Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

7月1日、すきな音楽。(妊娠13週5日)

「おーえーおー」
だんなが風呂場で、うたっている。ワールドカップのテーマ音楽だ。エコーがかかって、気もちよさそうだ。
「お先にー」 
「はい、はい」
さてと、わたしのバスタイムだ。ゆっくりと、心ゆくまで入らせていただきますよ。防水CDプレーヤーをオンにする。お気に入りの山下達郎さんのCDがうたいはじめる。いっしょにうたってみる。気もちいい。こんどはハモってみる。もっと、気もちいい。いつか、そうすけといっしょにライブを観にいけるとうれしいなあ。そうすけは、どんなアーティストのファンになるだろうか。

 おなかに赤ちゃんがいるときのお母さんの行動が、子どもの脳の発達や性格などに影響する、と、いわれている。だから、たくさんの妊婦さんが、胎教に関心をもっているのだろう。胎教は、お母さんと赤ちゃんのきずなを深めるだけでなく、赤ちゃんの脳にはたらきかけて情緒を安定させるんだそうだ。妊娠5か月から7か月めくらいに、はじめるのがいいらしい。赤ちゃんの機能が発達して、おなかの赤ちゃんにも音や声がとどく、と、いわれているからだ。
 話しかけたり、呼びかけたりするのもいい。きょうの出来事や、見たものや感じたことを話したり。お父さんとの会話をきかせてあげたり。波の音や小鳥のさえずり、クラシックやオルゴールの音楽もいい。モーツァルトの曲は、α波が出やすいといわれている。α波はリラックスしたときに出る脳波で、これが出ているときは、ヒトは情緒が安定した状態になるという。どっしり気もちの落ちついた、夜泣きのすくない赤ちゃんが生まれてくるにちがいない。

 と、いろいろ並べてはみたけれど。やっぱり、すきな音楽をきいてすきなことをするのが、なによりもリラックスできるだろう。いまは、山下達郎さんやシュガー・ベイブ、そして、だいすきな全国吹奏楽コンクール高校の部のCDをきいている。あと2週間くらいたったら、そうすけもおなかのなかで、きけるようになるだろう。どんなポーズできいているのか、見えるといいのに。

6月30日、下着売り場へ。(妊娠13週4日)

 先週末から、夏のセールがはじまった。仕事帰り、百貨店やショップについ足が向いてしまう。お買いものは、計画的に。そう自分にいいきかせながらも胸がときめいてしまうのは、いたしかたないことだ。かしこく、お買いものしよう。これはぜったいにつかう、と決めたものだけをゲットすべしだ。
 マタニティ下着を、買おう。
そうそう、まだもっていなかった。いつもよくぶらぶらしている婦人服売り場をスルーして、下着売り場へ直行した。よしよし、ムダのない動き。下着売り場に到着、セールのショーツを見ながら様子をうかがった。店員さんがそばで陳列棚を整理している。いまがチャンスだ。声をかけてみた。
「マタニティのインナーを探しているんですが」
「あ、マタニティはフロアがちがうんです」
あ、そうだったんですか。教えてもらったとおり、フロアを移動する。ベビー用品売り場と併設されているんだ、マタニティコーナーって。いままで縁がなかっただけに、完全アウェイな気分になる。若い先輩ママさんがたのしそうにお買いものしている姿を見て、ますますそわそわした気分になる。そんななか、わたしよりもすこし年配で、田中美佐子似の店員さんが声をかけてくれた。

「きょうは、なにかお探しですか」
「はい、マタニティのインナーを」
店員さんのにっこり笑顔に、うっとり。こんなお母さんになりたい。
「お時間があれば、サイズはかりますよ」
「ぜひ、お願いします」
トップバスト、アンダーバスト、ウエスト、ヒップ。あと、へそまわりも測定した。つい、息をとめて、おなかを引っこめようとがんばってしまった。
「ブラジャーは2サイズ大きいものを選びましょう」
「未知の領域ですね」
「これからどんどん大きくなりますから」
「いまも、張っているんですけど」
「まだまだ、序の口ですよ」
「う、うれしい」
「わたしも、うれしかったです、卒乳までは」
そうか、授乳が終わったらサイズがもどるんだ。われにかえってブラジャーの説明をきく。カンタンに授乳できて、産前から産後までつかえるらしい。
「つぎは、ガードルですね」
「はい」
下腹部からななめ上に向かってベルト状のサポーターがついている。出産までのおなかの変化に対応して、重みを支える機能だそうだ。
「おなかが出ても、これならだいじょうぶですね」
「どのくらい出るんですか」
「完全に足もとが見えなくなりますよ」
「たいへんですねえ」
やがて、そんな日がくるんだ。まだ実感はないけれど心しておこう。田中美佐子似のおねえさんの笑顔がもっと見たくて、ブラジャーとガードルと腹帯をまとめて購入した。残念なことに、3点ともセール対象外の商品だった。

6月29日、走る妊婦。(妊娠13週3日)

「ああ、またやってしまった」
深夜から明け方まで、サッカーを観て、テニスを観て、サッカーを観て。完全な寝不足だ。運動不足だからか、からだを思いっきり動かしている人を見るとすっきりする。風をきって走っている人が、きらきらしている。わたしも16週になったらすぐ、マタニティヨガをはじめよう。あと2週間と4日。それまでは、ウォーキングとスポーツ観戦で、なんとかストレスを回避するのだ。

 風をきって走っている人、といえば。世界中の妊婦もびっくりのニュースが配信された。妊娠9か月の陸上選手が全米選手権に出場して、なんと800メートルを走ったそうだ。動画を見て、またびっくり。次週にも臨月をむかえる選手が、大きなおなかをゆっさゆっさ、ゆらしながら走っている。走りおえたあとも満面の笑顔で、観客に手をふっていた。あっぱれだ。よくとめられなかったなあ。おなかの赤ちゃんも、よくがんばったもんだ。彼女は、医師に相談したらおなかではなく背中をおされて、エントリーすることにしたという。

「とめられるかと思ったら、はげまされたのよ」
日本じゃありえない判断かも。転んだらたいへんだ、とか、血圧が上がりすぎたらたいへんだ、とか、心配ごとがいっぱいだ。この選手、過去にこの種目で5回も優勝しているらしい。もともと陸上選手だったからこそ、オーケーが出たにちがいない。おなかは大きいが、手足はスラッとのびて美しい。走る姿は豪快だ。自己ベストからずいぶん遅れた最下位になったけれど、おなかの赤ちゃんとの同伴レースに、スタジアムから一斉にあたたかい拍手が送られた。
「すべて順調だわ」
予選敗退が決まった彼女のひと言は、すがすがしかった。これで、心おきなく出産にのぞめる。走る姿のように豪快なママになることだろう。マイペースでマタニティライフをたのしんでいる、究極の実例を目のあたりにした。

6月28日、便秘とのたたかい。(妊娠13週2日)

 ぽっこり、おなかが張っている。ひどい便秘だ。もう5日以上、ずっと出ていない。納豆やヨーグルトをたべたり、食物繊維を意識してくだものや野菜をとったり、心がけてはいるのだが。いっこうによくなる気配がない。薬をのむのはニガテだけれど、ためらっている場合じゃない。先日婦人科で処方してもらったマグラックス錠をのんで、しばらく様子をみてみることにしよう。
 マグラックスって、どんな薬だろう。
薬といっしょにもらった説明書を読んでみる。マグラックスは、腸に水分を引きよせ、便に水分をあたえて、やわらかく、出しやすくする。副作用がすくなく、腸をつよく刺激することもないので、腹痛や下痢を起こしにくい。妊娠中の便秘の改善によくつかわれているそうだ。うれしいことに、習慣性がほとんどないため、継続してのみつづけても効果が落ちることがないという。
 あ、きた、きた。
チャンスをのがしてはなるまいと、すかさずトイレに入った。なのに、これから30分以上にもわたる長いたたかいがはじまろうとは。きた、と思ったのもつかの間、するりと出てこない。いや、完全にふさがれているようだ。かたすぎて、どこかにひっかかっている。シャワートイレの水力をすこしずつ上げてみる。びくともしない。いきんでみる。どこまで、いきんでもいいのだろうか。ビクビクしながら、おなかにぐっとちからをこめる。全身に汗がふきだしてきた。にぎっていたハンカチで額をふく。ファンデーションがとれてしまった。でも、いまは気にしている場合ではない。呼吸をととのえて、もういちど挑戦する。シャワートイレのちからも借りてみよう。ふんばれ。ふんばれ。水力を最強にする。なんどかいきんでいるうちに、ようやく、かたまりが動きはじめた。涙が出てきた。便秘ごときで、なんでこんなに大さわぎしているんだ。ぽっとん、と音をたてながら、かたまりが巣立っていった。汗と涙だけを、肌に残して。
 なぜ妊娠すると、便秘になりやすいのか。
原因は大きく分けると2種類あるらしい。1つは、妊娠初期に起こるホルモンバランスの変化。黄体ホルモンと呼ばれる女性ホルモンの分泌がふえる。この黄体ホルモンには、大腸のぜん動運動をおさえるはたらきがあるため、排便がうながされなくなるそうだ。黄体ホルモンは、妊娠4か月ごろまで活発に分泌される。ちょうどいまが便秘になりやすいのも、うなずける。これは、流産を防ぐためのしくみだ。女性のからだは、ほんとうによくできている。2つめは、妊娠後期。妊娠後期になると黄体ホルモンの影響が減るいっぽうで、胎児が大きく成長してくる。すると、子宮が腸を圧迫しはじめる。腸が圧迫されることで排便がさまたげられて、便秘になってしまうのだ。個人差はあるが、だいたい妊娠6か月ごろからはじまるらしい。つまり妊娠中は、ほとんど毎日が便秘とのたたかいだ。この現実から目をそらさず、向きあっていくしかない。

6月27日、ふたつの名前。(妊娠13週1日)

 人事の担当者に報告をしたら、母子手帳のコピーを提出ください、との連絡がきた。表紙と、両親名がわかるページと、出産予定日のページ。朝、仕事場に着いたら、さっそくコピーをとる。コピー機のある場所の近くには自動販売機や給水機があって、ちょっとした社交場になっている。
「神戸さん、おはよう」
「おはようございます」
あいさつをかわしたあと、こそこそ母子手帳をとりだし、こっそりコピー機にはさみこむ。コピーをとるだけなのに、こんなにドキドキするなんて。こんな気もちになるのも、妊婦ならではの体験だよなあ。ひとりドキドキしながらとったコピーを診断書とあわせて、人事の担当者に提出した。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
しばらくコピーを見ていた担当者が首をひねった。
「あの、お名前のところですが」
「どうしましたか」
「診断書と母子手帳の名前がちがいますよね」
「あ、そうですね」
そうだった。わたしは仕事をするときに戸籍とちがう表記をつかっている。いわゆるペンネームだ。海知代、と書いて、みちよ、と読む。海がだいすきなわたしそのものをあらわしている。いまは日常生活のほとんどでこのペンネームをつかっているが、銀行や保険などの書類には戸籍の表記をつかっていた。診断書には戸籍の表記、母子手帳にはペンネームの名前を書いている。
「ちがったら、まずいですかね」
「念のため、区役所に確認してもらえますか」
「わかりました」
あらら、名前の表記ひとつでも、めんどうなことになるのか。戸籍名義をまるごと変更しようかなあ。などと考えながら、区役所に電話で問いあわせた。
「あの、母子手帳の記入についてなんですが」
人事からきいたとおりに質問した。こたえは、思ったよりシンプルだった。
「とくに戸籍名義を記載するルールはありませんよ。母子手帳ですから、お母さまのつかいやすいように、つかっていただければ」
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
ああ、よかった。区役所からきいた話を人事に伝えた。なんとか一件落着。

6月26日、後輩の先輩。(妊娠13週0日)

「ちょっと、ききたいことがあるんだけど」
朝の仕事場で、後輩に声をかけた。彼女には子どもがふたりいる。わたしからすれば、後輩の先輩なのだ。さっそく、プレママトークに火がついた。
「じつは妊娠したんだ」
「わぁ、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「よかった。よかったですねえ」
自分のことのように、よろこんでくれる。うれしいなあ。
「もう、わかんないことばっかりで」
「わたしも、そうでした」
「会社の手つづきとか、もうはじめたほうがいいのかな」
「人事の担当者に、直接きいてみるといいですよ」
この人に連絡するといいですよ。と、名前も教えてくれた。妊娠中に利用できる制度や今後に必要な書類のことなど、レクチャーしてもらえるそうだ。
「どこで産むんですか」
「広尾の日赤医療センター」
「ああ、あそこ、スパルタで有名なんですよね」
「ぐうたらだから、ちょうどいいかも」
「あっはっは」
「初診が1か月後までとれなくて。出生前診断についてもきこうと思っていたんだけど、ほかをあたってください、っていわれちゃったよ」
「出生前診断、すごく混んでいるでしょう」
彼女の友人が40歳でふたりめを妊娠、夫婦で相談して、出生前診断を受けることにしたそうだ。いずれ自分たちも年をとって、子どもを世話できなくなる日がくる。この子になにかあったとき、上の子がひとりきりで面倒をみるのはたいへんだろう。検査をして、心づもりしよう。まずは血液検査を受けて、結果次第で羊水検査を受けよう。さっそく予約を入れようとしたところ、都内はどこもいっぱいで受けつけてもらえなかったそうだ。
「で、平日に休みをとって、埼玉まで血液検査に行ったんですって」
「1日つぶれるねえ」
「夫婦で受けなくちゃいけないから、だんなさんにも仕事休んでもらったそうですよ」
「そこまでしたんだ」
「いますぐ探したほうがいいと思いますよ」
「そうだよね」
「あと、保育園。先手先手で探したほうがいいですよ」
「産む前でもいいの」
「産む前からですよ」
保育園の空きがなくて復帰が遅れてしまった後輩の話はきいていたが、産む前から競争になっているとは。わたしは品川区に住んでいるので、品川区の認可保育園や認証保育園について事前に調べておこう。いま住んでいるマンションの1階が認証保育園だ。ここに入ることができたら、ラクチンだ。

「すみません、ちょっと、おききしたいんですが」
仕事の帰りにさっそくその保育園に寄り道した。まだ13週めなのに。保育園の園長さんらしき女性がやってきて、ていねいに説明してくれた。
「よかったら夏の見学会に来てください」
「はい、ぜひ」
8月の見学会に予約を入れた。そのころはまだ18週めなのだが。

6月25日、試練かもしれん。(妊娠12週6日)

 日本、ワールドカップ決勝トーナメント進出ならず。日本対コロンビア、1対4。うむむむ。完敗だ。前半47分、岡崎選手がダイビングヘッドで1対1の同点に追いついたとき一気に盛りあがっていただけに、期待度からの落差は大きい。くやしいけれど、うらがえして考えてみれば、まだまだのびしろがあるということだ。選手たちがプレッシャーをはねのけてめいっぱい実力を発揮しているところを、もっともっと見たい。そうして経験を積みかさねていくなかで、らくらくクリアできる瞬間がやってくる。試練をのりこえて、人はつよくなる。

試練といえば、きょうの電話もひとつの試練だったかも。いや、試練とよぶにはちっぽけすぎるかもしれないけれど。広尾の日赤医療センターに産科初診の予約をした。ちゃんと話ができたのは、きょうで3度め。電話が込みあっているうえ、2度予約をとりそこなっている。受付時間が平日の13時から16時、と決まっているのだ。1度めは16時すぎに電話をして、ことわられてしまった。2度めは時間をききまちがえて、10時に電話をしてしまった。仕事をしている身にとっては、この時間帯になんども電話をかけることがつらい。タイミングをみながら、人気のない廊下の片隅でリダイヤルをくりかえす。つながった。
「産科初診の予約が混んでまして、最短で7月23日になります」
こんな大きな病院でも、いまから1か月後になるのか。妊娠16週めだ。出生前診断についても相談するつもりだったが、きびしいなあ。
「出生前診断についてもきいてみたい、と、思っているんですが」
「出生前診断を受けるには、15週までに初診を受けていただかなければなりません」
「なんとか、15週までに予約できないでしょうか」
「産科に転送しますので、ご相談ください」
転送されてしばらく待つ。女医さんが出てきた。いままで受付に話していたのとおなじ内容を、あたまから繰りかえした。仕事が待っている。淡々と早口でくりかえした。
「予約を確認してみます。お待ちください」
「ありがとうございます」
けっきょく、予約が埋まっていて15週までの初診はできないとのこと。7月23日に初診の予約を入れて、出生前診断については、いまかよっている婦人科と相談をして、ほかの病院に紹介状を書いてもらうことにした。子どもを産もうとする女性たちで産婦人科がいっぱいになるのは、たのもしいことだ。しかし、実際には高齢出産がふえているから、なのかもしれない。ひとりでも多くの女性が、元気な赤ちゃんを産めますように。わたしも、無事に産めますように。

6月24日、報連相その2。(妊娠12週5日)

 ウチの仕事場には、上司がたくさんいる。きょう、3人めの上司に報告をするつもり。この3人に伝えられたら、まずはひと安心。3人に話すだけなら半日もあれば十分でしょう、と苦笑いしたくなる。でも、声をかけるだけでも、緊張でのどがカラカラになるくらいだ。そのうえ、3人はそれぞれ、いそがしく時間に追われている。そんなこんなで、あせらずスキをみてアプローチすることにした。

 きょうはタイミングよく、おめあての上司がすぐ近くにやってきたので、すかさず声をかけてみた。
「すみません、10分ほどいいですか」
「あ、ちょっと待ってて」
キープしていた個室に上司がもどってきた。
「ごめん、ごめん」
席についたところで、さっそく診断書をとりだした。
「す、すみません」
診断書と思ったら、企画書だった。ここでご提案してどうする。あわてて診断書をとりにもどる。これで緊張がほどけた。
「このたび、妊娠しました。きょうで12週5日になります。予定日は来年の元旦になるといわれています」
「へぇ、おめでとう」
「ありがとうございます」
「元旦かぁ、ダブルでめでたいね」
「そうですね」
「夏バテしないように気をつけて」
「はい」
産休をとるタイミングや、出産後も仕事をつづけたい意思がある、などの希望を伝えた。
「もちろん、仕事をつづけていただきたい」
このひと言で、ほっとした。しかし、現実はなかなかきびしいらしい。実際に産休をとった後輩たちが、保育園の空きがなくて復帰が遅れてしまったり、復帰しても体力的に以前のペースでは仕事ができなかったり、さまざまな壁にぶつかっているのだという。わたしは、さらに年上だ。正直なところ、どこまで体力がもつかはまだわからない。ひとつひとつ、実際に体験してみなければ。

6月23日、報連相その1。(妊娠12週4日)

 月曜日がやってきた。出勤しながら、きょうすることをアタマのなかで整理してみる。まずは朝イチで送ると話していたメールをまとめて、週末につくっておいたシートを添付して送ろう。13時に打合せがあるから、それまでに企画を見なおしておこう。できれば午前中のうちに、タイミングのいいところで、上司に声をかけて妊娠の報告をしよう。ひととおりあたまのなかでやってみると、すっきり整理できた気分になる。きょうも、たのしい1日になりそうだ。

 メールを送ってから、企画を見なおしつつ、上司に声をかけるタイミングを待つ。声をかけるだけなのに。ついついドキドキしてしまう。何度も見ていたら目があってしまった。これは行くしかないでしょう。チャンス、チャンス。
「あの、10分ほどよろしいですか」
「いいよ」
キープしていた個室に案内して、さっそく報告した。
「わたし、このたび、妊娠しまして。ただいま12週めになります。予定日は来年の元旦になるといわれています」
ガチガチだ。婦人科の先生に書いてもらった診断書を見せながら話した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「びっくりしたなあ」
「ですよねえ」
おだやかな口調につられて、わたしも、おおらかな気もちになってきた。
「年の瀬に産休だな」
「はい、11月末までは、仕事をつづけたいと思っています」
「ムリするなよ」
「はい」
産休までのプランを上司がアドバイスしてくれた。人事への連絡は早めにしておいたほうがいい。7月末までをめどに、提出書類などの手つづきを済ませておく。9月以降はきちんと自分の体調に向きあうこと。ペースダウンするときがあっても、あせらない、あせらない。保育園については、この先輩にきいてみるといいよ、と、近くに住んでいる女性の先輩を教えてくれた。

いままで仕事で相談をすることはあったけれど、こんなプライベートな相談をするなんて、考えたことなかったな。と、あらためて思う。妊娠すると、こんなにも、見える世界がかわってくるなんて。
「なんだか、まだ、夢みたいで」
ほっぺたをひねりながら話していると、上司が大笑いしていた。

6月22日、家族っていいな。(妊娠12週3日)

 戸越に住んでいるだんなの親戚宅に、およばれした。お義父さんのいとこにあたる。戸越のおじさん、と、よんでいる。30代半ばくらいの息子さんがふたりいて、ふたりとも結婚して家庭をもっている。それぞれの家庭にふたりお子さんがいるそうで、戸越のおじさんとおばさんは、4人の孫がいることになる。なのに、孫がいる年齢には見えないほど若々しい。ゴルフや、テニスや、旅行をマイペースでたのしんでいるそうだ。ふたりの息子さんもそれぞれ、自分らしく、たのしく暮らしているらしい。まさに、理想の家族だよなあ。
 戸越のおじさん、おばさん、ふたりの息子さん、だんなの弟さん、だんなとわたし、7人のおとながあつまった。仕事の話から日常の話まで、会話のネタがつきない。なかでもおもしろかったのは、家族の話だ。戸越のおじさんにはふたりの息子さんがいる。だんなとだんなの弟さんも、ふたり兄弟だ。兄弟を育てるときに、親はどんなことを考えていたんだろう。兄と弟は、それぞれどんな思いを抱いていたんだろう。親と子、兄と弟の、セキララトークがはじまった。

「弟は、兄を、お手本にしている」
これは、どんな兄弟にも共通しているかもしれない。弟は、いつも兄のそばで行動を観察している。どうしたらほめられるのか、どうしたら失敗するのか。兄をじいっと見て、学んでいる。いっぽうで、生まれた瞬間から親よりもずっと年齢の近いライバルがいる、そんな環境下にずっといるわけだ。弟のほうが要領がいい、とか、あまえじょうずだ、とか、いわれるのは当然かもしれない。
「兄は、弟よりも、たくさんしかられている」
子どものころから、兄はしょっちゅうしかられている。弟は兄ほどつらい思いをすることなく、おとなになっていく。しかられている兄をじいっと見ながら、弟は予習しているのだ。また、兄がまだ子どものころは、親も年齢が若く経験がすくないため、子育てに熱心になりすぎることもあるそうだ。自分のぶんも兄がおこられているのを見て敬意を抱いた、と、あらためて弟たちがいう。
「じつは、弟はすごいな、と思う」
兄弟がおとなになって、それぞれ家庭をもつようになる。それは、たがいをあらためて認めあうチャンスだ。だんなの弟さんにもふたりの息子がいて、ちょうどいまがわんぱく盛り。そんな弟さんの子育て論をアツく語る横顔に、ほれぼれしてしまった。ふとだんなを見ると、しきりに感心しながらうなずいている。家族はやっぱり、おもしろい。教えて、教えられる。育てあう関係なのだ。