Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

3月18日、悩めるおっぱい。(生後84日)

 このごろ、ママ友とよくSNSで会話をしている。テーマは、保育園入園に向けておっぱいのコンディションをいかにととのえるか。通園がはじまるとおっぱいをあげる回数が劇的に減ってくる。朝、そうすけを保育園にあずけて、夜、仕事場からもどってくるまでのほぼ半日を、搾乳しながらしのぐことになる。2、3時間もするとおっぱいが張って痛くなるけれど、ちゃんとうまくやっていけるのだろうか。そんなにタイミングよく搾乳タイムをつくれるのだろうか。理想は、夜と朝には新鮮でおいしい母乳がたっぷり出て、仕事中は搾乳しなくても痛くならないおっぱいだ。先日たまたま皮膚科で会った10か月の息子さんをもつママさんとおなじ話をしたとき、なれるよといわれたのが救いだ。わたしもなれたんだから、あなたもだいじょうぶ、と。

 おっぱいの悩みは、つきない。冷凍母乳をもっていくかどうか。搾乳した母乳を保存すればもちろん準備できるが、現実的につづけられるかどうか。冷凍母乳は、とったらすぐに冷凍庫へ、が原則になる。昼、仕事場で搾乳してたくさんとれたとしても、冷凍保存して保冷バッグに入れて家にもって帰るとなると、かなりたいへんだろう。夜も仕事が終わってから家で直接授乳することを考えると、1日まるまる母乳ですごせるほどの量は出ないだろう。そうだとしても、完全母乳をめざすべきかどうか。いままで母乳ひとすじだったママ友は、復職までに1か月ためしてみてムリだったらあきらめるつもりだ、という。1か月つづけるだけでもたいしたもんだ。いっぽう保育園につとめているママ友がいうには、4月から7月まで冷凍母乳でがんばっていても、真夏が近づくにつれて、保冷バックに入れても衛生上よくないから、とミルクに移行していくお母さんがほとんどなのだという。だったら、母乳にこだわりすぎるのもどうかなあ、と決めきれずにいながらも、冷凍保存用の母乳バッグをまとめ買いしてしまった。入園日までにはまだ1か月以上ある。時間はまだある。まずはおいしいものをいっぱいたべて、たっぷりおっぱいをあげよう。そうすけといっしょに考えよう。

3月17日、そうすけの意思。(生後83日)

「ぐわっ、また、やられたー」
きょうのそうすけは、やんちゃだ。おしっこの不意打ちをすでに3度もくらってしまった。服も、肌着も、そのたびに着がえているので、あっという間に洗濯物がふえてしまった。新しい服に腕をとおすたびに、よろこんでいる。もしかするとこの気もちよさを味わいたくてわざとやっているんじゃないの、と疑いたくなるほどだ。いままでは、おむつをすばやくかえて攻撃のスキをあたえなければかるくかわせていたのだが。いったいどこで、タイミングを読めるようになったんだろう。3度めの不意打ちを成功させると、してやったりの笑顔でこちらを見ているではないか。さっそくつぎの攻略法を考えなければ。

 言葉をかわすことは、できないけれど。すこしずつ、すこしずつ、そうすけと意思の疎通ができるようになってきたことがうれしい。毎回ではないが、泣きだす前におっぱいをあげられるようにもなってきた。ぱいぱい、ほしいの、と、たずねると、ほんとうに、こっくりうなずいてくれるのだ。だんなは信じてくれないが、近いうちにきっと目の当たりにするだろう。空腹感を訴えて、自分の意思でおっぱいをのんで、満腹感によってのむことをやめる。ちょっと前までは、ただそこにおっぱいがあるからのんでいる、だけだったのに。成長の早さにはおどろかされるばかりだ。その瞬間を見とどけようといつも注意しているのだが。なんの前ぶれもなくいきなりかわるから、こまったものだ。

 おっぱいをのんでいるそうすけを見ていると、意思の強さをつくづく感じることがある。いつも左右かわりばんこに10分ずつあげるようにしているのだが、片方が10分をすぎてもう片方にかえようとしても、かたくなに拒んでくることがあるのだ。以前なら強引にかえても、なんにもなかったようにのみつづけてくれたのだが、いまは、かえると口を真一文字にむすんでのまなくなってしまう。だから、のみたいだけ自由にのんでもらうことにしている。

3月16日、はじめての親友。(生後82日)

 きのう、うちにあそびにきた大学時代の友人が、そうすけに犬のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。わあ、おっきなわんちゃんだねえ。身長60センチあまりのそうすけには、まるごとかくれてしまうほどの大きさだ。さっそく、わん、わん、わーん、と鳴きまねをしながら、そうすけの上に、すっぽり、おおいかぶせてみる。身をよじって、きゃっ、きゃっ、と大よろこび。手ざわりのいいふさふさの生地も、ぴったり肌に合ったみたいだ。わんちゃんにあたまをごしごしこすりつけている。わたしもそうすけによくやっている、だいすきのポーズだ。これからわんちゃんが活躍すること、まちがいなしだろう。

 はじめてのレストラン体験や、おとなの友だちといっぱいあそんだ反動だろうか、きょうは朝からぐずりっぱなしだ。泣いて、あやして、ようやく眠りはじめたと思ったら、泣きだして、といった状態をくりかえしていた。さっそく、わんちゃんの出動だ。わんわん泣いているそうすけの顔に、わん、わん、わーん、と犬の鼻を近づけてみた。そうすけ、だいすき。と、なんども、ほっぺに犬の鼻でチュウをする。あらら、笑った。いままでに見たこともないような、満面の笑みを浮かべている。ずっと前から友だちだったみたいだね。あっ、とか、やっ、とか声をあげながら、手足でコミュニケーションをとっている。

 ごきげんになったそうすけは、深い眠りに入ったようだ。だんなが帰宅したときにも、くうくう寝息をたてていた。ふたりで夜ごはんをたべて、録画していたドラマを観て、自然に起きてくるのを待っていたが、さすがにおっぱいの時間が開きすぎるので、おむつをとりかえて起こすことにした。目を覚ましたそうすけは、パワー全開、待ってましたあ、とばかりに、おっぱいに吸いついた。たらふくおっぱいをのんだあとは、ごきげん、ごきげん。気もちよく寝かそうと、だんながさっそく、わんちゃんをつかって話しかける。と、またまた興奮してしまったのか、まったく寝ようとしない。きゃっ、きゃっ、と、わんちゃんとあそびはじめてしまった。修学旅行の夜みたいだ。ベビーベッドにならんで寝ている、そうすけとわんちゃんは、すっかり親友みたいだ。

3月15日、レストラン初体験。(生後81日)

 大学時代の友人がふたり、うちにあそびにきた。大崎駅の改札口までむかえにいった。あいかわらず、にぎやかだ。さんぽがてら五反田にあるイタリアンレストランに寄り道して、ランチをたべた。だんなとそうすけもいっしょに、5人で食事をした。そうすけは、あとでおっぱいのスペシャルランチをとろうね。生まれてはじめてのイタリアンレストラン。はじめてかぐ料理のにおい、はじめてきく店内の会話、ここちいい音楽。そうすけはうす目を開けて、その様子をじっと観察している。おとなたちが食事をしながら語りあっている姿を見て、なにを感じたのだろう。この世をもっと、すきになってくれるといいのだが。

ベビーカーか、だっこひもか。どちらでレストランに行くほうが負担がすくないだろう、と迷っていたら、だんなが、だっこひもで連れていくからいいよ、と手伝ってくれた。ありがたや。そうすけもおとなとおなじ目線で見たほうが、いろいろたのしめるにちがいない。だんなはそう考えたのだろう。そうすけ、うれしいね。食事がほとんど終わったころ、ビールを3杯おかわりしただんなが立ちあがった。トイレに行くという。そうすけをあずかろうとしたら、このままでだいじょうぶだという。もどってきただんなにきいてみると、個室ならだっこしたままで十分対応できるそうだ。ひろくてきれいなトイレでよかった。

 部屋にもどると、友人がかわるがわるそうすけをだっこしてくれた。
「かわいいねえ、そうすけくん」
「もう、連れて帰りたくなっちゃうよー」
「連れていってもいいよ。でも、おっぱい、たいへんだよー」
「うーん、やっぱりムリ」
「おっぱい、出ないもん」
友人の腕のなかで胸に寄りそうようにして、そうすけは気もちよさそうに目をつぶっている。みんなの愛情をたっぷりもらって、しあわせそうに目をつぶっている。将来はなんになるだろうね、といわれて考えた。なんになるかはわからないけれど、自分のちからで生きていける人になってほしい。それだけだ。

3月14日、ことばあそび。(生後80日)

 生後2か月の赤ちゃんが、アイ・ラヴ・ユー、と話している動画をSNSで見つけた。お父さんのひざの上にのって向かいあいながら、なんども口まねしているうちに発音できるようになったらしい。かわいいなあ。目の前でこんなことをいわれたら、ぎゅっとしたくなる。そうすけも、意外にできちゃったりして。ちょっと、ためしてみようか。思いたったら、そうだ、ためしてみよう。

「そうすけ、だいすき」
「だいすき」
「だーいすき」
だいすき、という言葉が、そうすけはだいすきだ。気もちが伝わっているからなのかな。満面の笑みがかえってくる。だいすき、だいすき、だいすき、そうすけのことが、だーいすき。繰りかえすうちに、きゃっ、きゃっ、と、からだをよじりながら笑いだした。この笑顔をずっと見ていたくなる。言葉そのものは、やっぱり発音しにくいみたいだ。濁音だから、むずかしいのかも。
「そうすけ、あいしてる」
「あいしてる」
「あ・い・し・て・る」
あい、と口が動いた。こっちのほうがいいやすいのかもしれない。あい、だけでも十分うれしい。あいしてる、と、ありがとう、をいえる人になろう。

 だんなは、メロディーにのせて発音させるつもりだ。そうすけと向かいあいながら、ぶんぶんぶん、の歌をうたっている。ぶんぶんぶん、はちがとぶ、ぶんぶんぶん、はちがとぶ。なんども繰りかえしているうちに、そうすけのくちびるがぶ、のかたちになっていく。ぶんぶんぶん、ぶん、ぶん、ぶん。だんなの歌に熱がこもっていく。力みすぎて、はちもとべなくなってしまいそうだ。そうしているうちに、そうすけの口が動いた。ぶん。いま、ぶんっていったよ。大さわぎになってしまった。もういちど、ぶん。ぶんぶんぶん、は近いかも。

 じつは、ぶんぶんぶん、より先におぼえた歌がある。大きな栗の木の下で、の歌だ。なんども繰りかえしうたっていると、そうすけの口が動いたのだ。そしてうたったのだ。大きな、とはっきり。だんなはまだ信じてくれないが。

3月13日、乳児湿疹。(生後79日)

 朝、9時のいちばんのりをめざして、皮膚科へ急いだ。皮膚科は、家から歩いて5分ほどにある小児科に併設されている。内科、小児科はだんなさん、皮膚科は奥さんが先生だ。これからもますますお世話になるだろう。そうすけの乳児湿疹がひどくなってきたので、診てもらうことにした。自分でひっかいたあとが、いくつかある。傷になる前に、ちゃんとなおしてしまおう。

 医院に着くと、すでに待っている人がいた。が、多くなさそうだ。そうすけは4番めに診てもらえることになった。早く来てよかったね。看護師さんによばれて診察室に入ると、奥さん先生がにっこり笑って待っていた。
「はい、おはようございます。きょうは、どうしたの」
「湿疹ができて、爪でひっかいちゃったんです」
「あらら、かゆいのかな。湿疹自体はそれほどひどくはないですね」
先生が資料を開いて、写真を見せながら、乳児湿疹の症状を説明した。思わず声をあげたくなるほど、痛々しいものもある。カサカサするものも、ベタベタするものも、ジュクジュクするものも、ぜんぶ乳児湿疹。赤ちゃんのほとんどが、いちどは経験している。1歳から2歳までには、自然になおるといわれている。症状を素人が判断するのはきけんだ。しっかりと診てもらおう。
「肌を洗うとき、なにをつかっていますか」
「ベビーソープをつかっています」
ブランド名を確認して、それなら問題ないわね、と先生はいった。しっかり洗って、肌を清潔にたもつこと。赤ちゃん用のせっけんやボディソープの泡をたっぷりつけて、洗うといいそうだ。顔面とくらべて、頭部はちょっとフケが出ているくらいで、とくに炎症はなさそうだ。よかった、よかった。
「いまのカンジで、これからも清潔にたもってくださいね」
「ありがとうございます」
ぬり薬を出してもらって、症状がおさまるまで様子をみることになった。ついでに、わたしの乳腺炎を予防するための葛根湯も処方してもらった。この際だからききたいことはぜんぶきいてしまおう。
「3か月健診って、受けたほうがいいんですかね」
「自治体から通知はきてますか」
「品川区は4か月健診で、3か月は自費になるんですよ」
「へえ、そうなんだ。気になるところがあったらで、いいんじゃないかな」
「体重、ですかね。生まれたとき、おちびちゃんだったもんで」
「体重なら、ここで測れますよ」
「えっ、ホントですか」
「じゃあ、3か月のワクチンを受けにきたときに測りましょう」
うん、見たカンジとくに気になるところはないよ。と、先生から太鼓判まで押してもらった。ききたいことをいまきいておいて、よかった、よかった。

3月12日、復職前面談。(生後78日)

 11時、虎ノ門の仕事場へ向かう。2日前の経験をふまえて、いつもよりも1時間早めに準備をはじめる。それでも、家を出るのがぎりぎりになってしまった。ベビーカーではなく、だっこひもで移動することにした。おとといもだっこひもで出かけたから、きっとだいじょうぶだろう。大崎駅へ向かう途中で、エスカレーターが工事のため封鎖されていた。いきなり経路がかわることもあるから、お母さんはたいへんだ。足もとを見ながら、階段を下りた。

 この時間の山手線は、比較的空いている。上長も人混みを気づかって、会うタイミングを決めたのだろう。近くの座席が空いていたので、だっこしたまま腰をかけた。電車にゆられながら、そうすけがぐっすり眠っている。気もちよさそうだ。ずっとすわっていたくなるのをがまんして、有楽町駅で降りた。そうすけのよだれで、胸のあたりがぐっしょりぬれている。ハンドタオルをとりだしてふいた。仕事場のみんなにわたす手みやげを買ってビルに向かった。

約束の10分前に、ビルに着いた。ちょっと早いけど、まあ、いいか。だっこひものなかでまぶしそうにうす目を開けているそうすけに、さあ行くよ、と声をかけて、仕事場のドアを開いた。目の前にいるみんながそうすけをかこむようにあつまった。たくさんの大きなおとなたちに見まもられて、小さなそうすけがますます小さく見える。生後2か月半の赤ちゃんが仕事場にきた、それだけでもたいへんなニュースだ。そうすけは、あいかわらず静かにしている。
「かわいいねえ」
「たまらんなあ」
「おー、よちよち」
「はじめまちて」
「よろちくね」
一斉に言葉のプレゼントをもらって、そうすけもびっくりしたのだろう。いまにも泣きそうな顔をしている。だっこをしたまま、ゆらゆら、からだをゆらしてごきげんをとる。手のひらでそうすけのあたまをなでながら、落ちついたのを見はからって上長と面談をした。復職日や配属の希望、復職後は通常勤務で多少の時間外勤務も対応できること、保育園が決まったこと、などを確認した。そばにそうすけがいてくれるから、迷わずに話せた。そうすけには、言いわけをしたくない。きちんと、向きあいたい。だからこそ、しっかりはたらきたい。

3月11日、平和な午後。(生後77日)

 東日本大震災から、4年がすぎた。あの日わたしは、目黒にあるキッチンスタジオで料理の撮影に立ち会っていた。はげしいゆれでカメラが倒れそうになり、両手で支えるのがせいいっぱいだった。ワンセグでニュースを見たスタッフが叫び声をあげた。ようやく、なにが起こっているのかわかった。いまわたしたちにできることは、なにもなかった。冷静になれ、冷静になれと、ひとりひとりが自分にいいきかせるようにして撮影をつづけた。予定より早く撮影を終えたが、だれもすぐには帰らなかった。いや、帰れる状況ではなかったのだ。スタジオの前の道路は、歩いて移動する大勢の人で埋まっていた。歩く以外に、交通手段が見つからなかった。職場に安全確認の電話を入れる者がいて、仲間の安否を気づかう者がいて、ワンセグでニュースのつづきを見る人がいて。夜になっても大勢の人が道路を埋めつくしていた。わたしも、家まで歩いて帰った。着くまでに時間がかかった。朝までかかったスタッフもいた。忘れられない1日だった。

 きょうは、いい天気だ。風がひんやりするが、日なたを歩けばおさんぽが十分たのしめる。なんて平和でおだやかな午後だろう。14時46分、テレビで一斉に震災関連の報道をするなか、だっこひもでそうすけといっしょに家を出発した。目黒川沿いを歩いて、大崎駅の近くにあるスーパーに向かう。そうすけは最初、目をつぶっていたが、店のなかに入ったとたん、まぶしそうに目をぱちくりさせていた。きょうの夜は、ゆっくりおふろに入ろう。そうすけとふたりで、入浴剤を選んだ。といっても、いつもつかっている入浴剤なのだが。陳列棚にならんでいる色とりどりのパッケージを見ながら、そうすけがよろこんでいる。おもちゃに見えたのだろうか。数日前にお店に入ったときよりも、気もちによゆうがあるみたいだ。食品コーナーにも寄って、コーヒーに入れるクリームを買った。たんぽぽコーヒーに入れてのむとちょうどいい。五反田方面にも足をのばした。パン屋さんに寄り道して、お気に入りのパンを買った。

 1時間あまりのおさんぽだったが、そうすけにとってはいい刺激になったみたいだ。家にもどるとさっそく、腕のなかでぐっすり眠ってしまった。寝顔が笑っている。どんな夢を見ているのだろう。いっしょに夢が見たい。おとなのベッドに寝かせて、添い寝をした。なんて平和でおだやかな午後だろう。

3月10日、アイドルデビュー。(生後76日)

 12時、表参道へ。所属するコピーライターズクラブのランチミーティングに参加するため、そうすけを連れてクラブハウスへ急いだ。家を出たときには遅刻することがわかっていた。さあ行こうというタイミングで、そうすけがうんちをして泣きだしてしまったのだ。おむつをかえてあやしているだけでも、かるく30分はかかる。こうなると、あせってもしかたがない。しっかりおしりをふいて、長いだっこにも耐えられるように、おむつをていねいにとりかえた。まだ泣いていたけれど、だっこひもを装着してだっこが完了したころには泣きやんでいた。これから出かけるときには、もっと先手先手で準備しよう。

 そうすけ、生まれてはじめての山手線体験。きみがまだおなかのなかにいたころ、毎日のっていたんだよ。思いだしているのかな。電車にゆられながら、じっと目をつぶっている。ここちよさそうな表情をしている。吊り革をもって立っていると近くにいた男性が、すわりませんか、と声をかけてくれた。あとひと駅で降りるつもりだったので、気もちだけありがたくいただいた。日本はやっぱり思いやりの国だ。地下鉄にのりかえるつもりだったが、そうすけがあたまをかくんと下げて熟睡しているのを見てタクシーにのりかえた。クラブハウスに着いたらたくさんのおとなに会って、興奮して眠れなくなるにちがいない。

 クラブハウスに入ったとたん、そうすけはアイドルになった。そのしぐさのひとつひとつが、視線をあつめている。本人も、まんざらではない顔つきをしている。しかしそれは、1時間もつづかなかった。いまにも泣きだしそうな顔をしている。おっぱいがほしくなったにちがいない。事務局のTさんと相談して、奥の部屋を20分ほどかしてもらった。ついでにブランケットもかしてもらった。そうすけと、ふたりきり。あらあら、さっき泣いたからすがもう笑った。たくさんのおとなにかこまれて、気疲れしたんだね。おっぱいをのんでパワーアップしたそうすけは、ひとまわり大きくなったみたいだ。

 打合せのあいだ、そうすけはいちども泣かなかった。よく、がんばって耐えたもんだ。小さなからだで、たくさんのおとなの話につきあってくれて。タクシーで帰ろう。ちょうどきた車にのると、さっそく泣きはじめた。うちの娘も11月に出産する予定なんですよ、と運転手さんが孫をかわいがるようにそうすけを見まもってくれた。娘さんは初産だそうだ。高齢出産だから心配しているんです、というので、年齢をきいてみると、今年37歳をむかえるとのこと。わたし45歳で産んでますしだいじょうぶですよ、と話したら、こちらもびっくりするほどびっくりしていた。娘さんのこころのおまもりに、なれたかな。

3月9日、ランチの予約。(生後75日)

 そうすけにおっぱいをあげながら、SNSでママ友とおしゃべりする。ほどほどにしないとそうすけがおこっちゃうぞ、と気にしながら。おっぱいをのんでいるときも、じーっとこっちを見ていることがある。ぜんぶわかっているよ、といわんばかりのまなざしにドキッとする。先日も、髪をかきあげるしぐさをまねされていたんだっけ。子どもはありとあらゆる方法をつかって、親の注目をもとめてくる。その気もちをどんなに面倒くさくても、うらぎらないでいたい。

 SNSの相手は、マタニティクラスでいっしょだったママ友だ。15歳近く年がはなれているけれど、おたがいに気をつかわなくてもここちいい関係なのがうれしい。保育園に入る前に、みんなでランチに行こうよ、と盛りあがっている。みんな、というのは、プレママのころに会っていた4人だ。あのときは4人でひとつのテーブルをかこんで、4人ともめだつほど大きなおなかで迫力だったなあ。12月中旬から1月上旬に無事みんなが出産を終えて、子育てにいそしんでいる。こんど会うときには、子どももいっしょだ。ふたりめの子どもを産んだママ友は、ふたりとも連れてくる、とはりきっている。4人だったのが9人にふえて、テーブルをかこむことになる。なんだか、ふしぎだ。

 ベビーカーで入れる店を探すと、みんなの家からほど近い、恵比寿のレストランが見つかった。まずはそこに決めて、日程を調整することにした。調べてみて気づいたのだが、ベビーカーで入れる店は都内でもけっこうすくない。店を決めておいてスケジュールをあわせるほうが早く決まりそうだ。恵比寿のレストランに3月中旬以降の予約状況をきくと、なんと3月はすでに予約でいっぱいとのことだった。じゃあ4月にしようかと、きりかえる。1月に生まれた赤ちゃんもいるから、かえってそのほうがいいかもしれない。けっきょく4月の中旬に会うことにして、店を予約してもらった。ここ前からずっと行きたかったお店なんだ、とママ友の声がはずむ。わたしも、初体験できるのがたのしみだ。