店頭の券売機で食券を購入して、ならんで待った。だんなは、肉うどん。わたしは、とり天ちくわ天ぶっかけ。
「つぎ、2名入れますよ」
店に入るやいなや、うどんが出てきた。3秒だ。この早さも、人気のひみつだろうなあ。ふぅ、だしがうまい。が、立食でしみじみ味わっていられる雰囲気ではない。まわりのスピードにつられるようにしながら、あっという間にたいらげてしまった。また来よう。おなかをなでながら、あわてて店を出た。

 水族館に着くと、子どもに混じって歩いてまわった。子どもたちといっしょにいちばん前を陣どって、アシカパフォーマンスを観賞した。ダイバーのおねえさんがやってくる水中パフォーマンスも、ブースのいちばん前にならんで見た。まわりの子どもたちの歓声に刺激をうけたのか、そうすけもぐるんぐるんと動いているのを感じる。いっしょにたのしんでいるのかな。いっしょうけんめいに魚の動きを追いかけている男の子の様子を、だんながじっと見つめている。いつの日か3人で水族館に来るだろう。そのときにもきっと、おなじように見ているんだろうな。わたしもきっと、おなじように笑っているんだろうな。

9月14日、静岡海鮮まつり。(妊娠24週3日)

 静岡の末子おばちゃんから、生桜えびと生しらすがとどいた。きょうは午後から、生桜えびと生しらすまつりだ。玄米を炊飯器にスタンバイして、調味料を買いに行こう。しょうゆや、わさびにも、うんとこだわりたい。しょうゆは、だししょうゆ。がいいなあ。酢しょうゆも、おいしそう。大根おろしもたっぷり準備しよう。おいしくたべるためのアイデアが、つぎつぎにわいてくる。解凍は1時間もあれば、じゅうぶんだろう。ちょっと遠まわりのコースで歩いていけば、スーパーに行って帰ってくるのに1時間くらいかかる。ウォーキングにもちょうどいいコースになる。だんなといっしょに出かけることにした。

「うわぁ、フルーツ盛り合わせ、おいしそう」
「入れちゃえ、入れちゃえ」
くだものコーナーで、いきなり食欲と所有欲が刺激されてしまった。このままいくと、アイスもお菓子も買ってしまいそう。落ちつけ、落ちつけ。
「大根は、3分の1本でいいかな」
「いや、半分くらいはかるくいけるんじゃないの」
「じゃあ、2分の1本、と」
「豚汁の具材も、買っておこう」
「沖縄産と神奈川産、どっちの豚肉にしよう」
「うまそうなほう」
「お、静岡産のわさびがあるよ」
「静岡どうしか、いいねえ」
買いものは、たのしい。とくにこんなふうに、家族でいっしょにたべるものを考えているのは、しあわせな気もちだ。ひとりでいるときには味わえなかったしあわせ。そうすけと体験できる日がやってくるのが、待ちどおしい。
「だししょうゆ、ないなあ」
「え、ここにあるけど」
「探していたやつが、ないんだよね」
「あっちのスーパーも、見に行ってみようか」
おいしいものには貪欲だ。もうひとつの店舗に急いで向かった。探していたメーカーのだししょうゆは見つからなかったが、候補がふえたぶんだけまぁよしとしよう。帰ったらさっそく、うまいもんまつりだ。生桜えびも生しらすもちょうどいいぐあいに解凍されている。大根おろしをすって、豚汁を椀に盛って。
「いただきまーす」
2日にわけるつもりが、生桜えびも生しらすも、あっという間にたべきってしまった。きょうは、おまつりだ。たべすぎてもまぁよしとしよう。

9月13日、いのち685グラム。(妊娠24週2日)

 9時半から、妊娠検診。体調は、まずまずだ。婦人科に着くとさっそく受付に母子健康手帳と妊婦健康診査受診票、診療予約カード、健康保険証を提出した。9月ではじめての検診だから、きょうは4点セットだ。
「きょうは、中期検査ですね」
「はい」
「まずは、尿検査。診察が終わったら、採血します」
「わかりました」
中期検査は、25週前後に受けるものだ。いつもどおり検尿をとり、血圧と体重を測ったあとに、検査用ジュースをのんだ。ふつうのサイダーみたいな味がする。1時間後に採血とのこと。まずは、経腹エコー検査から。

 いつもどおりモニターはだんなに向いていて、わたしからは見えない。先生とだんなの会話をききながら、イメージすることにしよう。
「ここが、あたま。ちゃんと下を向いていますね」
「右と左、どっちが前になるんですかね」
「いま輪切りの状態ですから。こっちですね。あたまは、流線形をしているんですよ」
「なるほど。横にスパッと、撮っているんですね」
だんなは写真の撮り方をかんちがいしていたらしい。先生が笑っている。
「ここが、胴まわり」
「おおお。しっかり、大きくなりましたね」
「こっちが足」
先生がなんども、サイズを測りなおしている。きょうも、そうすけは元気がよさそうだ。順調に育っているとうれしいな。
「体重は、685グラム」
「はい」
「からだは1週ほど小さめですが。…まあ、誤差の範囲ですよ」
「もうちょっとたべたほうが、いいんでしょうか」
「お母さんがたべた量は、赤ちゃんには関係しません。それよりも、しっかり休息をとることが大切ですね」
「休息ですか」
「そう。赤ちゃんにたっぷり血液を送りこんであげること。それには、からだの左側を下にして横になるのがいいですよ」
「左を下に。やってみますね」
リビングでテレビを見るときに、ちょうどその格好になる。なんとすばらしい偶然だろう。ぐうたらテレビを見るのが、そうすけの成長になるなんて。
 検査用ジュースをのんでちょうど1時間後に採血をした。結果は2週間後の検診できくことになっている。きょうの検査は、これで終わった。

「685グラムかあ。まだまだ、ちっちゃいなあ」
「それでも予定日までに、4倍にも5倍にもなるんだね」
いままでよりこれからの変化のほうが大きい、と考えただけでも、身がひきしまる思いだ。身がひきしまる思いまでたのしみながら、やっていけるといいのだろう。まずはからだの左側を下にして、のんびりテレビを見よう。

9月12日、きょうも元気だ。(妊娠24週1日)

 会社のパソコンの調子がよくない。コピーをとろうとすると、動作を停止しました、と表示が出てプログラムを終了してしまう。どうしたんだろう、と思っていたら、こんどはメールまで動作を停止してしまった。デジタルがニガテなうえに、技術的な知識もとぼしい。こうなったら、もうお手あげだ。ITサポートセンターに問い合わせることにした。ヘンにいじるよりも、いいだろう。
「ITサポートセンターです」
「パソコンの調子がどうもわるくて。メールを開こうとしたらエラーが出て終了してしまうんですよ」
「ちょっと見させていただいてもいいですか」
「お願いします」
ちょうど会社のシステムを変更しようとしていたタイミングらしく、おなじような問い合わせが相次いでいるらしい。わたしのケースは強制終了をしたのがきっかけだが、くわしい要因はよく調べてみないとわからないという。
「これはイチからじっくり調べたほうがよさそうですね」
「ということは、パソコンを提出することになりますよね」
「そうですねえ」
「ひえええ、デスクトップにあるデータをぜんぶ保存しないとまずいですよね」
「そうなりますねえ」
「う、わかりました。いまの作業が終わってからやります」
「きょうが金曜で、あしたから連休に入りますので、パソコンを出すならきょうのうちに提出していただいたほうがいいと思いますよ」
「きょうのうち? 何時まで、でしたっけ」
「19時です」
「ええっ。とにかく、やってみます」
デスクトップにずらっとならんでいるアイコンを見て、ため息をついた。このボリュームでは、確実に間にあわない。ここは気もちをきりかえて、連休明けに提出することにしよう。とにかくきょうはデータの保存だ。ランチをとるのを忘れていたが、たべにいくモチベーションもなくなってしまった。おなじビルのなかにあるカフェテリアでハンバーガーとホットカフェオレをテイクアウトして、デスクにもどった。CD‐Rも多めに準備した。試験前夜を迎えた受験生のような緊張感。と、おなかがもぞもぞする。そうすけだ。応援してくれているのかな。まずは腹ごしらえだ。ハンバーガーをほおばり、カフェオレをひと口のんだら、ぐるんぐるんと動きはじめた。そうすけは、きょうも元気だ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。連休が明けたら、朝いちばんに提出しよう。

9月11日、巣ごもり本能。(妊娠24週0日)

 ひさしぶりに、中学時代の後輩とごはんをたべに行った。彼女とはおなじ吹奏楽部でいっしょにコンクールをめざした仲間だ。高校はとなりどうしの学校にかよって、おたがい吹奏楽部に青春をささげていた。彼女が就職活動をはじめたころには、わたしはすでに東京で暮らしていたので、宿泊や食事などの面倒をみていた。そんな彼女もいまは、編集者としての道を立派にすすんでいる。おとなになったいまも、吹奏楽コンクールはふたりで欠かさず観に行っている。

 彼女とは、新橋で会う予定だった。だが、わたしのわがままで五反田に変更してもらった。五反田なら、家まで歩いて帰れる距離だ。筋肉痛が気になっていたのもあるけれど、仕事場からなるべくはなれた場所にいたかった。彼女と会うまでの時間を、ぼーっと、ひとりで過ごしていたかった。もともとひとりでいる時間がすきだったが、その傾向がこのごろますますつよくなってきた気がする。もしかするとこれが、巣ごもり本能、といわれるものだろうか。

巣ごもり本能を抱くようになると、家で静かに過ごしたいとか、ひとりになりたいとかの感情がわいてくるそうだ。おなかの赤ちゃんをまもりたい、という本能がはたらく。すると、まわりにきけんがあるかも、という信号を発信しつづけるようになる。そんなことはありえないとわかっているのに、見ず知らずの通行人がいきなりおなかを攻撃してくるかもしれない、と身がまえてしまうことさえあるらしい。ふだんはなにも気にならなかったことが心配になり、結果的にひとりの時間を好むことが多くなる。たしかに、そういう感覚はあるのかもしれないなあ。仕事をしている妊婦さんが予定より早めに休職に入ってしまうのも、巣ごもり本能が関係しているといわれている。体調を万全にして出産にそなえたい、安心してゆっくり休みたい、と思うのは自然な成りゆきだ。

 後輩との話は、ほとんどが仕事のことばかりだった。まあ、いつもとかわらずだ。ただ、いつもとちがっていたところは、ほとんど後輩の聞き役になっていたことだ。明らかにかわった。あれほど、ああだこうだとさわいでいたあのパワーは、いったいどこへ消えたのか。仕事がすくなくなったぶん、ネタが減っただけなのかもしれない。出産後にどうなるかは、まだわからない。