Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

3月28日、貴重な時間。(生後94日)

 コピーライターの友人ふたりとレストランで待ちあわせる。ランチをたべようと約束していた。家からすぐの店を提案したら、そこにしよう、と賛成してくれたのがうれしかった。ちょっと早めに家を出て、きてくれてサンキューの気もちをこめたクッキーセットを買って、店へむかった。ふたりは先に店にいた。ごぶさたー、と声がはずむ。出産してから会ったのは、はじめてだ。

 ふたりとも、会わないあいだにいろいろな経験をしていた。お世話になった恩師と別れていたり、仕事場の環境がかわっていたり。体験をとおしてどうかわったかを、あらためてたしかめあった。どのような体験をしたかは人それぞれだけれど、体験をどのようにとらえたかはたがいが共有して参考にできるし、それが偶然もとめていたものだったりもする。わたしはだんなと子どもがいる、ふたりは結婚していない。しかし、根本的な考え方や感覚はかわらない。その感覚や気もちを、いまたがいにわかちあえるのはすばらしいことだと思う。これからもこんなふうに年を重ねていけますように。

 ちょっと遅れて、だんながそうすけを連れてやってきた。だっこひものなかでそうすけは恥ずかしそうにしている。ただ眠いだけなのかもしれないが。きれいなおねえさんにかこまれて、緊張しているようにも見える。そうすけくん、こんにちは。そうすけくん、はじめまして。ふたりに声をかけられて顔をあげたそうすけに、わっと歓声があがる。この瞬間が、そうすけはだいすきだ。くすぐったそうに笑いながら身をよじる。だんながとなりにすわってオーダーをしようとしたら店の人が、ごめんなさい小学生未満は入店おことわりなんです、と申しわけなさそうにあたまを下げた。えっ、そうだったの。

 そうすけとだんなは、入店して5分ほどで帰ってしまった。あっという間のごあいさつだったね、と別れを惜しみながら、ランチとお茶とおしゃべりをたっぷりたのしんで解散した。いつもかよっているあの店に、親子3人でかよえるようになるには、あと6年もかかるのか。ものすごくとおい先のように思える。それくらい、変化の多い密度の濃い毎日をすごしているのだ。

3月27日、3か月健診。(生後93日)

 午前8時45分、日赤医療センターへ。そうすけの3か月健診だ。2日前に熱を出していたのでちょっぴり気になるけれど、本人はすこぶる元気だ。受付を済ませて、名前をよばれるまで待つ。小児保健部のロビーには、受診を待つ親子がたくさんきていた。1か月健診を受ける赤ちゃんもたくさんきている。あたりまえのことだが、そうすけのほうがずっと大きく見える。ほんの2か月だけでもこんなにかわるとは。うっかりすると成長を見すごしてしまいそうだ。

「かんべそうすけさーん」
はいっと返事をして、前に出る。まずは体重測定から。服もおむつもぜんぶ脱いで、デジタル式体重計でチェックする。5910グラム。生まれたときの2倍以上にふえた。つぎに身長。59.4センチ。どちらも乳児身体発育曲線のまんなかをキープしている。とくに心配はなさそうだ。
「カウプ指数は16.7。いいバランスですね」
「カウプ指数ってなんですか」
「肥満、やせ、を判断する指標で、満3か月から5歳までの乳幼児につかわれているものです」
「おとなでいえば、BMIみたいなものですか」
「そうです、そうです」
へえ、子どもにもそんな指数があったんだ。乳児の場合は、15から19のあいだがふつうといわれている。個性がもとめられている時代にふつうをめざせといわれてもなあ、と屁理屈をこねたくなる。ふしぎな気分だ。

 測定を終えると診察室で医師による健康チェックを受けた。目の動き、首のすわり、股関節の開き、などなど。こちらも順調だ。なにかききたいことはありますか、と医師にきかれて、日ごろずっと気にしていることをきいてみた。
「生まれたとき、おちびちゃんだったもんで。いつも体重のことが気になってしかたないんですよね」
「ふやそう、ふやそうと、がんばらなくても、ふえますよ」
「ですよねえ。親の都合ですよねえ、これって」
「おでぶちゃんになったら、それはそれで、たいへんだから」
「だから、カウプ指数があるんですね」
「そう。でも、まずは赤ちゃんがごきげんでいられること」
生後3か月がすぎたら、もっと、そうすけとの意思の疎通がとれるようになるだろう。もっと、マイペースでしっかりおっぱいをのめるようになるだろう。

3月26日、あったかランチ。(生後92日)

 きのうは、そうすけとだんなと3人で川の字になって寝た。そうすけは両手をひろげて、すっかり安心した顔で眠っていた。左がお父さん、右がお母さん。たしかめるように、ぎゅっと手をにぎってくる。そのしぐさがかわいくて、ついついぎゅっとにぎりかえしてしまう。いかん、いかん、せっかく眠ろうとしているのにコーフンさせてしまうではないか。しっかり休んで、ちゃんと熱が下がりますように。だんなもわたしも、朝まで添い寝することにした。

 そのおかげか、朝にはすっかり平熱にもどった。そうすけをもういちど小児科に連れていかなくてもよくなった。ほっとした。ほっとしたら、おなかが空いてきた。夜から朝まで、ほしがるたびにおっぱいをあげたからだろう。早く寝るとなんども授乳で起こされるから、たいへんだ。だったら、寝ないで起きているほうがラクなんじゃないか。夜型のわたしにはぴったりかも。と思っていたが、時差ボケのようにへろへろになるだけだった。へろへろなうえにおなかが空いてしまっては、よろしくない。ごはんをたべよう。天気もいいので、そうすけと外に出かけて早めの昼ごはんをたべることにした。どこに行こうかな。

いつも五反田方面へ歩くことが多いので、大崎方面にしようか。ベビーカーをカタカタとゆらしながら、目黒川沿いをすすんでいく。そうすけは、ぱっちり目を開けている。元気そうだ。熱が下がってほんとうによかった、と、あらためて思う。川のほとりの桜がいまにも咲きそうだ。この週末には満開になるだろう。たのしみだね。あたたかい春の陽ざしをあびて、そうすけはまぶしそうに顔をゆがめる。それから、大きくのびをした。自信にあふれている。

 ベビーカーでも入れそうなレストランを探していたら、パンの香ばしい匂いがした。焼きたてのパンが、たべ放題。よし、ここにしよう。ベビーカーですがいいですか、と念のためきいてみると、ウエイトレスさんが居心地のいい場所へ案内してくれた。昼ごはんをたべているあいだ、そうすけはおだやかな視線で食卓をじっと見ていた。いちども泣きださなかった。いっしょにたべたいよね。これでおっぱいをつくったら、いっしょにたべられるね。

3月25日、副反応アリ。(生後91日)

 やっぱり熱が出た。きのうの夕方までのそうすけは元気だったが、夜からずっとぐずっていた。熱をはかってみると、37.8度。このまま上がらなければいいのに、と思っていたが、38度を行ったり来たり。のどがかわいているのか、おっぱいになんども付き合わされる。朝はかってみると、とうとう38.5度に上がっていた。熱以外では、とくに気になるところはない。泣き顔ばかり見ていると、こちらまで弱気になる。早く小児科へ行って診てもらおう。ウェブ受付に予約を入れると、46番めだった。開始からほんの10分ほど経ったばかりなのに、こんなに予約が入るとは。季節のかわりめで寒暖差がはげしいし、強風で花粉も舞いあがるし、なにかとたいへんな時期なのだろう。

「こんにちは」
「やっぱり、熱が出ました」
「どれどれ、ちょっと診てみましょうか」
服のボタンをはずすと、先生はそうすけに声をかけながら、胸と背中に聴診器をあてた。生後3か月のからだにあてると、聴診器が大きく見える。気になるところはなさそうだ。口を開けてのども確認した。炎症もなさそうだ。
「うん、表情もよさそうだし。あしたまで、様子をみましょう」
「わかりました」
「あしたになっても38度以上の熱があったら来てください」
「はい。あの、4種混合が原因ですかね」
前回のワクチンでは、熱が出なかった。ということは、今回はじめて接種した4種混合のしわざではないか。しかし、副反応はそう単純ではないらしい。
「肺炎球菌か、4種混合ですね」
「肺炎球菌もアリですか」
「1回めに熱が出なくても、2回めに出ることがあるんですよ」
なるほど。思ったよりもデリケートなのだ。あしたまで、様子をみてみよう。
「わたしのかぜ、うつったりしてませんよね」
「だいじょうぶ。お母さんとおなじ症状、出てませんし」
たとえば鼻水とか、といわれて気づいた。きのうの夜から、鼻をかみすぎて鼻の下が真っ赤になっていたことを。こっちも早めに治してしまおう。

3月24日、生後3か月。(生後90日)

 きょうで生後90日をむかえる。いよいよ3か月めに突入だ。そうすけに、この世はどうよ、と、きいてみたいのはやまやまだが、残念なことにまだコトバがつかえない。語りあうのは、この先のたのしみにとっておこう。朝7時から小児科のウェブ受付ができるので、早めに起きてスタンバイする。きょうは2回めのワクチン。当日しか入力ができないしくみなので、入力のタイミングが受診の順番を左右する。開始と同時に入力していちばんのりだと思ったら、予約できたのは26番めだった。みんな、早い。なれるともっと早く入力できるのだろうか。

 生後3か月には前回とおなじB型肝炎、ロタウィルス、ヒブ、小児用肺炎球菌に加えて4種混合ワクチンが受けられる。5種類のワクチンをいちどに受けるか2週にわけるか、ちょっと迷ったけれど、前回も副反応がなかったのでいちどに受けることにした。そうすけ、注射は痛いけれどがんばってのりきろうね。
「はい、ロタウィルスからいきますよ」
「じょうずに、のめましたね」
「じゃあ、注射しますね。両腕と両肩に打ちますよ」
先生が手際よく注射を打っていく。そうすけが短い泣き声をあげる。肩はとくに痛いらしく、泣き声がいちだんと大きかった。それでも、注射が終わったころには泣きやんでいた。これで確実に免疫がつけられるのだから、ワクチンはやっぱり受けるべきだろう。そうすけ、またまたつよくなったね。
「今夜からあした、熱が出るかもしれません」
「何度くらい出たら気をつけたほうがいいですか」
「38.5度を超えたら、連れてきてください。38度を超えていつもと様子がちがうな、と思ったときにも」
「わかりました」
ついでにわたしも、のどが痛かったので診てもらうことにした。かるい鼻づまりもある。花粉症の症状だと思っていたら、かぜだった。あららら。体調の管理はしっかりやっているつもりだったのに。1週間ぶんの薬をもらって様子をみることにした。こんなタイミングで、そうすけにうつったらまずいですよね、と先生に話したら、うつったら治しますよー、といわれてほっとした。問題があればそのときに解決すればいいのだ。対症療法的な考え方にはストレスがない。

3月23日、気づきの午後。(生後89日)

 おさんぽに出かけたくて、うずうず。そうすけも、わたしも、部屋のなかにいるのがあきてきた。どこに行くのかは決めてないけれど、とにかく外に出てしまおう。きのうほどあたたかくはないが、出かけるには十分だ。そうすけをマリン柄のカバーオールに着がえさせて、わたしも部屋着から授乳口つきワンピースに着がえて、いざ出発だ。ベビーカーをカタカタゆらしながら向かったのは、いつものベビー用品の専門店だった。家から歩いてちょうどいい距離にあるのと、授乳室があるので、安心してぶらぶらできるからだ。ほかにもこういう場所がいくつかあるといいなあ。時間があるときに調べてみよう。

 ベビー用品の専門店に行く途中で、銀行に立ち寄った。ATMの前で、そうすけがじいっと観察している。この巨大な箱のようなものは、なんだろう。なぜお母さんは、この箱のようなものの前に立っているんだろう。あ、箱のようなものがお母さんから、うすっぺらい四角いたべものをもらってのみこんだ。どんな味がするんだろう。こんどはまたさっきとはちがう、うすっぺらい四角いたべものを吐きだした。お母さんが、それをもって帰ろうとしている。さっきより笑っているみたいだぞ。なにをもって帰るつもりだろう。などと考えながら、見ているんだろうか。思いっきりにんまりした顔で、そうすけを見た。

 新しいベビーステテコが出ていたら買おうと思っていたが、気に入ったものがなかったので、またこんどにすることにした。ロンパースを見たり、帽子を見たり、おもちゃを見たりしたが、けっきょくなにも買わなかった。それでも1時間ほど店内をぶらぶらしていたら、いい気分転換になった。平日の午後は混んでいないからすごしやすい。また来ようね。授乳室でそうすけにおっぱいをあげて、帰りにパン屋に寄って帰った。店にいるときも、移動しているあいだも、そうすけは静かにしていた。が、いよいよ家が近づいてきたら、急に泣きはじめた。緊張がほぐれたからだろうか。このまま部屋にもどったら、もっと大泣きしそうだなあ。だっこして泣きやむまで待つしかないか。そのとき、そばにいた小学生の男の子が、そうすけの顔を見ながら話しかけてきた。
「おっぱいだよ」
「おっぱい、だと思いますよ」
親に教育されているのだろう、ていねいな言葉になおして繰りかえし教えてくれた。ありがとう。帰ってすぐに、そうすけがおっぱいをほしがっているのを目の当たりにしてびっくり。男の子は、どうして気づいたんだろう。

3月22日、キックのサイン。(生後88日)

 このところ、そうすけのキックがますますパワフルになってきた。キックには3つの意味があるようだ。まずは、ごきげんなとき。メリーの音楽にあわせてダンスをしたり、ボディマッサージで気分がよくなったりしているときの、リズミカルなキックだ。つぎに、ごきげんななめのときだったり、不快感だったりを伝えるためのキック。背中があつくて気もちわるいときにも、強烈なキックで掛け布団をふっとばしている。さいごに、大泣きとセットで繰りひろげられるそうすけ最強のキック。それは、うんちをきばるときのキックである。生まれたばかりのころは、うんちとおしっこはいつもセットで出ていたが、いまでは、うんちとおしっこが1対2の割合になってきた。おなかになにかがつまっているように感じるのか、うんちが出ずにおしっこがなんどかつづいたあとは、決まって大泣きがはじまる。からだが力んだ、と思ったら、キックが炸裂する。

 そうすけが力んでいるときには、のの字でおなかをマッサージする。それでもうんちが出ないときには、下半身にジャストフィットするベビー用のイスに座らせたり、バウンサーにのせてゆらしたり、なるべくきばりやすいようにサポートをする。しばらくすると、大きなおならの音にあわせて、あの香ばしいにおいがただよってくる。さっそくおむつを確認すると、そこにはできたてほやほやの黄色いうんちがびっしりひろがっている。おしりふきで手早くおしりをきれいにして、新しいおむつにとりかえると、こんどは、ごきげんキックをはじめるのである。そうすけよろこびの舞、といってもいいだろう。すがすがしいほどシンプルな意思表示だ。そのときにメリーからそうすけのだいすきな、大きな栗の木の下で、や、ぶんぶんぶん、のメロディーが流れてくると、さらにハイテンションでキックを繰りかえす。その瞬間が見たくて、サポートするのだ。

 そうすけの両脇を支えて立たせると、足をバタバタしながら地面に向かって強烈なキックを連発する。立つ、という欲求が出てきたのかもしれない。寝かせるたびにぐずっても、すわらせたり、立たせたり、だんなが高い高いをしてあげると、あっという間にごきげんになる。足にちからがつけば、立てる日も近いだろう。首がすわったり、寝返りを打ったりしてからの、おたのしみだ。

3月21日、病児保育。(生後87日)

 朝、そうすけと、だんなと、山手線にのって飯田橋に向かった。病児保育の説明会に参加するためだ。病児保育とは、子どもが病気で保育園にかよえなくなったときに、保護者にかわって病気の子どもの世話をするしくみのことをいう。仕事場の先輩ママからきいた話だが、実際、子どもはしょっちゅう熱を出すものらしい。とくに入園したてのころは、月に1度や2度はあたりまえ、なかには、1週間のうちになんども熱を出す場合もある。それは、大切な打合せの最中であろうが、仕事に出かける間際だろうが、関係ない。子どもが集団生活をはじめて免疫をつけるまでは、だれもが経験する試練だという。ならば、いざというときにもあわてないように先手をうっておこう、というわけだ。

「おはようございます」
改札を出て、説明会場のあるビルに近づくと、ピンクのエプロンをした笑顔のスタッフさんたちが待っていて道を誘導してくれた。なんとホスピタリティが高い会社だろう。赤ちゃん連れで到着が遅れている家族を配慮して、説明会は10分ほど遅れてはじまった。NPO法人の会社だそうで、病児保育の理念やサービスの概要、料金などの具体的なシステムまで、わかりやすいパワーポイントの資料をつかって説明が行われた。さらに、保育を担当するシッターさんの自己紹介があった。保育士の資格をもっていて幼稚園や保育園ではたらいたことがある人や、子育て歴12年以上のベテランママさんなど、みんな経験豊富で相談にものってもらえそうだ。この会社では、ベビーシッターとして活動するためにきびしい基準をもうけているそうで、たとえ保育士の資格や子育て経験がある人でも、10人にひとりくらいの割合でしか採用をしない方針らしい。

 パパさんやママさんが説明に集中するいっぽうで、子どもたちは、おもちゃであそんだり、走りまわったり、マイペースだ。そうすけも、好奇心100%でまわりをきょろきょろ観察している。40人ほどのおとなと20人ほどの赤ちゃんがひとつの部屋にいることを、ふしぎに思っているようだ。赤ちゃんはそうすけより月齢が大きな子ばかりなので、なおさら興味シンシンだ。

 説明が終わると、個別の相談会がはじまった。保育園から急に呼びだされた場合にも、シッターさんにおむかえを依頼することができる。その際のカギの受けわたしのルールや、自宅での病児保育は宅配便がきても玄関を絶対に開けないなど、赤ちゃんの健康だけでなくセキュリティを優先しているところがとても良心的だと思った。ただひとつ、残念なことがあった。入会できるのは満6か月を過ぎた翌月1日からとのこと。わたしが会社に復帰する4月からサービスを利用することはできないのだ。7月1日を、待つことにしよう。

3月20日、ちょっとセクシー。(生後86日)

 きょうのそうすけは、青い長袖のロンパースにぞうさん柄のベビーステテコをはいている。近ごろは、このスタイルがお気に入りだ。足を動かしやすいのがうれしいからか、宙で両足をバタバタさせている。ベッドメリーの音楽にあわせてダンスをおどるように、バタバタ、バタバタ。気がつくと、15分以上もおどりつづけていることがある。たいへんな運動量だ。こんなに筋力があったとはおどろきだ。おむつをかえようとかがんだ瞬間に、いきおいあまって胸をけられることもある。あまりのつよさに、うぅっ、と、うなりそうになる。生後2か月だからといって、あまく見てはいけない。不意打ちには気をつけよう。

 不意打ちといえば、おむつをかえているあいだのおしっこ攻撃もあいかわらずだ。きょうもすでに1戦めを終えている。ロンパースを着がえようとしたら、控えの服がないことに気づいた。ああ、また乾燥機をかけるの忘れてた。あわててもしかたがない。友人からプレゼントしてもらったちょっとよそ行きのロンパースに着がえよう。以前、部屋で写真を撮るときに着てから1か月ぶりだ。ひさしぶりだね。袖に腕をとおそうとしたら入りにくい。ぱっつんぱっつんになっているではないか。二の腕が太ったのかな。胸のボタンをとめようとしたら、いまにもはじけそうだ。ちょっとセクシー。ストレッチ素材だからなんとか着ることができて、よかった、よかった。着がえおわったそうすけを見ると、レオタードを着た新体操の選手のようになっていた。

「そろそろ、そうすけくんに春夏の服を買おうと思っているんだけど。サイズは60~70センチ、70~80センチのどっちがいいのかな」
母から質問されても、なかなかこたえが見つからない。
「いまは60センチなんだけど、あっという間に70センチになっちゃいそうなんだけど。でも、ジャストサイズが動きやすいよねえ」
「保育園にもっていく服で、考えたらどう」
「だったら70センチかなあ。いや、まだ大きすぎるかなあ」
話しながら、そうすけを見た。ちょっとセクシーを、また見たくなる。

3月19日、完母、完ミ、混合。(生後85日)

 わたしの母は、兄を母乳、わたしをミルクで育てたという。兄がおっぱいを吸いつくして、わたしが生まれたときには空っぽになってしまった、と母がジョークにするくらい、子どものころの兄はおっぱいがだいすきだったそうだ。乳ばなれがどうしてもできなくて乳首にからしをぬったとも、きいたことがある。わさびはよくたべるのにからしがニガテなのは、そのときの体験がトラウマになっているにちがいない、と兄が本気でうたがっているほどだ。

 わたしもミルク育ちだった、とママ友のYさんが教えてくれた。ちょうどいまのママのママの世代がミルク派だったといわれている。45歳のわたしの母は、いわばその最先端だったのかもしれない。赤ちゃんの育て方については、完母=完全母乳、完ミ=完全ミルク、混合の3タイプにわかれていて、たがいのメリットやデメリットがたびたび議論されている。どのタイプで育てるのがのぞましいかについては、ママと赤ちゃんの生活スタイルによって選択肢がわかれるのが当然だろう。ママと赤ちゃんになるべく負担のかからない方法が、いちばんだ。わたしは、完母に近い混合だ。10回のうち9回は、母乳をあげている。風呂あがりの1杯は、哺乳びんに入れたミルクをだんながのませるようにしている。そうすけとだんなのコミュニケーションタイムだ。完母をすすめる人も多いが、そこまで徹底できるほど自信がないし、いざというときそうすけを母親以外のだれかに世話してもらうことも考えたらやっぱり混合のほうがいいだろう、と思ったからだ。とはいえ、これでいいのかどうか、そうすけにとってもベストなのかどうかは、わからない。いまも手さぐりの毎日なのだ。

「将来、履歴書に母乳かミルクか、書くわけじゃないからね」
「履歴書に、おっぱい卒、かあ。おもしろそう」
「お前、混合? おれ、完母! みたいな」
「それ、うけるわー」
「のんだミルクのこと、おとなになったら気にしていないし」
「母乳でも、ミルクでも、赤ちゃんがおいしくのめればいちばんだよね」