10月17日、いえなかった感謝。(妊娠29週1日)

 地下鉄で、席をゆずってもらった。虎ノ門から銀座まで、たった4分の移動なのに。たいへん申しわけない気もちだ。ゆずってくれたのは、わたしよりも年上の女性だった。あたりまえのように迷いのない行為に、このまま見すごしてはいけない、感謝の気もちをちゃんと伝えて数分でもすわらせてもらおうと思った。小さいころ母からよく、ありがとうをしなさい、と、しかられていたのをおぼえている。気もちはコトバにしないと、なんにも伝わらない。コトバは行動にしないと、なんにもはじまらない。わかったつもりでいてもいままでしてこなかったことだ。やってみよう。いまがそのチャンスなのだ。

 席をゆずってもらったのは、これがはじめてではない。妊娠8か月に入ったころから、急にふえてきたと思う。おなかが大きくなって、あきらかに妊婦だとわかるからだろう。はじめのうちは、そのやさしさをどううけとめていいのかわからなくて、ためらっていたけれど。すぐ降りますので、と、やんわりことわったりしたこともあったけれど。しっかり向きあってありがとうの気もちを伝えていなかったことを、いまさらながら反省している。たまたまのりあわせた電車のなかで、名前も知らない同士なのに、あたたかい声をかけてくれたり、ささえてくれたり。そうやって、ひとつの小さないのちが大事に大事にまもられて生まれてくる。きっとわたしが母のおなかのなかにいたときにも、そうすけとおなじ体験をしていただろう。そうすけ、きみが生まれてくるのをみんなが歓迎しているんだよ。そのよろこびをひとつひとつ、わかちあいたいと思う。いえなかったありがとうのぶんもひとつひとつ、感謝しながら。

 とはいえ、電車通勤はハードだ。人のやさしさにふれながらうっとりしている場合じゃないことも多い。あいかわらず、JRから地下鉄へのりかえるときの混雑ぶりには気おくれしそうになる。いつもどおりのタイミングで電車にのろうとすると混んでいる電車にがまんしてのらなければならなくなるので、よゆうをもって出ることにしている。何本か見送るたびにもったいないと思ってしまうわるいクセをなんとかしなければ。時間貧乏性とのたたかいは、つづく。