10月23日、マタハラ訴訟。(妊娠30週0日)

 子育てしながらはたらく女性たちにうれしいニュースだ。妊娠や出産を理由にしたハラスメントを、マタニティーハラスメント、略してマタハラとよんでいるが、そのマタニティーハラスメントをめぐるマタハラ裁判で、きょうの午後、最高裁が審理を差しもどしたという。妊娠をきっかけにした降格処分が均等法違反にあたるかどうかであらそわれていた裁判で、最高裁が判断したのはこれがはじめてだ。いまちょうど妊娠しているこのタイミングで、この判決が出るとは。ありがたい。はげまされた女性たちの、なんと多いことだろう。

 どんな裁判かというと、こんな経緯だ。2008年のこと。広島市の病院につとめていた理学療法士の女性がふたりめのお子さんを妊娠して、負担のかるい業務を希望した。すると、異動とともに「副主任」の役職をはずされた。これには本人も納得していた。ところが育休を終えて完全復帰しても、役職をはずされたままにされてしまった。これは話がちがう。そこで彼女は、病院側に損害賠償をもとめる訴訟を起こした。1審、2審ともに女性側が敗訴、そして、きょうようやく最高裁の判断が下されたわけだ。苦節6年。あきらめないで、よくがんばったなあ。判決は、女性が降格を承諾していたとはいえない、と指摘したうえ、降格を正当化するだけの業務上の必要性があったかどうかを高裁であらためて検討する必要がある、と判断した。まだすべてが解決したわけではないし、ハードルはいくつもあるけれど、彼女にとってはのぞんでいたとおりだったにちがいない。おかしいコトをおかしい、といいつづけてよかったのだ。

 いまの統計でいえば、妊娠した女性のすくなくとも4人に1人はマタハラされた経験があるらしい。実際にはもちろん、もっとたくさんの女性がマタハラを体験しているだろう。妊娠をこころから歓迎できる世の中になってほしいものだ、とつくづく思う。少子高齢化になったらこの先たいへんだといいながら、どうして生きにくさを抱えなければならなくなるのだろう。このような矛盾がずっと見のがされているのはなぜだろう。あたりまえだとか、しかたがないとか、逃げているだけではなんにも解決できない。マタハラと身近によばれるようになった、いまこそ見なおすチャンスだ。見て見ぬふりはできない。