3月11日、平和な午後。(生後77日)

 東日本大震災から、4年がすぎた。あの日わたしは、目黒にあるキッチンスタジオで料理の撮影に立ち会っていた。はげしいゆれでカメラが倒れそうになり、両手で支えるのがせいいっぱいだった。ワンセグでニュースを見たスタッフが叫び声をあげた。ようやく、なにが起こっているのかわかった。いまわたしたちにできることは、なにもなかった。冷静になれ、冷静になれと、ひとりひとりが自分にいいきかせるようにして撮影をつづけた。予定より早く撮影を終えたが、だれもすぐには帰らなかった。いや、帰れる状況ではなかったのだ。スタジオの前の道路は、歩いて移動する大勢の人で埋まっていた。歩く以外に、交通手段が見つからなかった。職場に安全確認の電話を入れる者がいて、仲間の安否を気づかう者がいて、ワンセグでニュースのつづきを見る人がいて。夜になっても大勢の人が道路を埋めつくしていた。わたしも、家まで歩いて帰った。着くまでに時間がかかった。朝までかかったスタッフもいた。忘れられない1日だった。

 きょうは、いい天気だ。風がひんやりするが、日なたを歩けばおさんぽが十分たのしめる。なんて平和でおだやかな午後だろう。14時46分、テレビで一斉に震災関連の報道をするなか、だっこひもでそうすけといっしょに家を出発した。目黒川沿いを歩いて、大崎駅の近くにあるスーパーに向かう。そうすけは最初、目をつぶっていたが、店のなかに入ったとたん、まぶしそうに目をぱちくりさせていた。きょうの夜は、ゆっくりおふろに入ろう。そうすけとふたりで、入浴剤を選んだ。といっても、いつもつかっている入浴剤なのだが。陳列棚にならんでいる色とりどりのパッケージを見ながら、そうすけがよろこんでいる。おもちゃに見えたのだろうか。数日前にお店に入ったときよりも、気もちによゆうがあるみたいだ。食品コーナーにも寄って、コーヒーに入れるクリームを買った。たんぽぽコーヒーに入れてのむとちょうどいい。五反田方面にも足をのばした。パン屋さんに寄り道して、お気に入りのパンを買った。

 1時間あまりのおさんぽだったが、そうすけにとってはいい刺激になったみたいだ。家にもどるとさっそく、腕のなかでぐっすり眠ってしまった。寝顔が笑っている。どんな夢を見ているのだろう。いっしょに夢が見たい。おとなのベッドに寝かせて、添い寝をした。なんて平和でおだやかな午後だろう。