Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

4月17日、ボディランゲージ。(生後114日)

 保育園の連絡帳に、きのうのそうすけの様子が書かれていた。平気そうに見えても、やっぱり緊張していたのだろう。冷凍母乳を250cc準備していたが、のんだのは30ccだけだった。初日だから、のんでくれただけでもよしとしよう。あい先生をはじめ何人かの保育士さんが、そうすけくーんと声をかけると、顔を向けてにこにこ笑っていたそうだ。顔を近づけると、じいっと見つめてからにっこり笑顔を見せたという。ああこれは、いつもの決め顔にちがいない。アピールタイムだ。この顔を間近で見た人は100%とりこになってしまうのだ。それだけではない。ぶんぶんぶんの歌をうたうと、ぱたぱた手足を動かしながらじょうずにリズムをとっていたという。どの保育士さんにだっこされてもたいへんきげんがよく、あー、うー、と声を出していたらしい。

 家に帰ってからはずっとごきげんななめだったけれど。保育園ではこんなにがんばっていたんだなあ。言葉をつかうことができないだけで、ほんとうはおとなのやりとりをずっと見ていて、どんな状況なのかをすべて理解しているんじゃないか、と思わずにはいられない。だからどんなときもごまかさないで、誠実に向きあっていたいと思う。いつも目の前のことにせいいっぱいでいると、大切なこともつい忘れがちになってしまう。そのたびにオリジナルのボディランゲージで教えてくれる。言葉がわからないからといってその場しのぎでウソをつくのはたいへんきけんだ。そうすけはすべてわかっている。

 目黒川沿いをさんぽがてら、遅めのランチへ。いつもよく行く、焼きたてのパンがたべ放題のレストランに入った。こんにちはーとウエイトレスさんがそうすけに話しかける。にまっと、笑顔でこたえる。どうもどうも、といっているような顔に見える。きょうはそうすけをベビーカーから出して、太ももの上にすわらせることにした。わたしを椅子にしてすわっている姿勢だ。まだ食事はできないけれど、お客さんのひとりになった感覚は味わえる。なんだかVIPみたいだね。いらっしゃいませ、とウエイトレスさんがお手ふきを渡してくれた。ありがとうといわんばかりに、そうすけがにっこり笑って受けとった。

4月16日、保育園デビュー。(生後113日)

 きょうは、保育園デビューの日。14時から18時半までの約束をしているのだが初日なので、30分ほど前には入るようにいわれている。きのうの夜から準備をはじめたが、思ったよりもやることがたくさんあるのに気づいてびっくり。おむつOK、おしりふきOK、着がえOK、タオルOK、着がえやタオルを入れるビニール袋OK、防災頭巾OK。もちものをチェックしながら、ひとつひとつにかんべそうすけの名前をつけていく。アイロンプリントを貼って四隅を縫いつける、なんて何年ぶりだろう。わたしが子どものころ、母もこうやって貼ったり縫ったりしたんだなあ。いまさらながら、ありがとうがいいたい。

 そうすけは、朝からごきげんななめだ。いつもとちがう気配を感じているのだろうか。中途半端なタイミングで、おっぱいをほしがってくる。保育園の第一印象をよくしておきたいので、なるべくオーダーにこたえる。そんなこんなしているうちに、出発の時間ぎりぎりになってしまった。保育園の連絡帳に授乳時間の項目を書き足して大きな手さげ袋にもちものをまるごと入れてそうすけをベビーカーにのっけて、いざ保育園へ。あらら、そうすけが泣きだした。

 なんとかあやしながら保育園に到着。保育士さんの話をききながら、奥の部屋に移動する。風とおしのいい、明るい部屋だ。ほら、お友だちがきているよ。そうすけくん、こんにちは。担任のあい先生とごあいさつする。かんべそうすけと書かれた赤いチューリップ型のバッジがわたされた。かわいいなあ。そうすけくんは、いちご組だよ。いちご組は、0歳児のなかの年少組になる。そうすけよりも小さな生後3か月の赤ちゃんもきているらしい。つぎがそうすけで、そのつぎがそうすけよりも2か月年上の赤ちゃんだ。そうすけが最年少じゃなかったよーとだんなに話すと、なぜかくやしがっていた。

 別れぎわに大泣きしたらどうしようと気にしていたが、そんな心配は無用だった。そうすけは別れを惜しむどころか、あい先生にだっこしてもらって大よろこびだ。だっこされながら、わたしを見てにまっと笑った。さびしいよう。わたしのほうがこころがぽきっと折れそうだ。お母さんいってらっしゃいと見送られながら、予想外の展開にショックをかくせなかった。わんわん泣いてほしいよ。子ばなれできなくなる親の気もちが、ほんのすこしわかった。

4月15日、ママ友ランチ。(生後112日)

 11時40分、恵比寿駅の改札口で待ちあわせる。マタニティクラスのときからなかよくしているママ友だちが集まってランチに出かける。前回が去年の12月1日だから、ちょうど4か月半ぶりになる。おなかの大きな4人でテーブルを囲んでいたんだよなあ、あのときは。いまはみんな日々の育児に追われている。感慨深いものがある。きょうは、子どもを連れてくるから倍になって8人4組。ママ友のひとりから保育園でもらった息子のかぜが治らないと連絡がきて、6人で会うことになった。おそるべし、保育園のかぜ。改札を出ると、すでにほかの2組がそろっていた。前回とおなじように、またバタバタ走っていた。

「ひさしぶり」
「とうとう、母になったね」
「なっちゃったねえ」
おしゃべりしながら、駅から歩いて10分ほどにあるレストランへ向かった。だっこひもが1組、ベビーカーが2組。こうして並んで歩いていると迫力あるなあ。妊婦のころよりもバージョンアップした感がある。店に着くと、まずは入口まで階段があったのでとまどった。下調べしてこなかったことを反省。と、ママ友のひとりがとても自然に店員のおにいさんをよんで、ベビーカーを階段の上まではこぶのを手伝ってもらっていた。ママ友のつよさに、ほれぼれする。

 予約していた人工芝の個室に案内されると、靴を脱いで入った。クッションやら、座布団やら、たくさん置いてある。子どもが歩くようになったら、あそばせておくにもちょうどいい。あらあら、もう1年後のことを考えている。そうすけが生まれてから、未来のことばかり考えるようになった。変化におどろきながらもうれしい。あしたを、どうよくしていこう。前向きな気もちでいっぱいになるのだ。その変化は、ママ友もみんな感じているらしい。無事に出産をしてきょうをむかえられたことを、なによりもよろこんでいる。おっぱいをあげながら、気がねしないでおしゃべりしながら、つくづくよろこびを噛みしめる。

4月14日、鏡のなかのふしぎ。(生後111日)

 玄関に、等身大の姿見が置いてある。そうすけがいつまでたっても泣きやまないときには、だっこして姿見の前まで連れていく。そうしていっしょに鏡に映ったりそうすけだけ映したりしながら、鏡のなかのそうすけに向かって話しかけるのだ。こんにちはー、そうすけくん。あっという表情をしながら、じーっと見つめている。そうすけと鏡のなかのそうすけが、見つめあっている。まだいまは大きなリアクションはないようだ。いちどだけ、ぴたっ、と鏡に手をついたことがある。それが自分の意思なのか、たまたまそうなっただけなのかは、まだわからない。そうすけくん、そうすけくん、といいながら、鏡のなかのそうすけにキスをすると、あれっ、という顔をする。そして鏡越しに、ぴたっ、と目が合う。いちど目が合うと離れない。そのまま吸い寄せられそうだ。

 赤ちゃんに鏡を見せてはいけません、という、むかしからの言い伝えがあるらしい。鏡や写真がたましいを吸いこんでしまうから、なんだそうだ。わたしたちが子どものころにも、そんなこわいうわさがあったなあ。これらのうわさは、水面に映る自分の姿に興味をもっておぼれないようにするためにつくられたといわれる。いまよりも川や井戸が身近だった時代に生まれた、赤ちゃんを危険からまもるためのキャンペーンアイデアだったのだろう。 いまでは医学的根拠がまったくないことが証明されている。安心して、すきなだけあそぼう。

 いっぱい見つめあってあそんでいたからか、そうすけの表情がいつもよりしゃきっとしている。またひとつ、おにいちゃんの顔になったね。夜、風呂に入っているとき、だんなが、そうすけの顔を見ながら気づいたように話した。
「そうすけ、左目だけ二重まぶたになってる」
「あれ、ホントだ、左目だけなってる」
目をつかいすぎてしまったのだろうか。両目とも二重まぶたか、一重まぶたにそろったらいいのになあ。赤ちゃんに鏡を見せすぎてはいけないようだ。

4月13日、おしゃべりな午後。(生後110日)

 うれしい。ようやく声が出るようになってきた。まだ歌をうたえるほどの美声ではないが。あと3、4日もすれば、いつもどおりにもどるだろう。声がもどったらやりたかったことがある。それは、そうすけとのおしゃべりだ。もちろん言葉をつかってはできないけれど、音をつかえば立派な会話になるのだ。いままでだんなとそうすけがたのしそうに会話しているのを見て、ずっとくやしい思いをしていたが、やっとその思いを晴らすことができる。いやっほぉ、と叫びたくなる気分だ。それくらい声が出ないのはつらいことだと悟った。近ごろテレビで、ひとつ年上のボーカリスト兼音楽プロデューサーが喉頭がんの治療のために声帯の摘出手術を受けたというニュースを見た。自分で自分の声を失う選択をしたときどんなに悲しい気もちだっただろう、とあらためて思う。

 そうすけとおしゃべりをするときには、テレビも、ラジオも、消すようにしている。たがいの音がしっかりきこえるように、まわりの刺激で気が散ってしまわないように、という配慮もあるが、いちばんの理由は、わたしがテレビやラジオに気をとられているとごきげんななめになるからだ。だっこしながらおしゃべりすることもあれば、じっくり向かいあっておしゃべりすることもある。先にそうすけが話しはじめるのを待つ。そうすけが、あい、といえば、あい、という。おお、といえば、おおお、という。いえい、といえば、いえいいえい、という。ときどきおまけをつけて返事をすると、きゃっきゃっ、と、よろこんでくれる。ので、すこしアレンジしながら相づちを打つ。たったこれだけのことだが繰りかえしていると、あっという間に1日が終わってしまう。

 おしゃべりにも慣れてきたので、そろそろおばあちゃんに声をきいてもらおうと母に電話した。母は大よろこびだ。そうすけくん、こんにちはー。おばあちゃんだよ、とフライング気味に話しかける。が、こうなると逆に、おしゃべりしてくれなくなる。先にそうすけが話しはじめるのを待ったほうがいいよ、といっても電話の向こうだとタイミングがわからない。けっきょく声がきける前に、泣きだしてしまった。子どもごころは、いつもデリケートなのだ。

4月12日、祝・寝返り。(生後109日)

 じつは2週間ほど前から、気にはなっていた。そうすけの動きが、どうもあやしいのだ。ベビーベッドで泣きはじめたときにタイミングが合わず、わたしがトイレに入っていることがあった。もどってみると、ベッドの柵にあたまをぶつけたのだろうか、さらに声を上げてびゃんびゃん泣いていた。しかも、そばに置いてあったおもちゃがぜんぶなぎ倒されているではないか。このような場面に、なんどか遭遇した。どうしたら、こんな状況になるんだろう。ベッドで大泣きしているときに、しばらく様子を見てみることにした。するとそうすけは自分から、右に、左に、からだをよじって背中をそらせながら、すこしずつ、すこしずつ、上のほうに移動しているではないか。どうやら、大泣きしたあとにからだをよじっているのではなく、からだを大きくよじったあとに泣きだしているようだ。まるで、自分のからだが思いどおりに動かず、腹を立ててあばれているようだ。もしかしてこれって、寝返りをうとうとしているのかも。

 生後3か月を過ぎて首がすわってくると、こんどは赤ちゃんは寝返りをうつことをおぼえるようになる。そう、まさにいま、そうすけは寝返りという新たな難題にとりくんでいるわけだ。そして、その難題をクリアする瞬間はいきなりやってきた。風呂あがりにだんながミルクをあげてげっぷを出そうとしていたが、きょうはなかなか出なかった。いつもならげっぷが出てぐっすり眠るところだが出なかったので、ぱっちり目が覚めてしまった。それでもベビーベッドに連れていっておもちゃであやしているうちに、なんとか眠りについた。数分ほどしてそうすけが泣きだしたかな、と思ったとたん、ガタガタガタッとなにかが落ちる音がした。ベッドの柵を上げているので、そうすけが落ちることはないのだが。あわててそばにいって見ると、ベッドの上に並んでいたおもちゃがぜんぶ床に落ちていた。そうすけは、柵にへばりつくようにしながら大泣きしていた。きっとまた柵にぶつかったのだろう。もともといた位置にそうすけをもどして、あやして、ようやくふたたび眠りについた。それでもまたおなじことを、なんども繰りかえしていた。なるほど、たしかに寝返りをうっている。右から左へなんども寝返りをうっている。トレーニングしているようだ。

 あたまを柵にぶつけるとかわいそうなので、そうすけのあたまをいつもと逆に置いてあやすことにした。かるくひと眠りしたあと、そうすけがどう動くのか観察してみると、下半身をひねってうつ伏せになり、左腕を右下からぬいて器用に寝返りをうっていた。こんどはそこに柵はなく、ふかふかでやわらかいぬいぐるみのわんちゃんが待機していたので、そのまますやすや眠りについた。いまは左腕を下にしての寝返りしかうてないが、そのうち逆方向もうてるようになるだろう。そうすけはベビーベッド以外に親のベッドで添い寝もするので、そろそろ転落防止のクッションを用意しておいたほうがよさそうだ。

4月11日、めざせ世界一。(生後108日)

 ゴルフの世界一を決める試合が、きのうからはじまった。アメリカで行われるマスターズとよばれる大会だ。日本との時差があるため、テレビ中継は早朝の4時半から放送される。ちょうどそうすけの夜2回めの授乳が終わったタイミングで放送がはじまった。だんながさっそく起きてきて、そうすけのおむつをとりかえてくれた。わたしはベッドにもどってもうひと眠りしたが、だんなはマスターズを見るためリビングに残った。だからここから先はだんなの体験談になる。わたしが寝ているときに、おもしろい出来事があったそうだ。

 そうすけは明け方の授乳が終わったらたいてい、そのまま寝ようとしないでおめざめモードになる。朝早い時間からいきなり、かまってモード全開になることも多い。今朝もそうだったようで、だんながテレビでゴルフ中継を見ているといきなりベビーベッドから、ねえねえあそぼうよーとよびかけるように泣き声がきこえた。そこでだんなは、そうすけをソファに連れてきて自分の太ももの上にすわらせ、上腕で上半身を支えながらいっしょに試合を見たそうだ。世界でいちばん美しいといわれるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは、テレビ画面で見てもグリーンがはっとするほど美しい。そうすけもくぎづけになって、いっさいぐずらず試合に集中していたそうだ。赤ちゃんは原色系のシンプルな色に興味をもつといわれているが、そうすけも例外ではなかった。

 はじめのうちは、きれいなグリーンをただ見ているだけだろうと思っていただんなも、あっとおどろく瞬間が6時過ぎにやってきた。世界ナンバーワンプレーヤー、ローリー・マキロイ選手が、きょうは調子がよくないようで予選落ちのピンチに立たされていた。そんななか、13番ホールの5打であがればパーのロングホールで、なんとマキロイ選手はイーグルを決めた。3打であがったのだ。ミラクルを目の当たりにしたとたん、それまではグリーンに見とれていたはずのそうすけが、ガッツポーズをしたそうだ。イーグルパットを決めたマキロイ選手に同調して、激しく腕を動かしただけなのかもしれない。が、ふしぎなことに、ほかのプレーヤーがどんなにすごい技を見せてもそうすけは反応しなかったらしい。世界一のマキロイ選手のときだけ反応するんだよね、と。

 だんながマキロイ選手を応援していてよろこんだしぐさを見てまねしたんじゃないの、ときいてみると、それはありえない、と、だんなが力説する。なぜならだんなが応援していたのは、マキロイ選手ではなくてジェイソン・デイ選手だったからだ。そうすけは自分の意思で応援していたことになる。いやもしかすると自分が世界一になる日のことを考えているのかもしれない。

4月10日、ちょっと冒険。(生後107日)

 きょうも、朝から冷えこんでいる。しかも、小雨がぱらついている。こんな日には、家でゆっくりすごしていたくなる。が、このごろのそうすけは、部屋のなかでまる1日すごすとストレスがたまってしまうようだ。こっちを見て手足をばたばた動かしながら、どっか行きたい、とアピールする。しばらくそのままにしておくと、泣きはじめる。いったん泣きだすと、どんどん感情が高まってきて、大爆発してしまう。この爆発を一歩手前でとめるために悪戦苦闘。まるで、時間制限のあるスポーツをやっているような感覚だ。

 午後2時すぎ、遅めのランチに出かけることにした。そうすけにも、わたしにも、ちょうどいい気分転換だ。夕方にはまた雨がふるらしい。それまでにもどればいい。おむつや、おしりふきや、タオルの準備をして、お出かけ用の服にそうすけを着がえさせる。この時点ですでに、そうすけは外出に気づいているみたいだ。ごきげん、ごきげん。さっきまでとはちがうテンションで手足をぱたぱたしている。よろこびの舞いだ。さっそくだっこして、ベビーカーにのせると、はみ出しそうないきおいだ。じゃあ、おさんぽに行きますか。

 ベビーカーでカタカタ、目黒川沿いをすすむ。きょうは、橋をわたってみようか。そうすけに話しかけると、いつも直進していたところを左へ曲がってすすんだ。ちょっと冒険してみよう。とすすんでみたけれど、こっちにベビーカーでランチできる店ってあるんだっけ。ちょっぴり不安になりながらも、五反田駅のほうに向かってすすむと、ホテルの1階にあるレストランの店員さんとドア越しに目があった。だめもとでベビーカーでも入れますかときいてみると、もちろん、と店の奥のテーブルを案内してくれた。ベビーカーを横に置いてもスペースによゆうがあるからうれしい。ここも、行きつけになりそうだ。
「こんにちは、ご注文はお決まりですか」
「はい、あ、声がヘンになっちゃっていてすみません」
「のどのかぜですか、たいへんですよね」
「ほかは調子よくなったんですが、声だけがぜんぜん治らなくって」
「ですよね。わたしもこの春、なりましたもん」
ショートカットのウエイトレスさんと、かぜ談義で盛りあがった。このところ寒暖差がはげしいから、かぜをひく人が多いらしい。せっかくかぜが治ったけれどのどがまだ本調子じゃないんですよね、とウエイトレスさんも話している。季節のかわりめのかぜには、とくに気をつけないと。

4月9日、お風呂でラップ。(生後106日)

「あー、やっちゃったー」
「お湯、張りかえようか」
「もったいないよ」
「いいよ、いいよ、張りかえよう」
「入ったばかりなのにー」
朝風呂で、うんち。1日のはじまりが、だいなしだ。いやな予感は、はじめからしていた。きのうの夜から朝にかけて、そうすけはいちどもうんちをしていなかった。いつもうんちのあとに風呂へ入れていたのだが、きのうは眠そうだったので朝まで待つことにしたのだ。朝風呂にはなんどか入ったことがあるが、このところ夜早めのお風呂がつづいていた。いちどリズムがかわってしまうと、ハプニングはつきものだ。そうすけは湯ぶねのなかだけでなく、洗い場でも2度うんちをした。タガがはずれちゃったみたいにも見える。不快感から解放されて、いかにも気もちよさそうだ。

「そうすけくん、うんちしましたね」
「いまお風呂で、うんちしましたね」
コトバがつうじているのか、いないのか。そうすけは、上目づかいでわたしの顔を見ている。かわいい。すごく、かわいい。こんな目でじっと見つめられてしまうと、いまから話そうと思っていたこともぜんぶふっとんでしまう。
「ヘイヨー、チェケラッチョ!」
「ユー、お風呂でうんちはしちゃだめヨー」
「ノーモアうんち、ノーモアうんち」
新しい赤ちゃんラップができた。わかりにくいことを伝えるときにはちょうどいいのだが、これでほんとうに伝えたいことが伝わっているかはナゾだ。しばらくくりかえし歌ってみよう。そう、いちど起きてしまった便意はとめることはできない。これからもなるべく、うんちとお風呂のタイミングが重ならないように気をつけねば。きょうのそうすけは、風呂で泣かなかった。

4月8日、赤ちゃんラップ。(生後105日)

 さむい。東京の正午の気温は、3℃。4月では、ここ半世紀に経験したことのないさむさだという。テレビのニュースを見ると、新橋駅を行きかう人が取材されている。今朝、雪が降ったんだそうだ。4月の雪。2010年以来だといわれる。これだけさむいと、おさんぽに出かける気も失せてくる。晩ごはんの食材を買いに行かなければピンチなので、どっかで家を出なければならないことはわかっているのだが。夕方には雨があがるときいているので、それまでゆっくり待つことにしよう。そうすけとあったかい部屋であそびながら、すごすことにしよう。一見ハッピーな時間帯に思えるが、これには苦労もつきものだ。

 生後3か月あまりの赤ちゃんを気分よくいさせつづけるのは、むずかしい。昼下がりの時間は思った以上にたっぷりある。オアシスに向かって砂漠を歩きつづける旅人のように、夜までの時間がとほうもなく長く感じることもある。赤ちゃんはすぐに気が散ってしまう。集中していられる時間はほんのわずかだ。よろこびそうなものをまわりにたくさん用意して、ほしがればすぐにわたせるようにスタンバイする。音の出るおもちゃがいろいろある。ぜんぶお祝いのプレゼントでもらったものだが、こんなにたくさんの種類があるんだなあとびっくりするほどバラエティにとんでいる。ひとつずつ順番にあそんでいけば、よゆうで夕方までの時間をすごせる。しかし、そんなにうまくはいかないのが世の常だ。おもちゃであそぶ、ということ自体に興味をもたないことさえある。

 そうすけは歌をうたうとよろこぶのだが、あいにくまだ声が出ない。そこで考えたのが、オリジナルのラップ、赤ちゃんラップだ。しわがれ声でも、それなりにいいカンジが味わえる。そうすけちん、ちきちきちん、そうすけちん、ちきちきちん、そうすけそうすけ、それゆけそうすけ。ちきちきちん、の、ちん、のところでそうすけはよく笑う。このリズムがたいへん気に入っているようだ。いまでは泣くたびに、赤ちゃんラップであやしている。ラップのリズムにのせて友人からもらったぬいぐるみのわんちゃんが踊りだすと、テンションMAXだ。無謀と思えるほど、ばんばん手足を動かす。その表情がたのもしい。