6月6日、妊娠発覚。(妊娠10週1日)

「じゃあ、念のため、診ておきますか」
そういって超音波のモニターをのぞいたところで、かかりつけ医の先生がぼそっとつぶやいた。
「あれっ、いるわ。赤ちゃん」
えっ、先生、いまなんていったの?
「おめでとうございます。妊娠10週めですよ」
「あ、ありがとうございます」
一瞬、全身の体温がぐっと上がった気がした。落ちつかなければ。
「どんなカンジですか」
落ちつかなければ。
「30ミリありますよ、順調ですね。このまま様子をみましょう」
「は、はい」
質問したいことがいっぱいあるけれど、ノドにひっかかってしまって、なんにも出てこない。先生は冷静に話をつづける。
「予定日は、来年の1月1日ですね」
「元旦ですか」
めでたいですねえ、と、そばにいた看護師さんがいっしょによろこんでくれた。
「どこで分娩するか、早めに決めておいたほうがいいですよ」
元旦といえば、家族があつまってお祝いする日。今年の元旦は、母と兄夫婦とだんなとわたしで、琵琶湖のほとりにあるホテルに泊まって、のんびりすごしたなあ。父が眠っているお寺におまいりに行って、湖岸をおさんぽして。来年の正月は、どうしよう。いま6月だから、今月の終わりごろにはそんな話をするタイミングだ。カウントダウンを病院のベッドでむかえることになるのかなあ。まったくイメージがわかない。
「はい、わかりました」
わかってないだろ、と、こころのなかでツッコミを入れながらこたえた。このあと、再び採血をして、尿検査の尿を提出して、会計を済ませた。

再び採血をして、と書いているのは、もともと採血をしたのが別の理由だったからだ。3月25日を最後に、ずっと生理が来ていない。
閉経かも。
そう思っていた。ネットを見ると、40代前半でも更年期障害や閉経をむかえる人がふえてきている、と書かれていた。44歳、こんどの誕生日で45歳になる。母は早すぎるというけれど、婦人科の先生も、閉経の可能性を否定はしなかった。先生は聖路加出身のベテランで、50代後半くらいの男性だ。
「40代ですから、病気ではありません」
はげまされているような、ふしぎな気分だった。採血してホルモンバランスを調べましょう、と、いわれた。そのための採血だったのだ、もともとは。それが数分後には、妊娠の感染症を調べることになろうとは。

 会計を終えるやいなや、母に電話した。
「母さん、わたし妊娠したよ。閉経じゃなかったみたい」
「妊娠、あなた何歳だっけ」
「44歳」
「そっか、すごいね。神さまがくれた、さいごのチャンスだよ」
「うん」
「おめでとう」
「うん」
「からだ気をつけなさいよ」
「うん」
ありがとう、という言葉が出てこない。小さいころよく母から、ありがとうをしなさいって、しかられていた。うれしいことがあると、感謝することを忘れてよろこんでしまうのだ。こんなわたしが、ちゃんと母になれるのかな。
「聡さんには、もう伝えたの」
「これから電話する」
「びっくりするだろうね、きっと」
「うん」
「よろこんでくれるよ」
「うん」
母はポジティブだ。母になったら、こんなふうにポジティブになるのかな。
「びっくりしないできいてね、っていうんだよ」
「かえって、びっくりしそう」
「あっはっは」

 だんなの携帯電話に連絡する。聡さんだ。
「あのね、これからいうことを、びっくりしないできいてね」
母にいわれたとおりに、いってみる。
「あぁ、はい」
「わたし、妊娠したんだ。10週め。順調だって」
「えっ、えっ、ホント。おめでとう」
「びっくりしちゃったよ」
自分のほうが、びっくりしているじゃないか。
「教えてくれて、ありがとう。きょうは帰りがちょっと遅くなるけど」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
その夜、だんなは、いつもよりも早く帰ってきた。