Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

3月31日、お花見さんぽ。(生後97日)

 目黒川沿いの桜が満開だ。そうすけといっしょに、見に行こう。あいかわらず声は出ないが、のどの痛みはずいぶん治まった。せきが出ないように、のど飴をたくさんカバンに入れた。おむつに、おしりふきに、ごみを入れる袋に、そうだフェイスタオルも2枚もっていこう。そして、あたたかくなったらやってみたいと思っていたこと。そうすけとおそろいのパーカーを着る。ほんとうは、だんなとペアルックのそうすけが見てみたいと思っていたのだが、お先に体験してしまおう。そうすけがすきなパイル地の素材は肌に吸いつくようになめらかで、風にあたるとひんやりして気もちいい。おさんぽに、ちょうどいいのだ。

 ベビーカーをカタカタとゆらしながら、目黒川沿いを歩く。たくさんの人が花見にきている。きょうが平日だったのを忘れそうになる。桜の木の前で写真を撮るカップルがいて、公園の芝生にすわっておべんとうをたべる親子がいて。川の上では、お花見クルーズの船が観光客でにぎわっている。なんと気もちのいい午後だろう。そうすけもうれしそうだ。ちょっと写真を撮ってみようか。デジタルカメラをとりだして、そうすけに合図をする。もちろん返事はないけれど、撮って撮って、といっているような表情だ。ベビーカーのほろを外して、顔がよく見えるようにした。まぶしそうにしていたが、笑っている。

「そうすけ、きれいだねえ」
「そうすけ、たのしいねえ」
声が出ないぶん、ゆっくり口を動かして話しかける。読唇術みたいにふしぎな状況だ。こんな日に声が出せなくて、残念。それでも、おどろきやよろこびをちゃんとわかちあっている気がしてくるから、ほっとする。家に帰ってからのそうすけを見ていると、たのもしくなった。いつもなら外出したあとは疲れて泣きだすが、きょうはもどってからもしばらく興奮さめやらぬ様子で声をあげ手足をバタバタさせていた。あしたの午後も、いっしょにおさんぽしようね。

3月30日、声が出ない。(生後96日)

 かぜが、なかなか治らない。のどが痛くて、のど飴をなめたまま寝ることにする。横になってしばらくしてうとうとしかけたころに、授乳のタイミングがやってくる。朝までずっとこの調子だから、体力を消耗してしまう。治るのにも時間がかかってしまう。わかってはいるのだが、なんとかして1分1秒でも早く治してしまいたい。と思っているうちに、とうとう、声が出なくなってしまった。これには正直、あわてた。だいすきな歌もうたえなくなるじゃないか。

 近くの内科にウェブ予約を入れた。43番め。きょうも受診を待つ人で混んでいる。みんなが、1分1秒でも早く体調をとりもどしたい、と思っているんだろうなあ。もちろん、わたしもそのひとりだ。とはいえ、ここまでひんぱんに病院のお世話になるとは。思ってもみなかったことだ。そうすけのワクチンや健診も入れると、週の半分以上もかよっていることになる。こんなに健康について考えたことは、いままでなかった。目の前の仕事に夢中だったからだ。

「こんにちは。すみません、声が出なくて」
「かぜ、つらそうですね」
内科の先生には小児科でもお世話になっているので、よく会っている。変化を察してくれたようで、すぐにのどの様子を診てもらった。鼻からのどにかけて感染が起こっているので、上気道感染症とのこと。のどに痛みがあるか、せきやたんは出るか、熱はあるか、鼻水の調子はどうかなど、声が出せないので、イエスかノーかでこたえられるように質問してくれた。かぜの特効薬はまだ見つかっていない、ともいわれる。これは、原因がおもにウイルスであるためと、ウイルスにもいろいろな種類があるためだ。だから、安静と保温、十分な睡眠と栄養をとることなど、家庭での看護がいちばん大切になる。せきやたん、熱などの症状はからだが必要として起こしているので、むやみに薬で症状をおさえないほうがいいらしい。ただし症状がひどいときには、その状況に合わせて薬を処方する。おっぱいをあげつづけてもいいように、鼻とのどの症状に対応する薬を出してもらった。1分1秒でも早くもとの調子をとりもどせますように。

3月29日、ちがいのわかる赤子。(生後95日)

 母乳育児を推進している日赤医療センターで出産した経緯もあり、ほぼ完全母乳でそうすけを育てている。ほぼ、というのは、毎日のお風呂のあとにだんながミルクをあげているからだ。このミルクタイムは、栄養面だけでなく精神面でもわたしの支えになっている。つぎの授乳までのあいだに、ゆっくり風呂に入ったり、本を読んだり、音楽をきいたり、思うぞんぶんリラックスをすることができるからだ。この日記を書く時間にあてていることも多い。

 そんなそうすけのミルクタイムに、異変がおきている。ミルクをこばむようになってきたと、だんながいう。以前なら100ccをぺろりとのんでいたのが、2週間くらい前から哺乳びんの乳首をくわえるのをいやがり、ミルクを口のわきからこぼしてしまうようになったらしい。それでものませようとしたら、泣いていやがる。そういうときは50ccものめばいいほうで、だいたい20ccどまりになってしまう。100ccのめることもあるが、そのときはおっぱいをのんでから2時間ほど経ってしかも風呂に入ったあとだったので、おなかが空いていたのがよかったのかもしれない。そこでおなじタイミングを意識してミルクをあげてみるのだが、これがまた20ccどまりになってしまう。このときは表情だけがいつもとちがっていて泣き顔でいやがってミルクをこぼすのではなく、にこにこ笑いながらこばむんだそうだ。いろいろとやっかいだなあ。

 きのうの夜中に胸が張ってそのとき搾乳した母乳が60ccある。だんなにおねがいして、搾乳した母乳を風呂あがりにあげてみることにした。もしこれでのんだら、そうすけがミルクをいやがるのは哺乳びんの乳首のせいではなくミルクそのものにあることがわかる。いつものように、そうすけを風呂に入れて、からだを洗って、だんなにわたして服を着せてもらった。このあといつもならだいすきなリラックスタイムをすごすのだが、きょうはそうすけが搾乳をのんでくれたのか気になっていたので、ちょっと早めに風呂からあがった。

 リビングがまっくらだ。そうすけはベッドですやすや眠っている。だんなはソファーで静かにビールをのんでいる。な、な、なにが起こったのだろう。
「ぺろりとのんだよ」
だんなが、うれしそうにつぶやいた。うれしさがこみあげてきてしかたがないといった表情だ。やっぱりおっぱいがすきなんだなあ。保育園に行ったときにどうなるのかと心配にもなるけれど、いまは、おっぱいをなによりもおいしく思ってくれるそうすけがうれしい。時間がゆるすかぎり、おっぱいをあげよう。

3月28日、貴重な時間。(生後94日)

 コピーライターの友人ふたりとレストランで待ちあわせる。ランチをたべようと約束していた。家からすぐの店を提案したら、そこにしよう、と賛成してくれたのがうれしかった。ちょっと早めに家を出て、きてくれてサンキューの気もちをこめたクッキーセットを買って、店へむかった。ふたりは先に店にいた。ごぶさたー、と声がはずむ。出産してから会ったのは、はじめてだ。

 ふたりとも、会わないあいだにいろいろな経験をしていた。お世話になった恩師と別れていたり、仕事場の環境がかわっていたり。体験をとおしてどうかわったかを、あらためてたしかめあった。どのような体験をしたかは人それぞれだけれど、体験をどのようにとらえたかはたがいが共有して参考にできるし、それが偶然もとめていたものだったりもする。わたしはだんなと子どもがいる、ふたりは結婚していない。しかし、根本的な考え方や感覚はかわらない。その感覚や気もちを、いまたがいにわかちあえるのはすばらしいことだと思う。これからもこんなふうに年を重ねていけますように。

 ちょっと遅れて、だんながそうすけを連れてやってきた。だっこひものなかでそうすけは恥ずかしそうにしている。ただ眠いだけなのかもしれないが。きれいなおねえさんにかこまれて、緊張しているようにも見える。そうすけくん、こんにちは。そうすけくん、はじめまして。ふたりに声をかけられて顔をあげたそうすけに、わっと歓声があがる。この瞬間が、そうすけはだいすきだ。くすぐったそうに笑いながら身をよじる。だんながとなりにすわってオーダーをしようとしたら店の人が、ごめんなさい小学生未満は入店おことわりなんです、と申しわけなさそうにあたまを下げた。えっ、そうだったの。

 そうすけとだんなは、入店して5分ほどで帰ってしまった。あっという間のごあいさつだったね、と別れを惜しみながら、ランチとお茶とおしゃべりをたっぷりたのしんで解散した。いつもかよっているあの店に、親子3人でかよえるようになるには、あと6年もかかるのか。ものすごくとおい先のように思える。それくらい、変化の多い密度の濃い毎日をすごしているのだ。

3月27日、3か月健診。(生後93日)

 午前8時45分、日赤医療センターへ。そうすけの3か月健診だ。2日前に熱を出していたのでちょっぴり気になるけれど、本人はすこぶる元気だ。受付を済ませて、名前をよばれるまで待つ。小児保健部のロビーには、受診を待つ親子がたくさんきていた。1か月健診を受ける赤ちゃんもたくさんきている。あたりまえのことだが、そうすけのほうがずっと大きく見える。ほんの2か月だけでもこんなにかわるとは。うっかりすると成長を見すごしてしまいそうだ。

「かんべそうすけさーん」
はいっと返事をして、前に出る。まずは体重測定から。服もおむつもぜんぶ脱いで、デジタル式体重計でチェックする。5910グラム。生まれたときの2倍以上にふえた。つぎに身長。59.4センチ。どちらも乳児身体発育曲線のまんなかをキープしている。とくに心配はなさそうだ。
「カウプ指数は16.7。いいバランスですね」
「カウプ指数ってなんですか」
「肥満、やせ、を判断する指標で、満3か月から5歳までの乳幼児につかわれているものです」
「おとなでいえば、BMIみたいなものですか」
「そうです、そうです」
へえ、子どもにもそんな指数があったんだ。乳児の場合は、15から19のあいだがふつうといわれている。個性がもとめられている時代にふつうをめざせといわれてもなあ、と屁理屈をこねたくなる。ふしぎな気分だ。

 測定を終えると診察室で医師による健康チェックを受けた。目の動き、首のすわり、股関節の開き、などなど。こちらも順調だ。なにかききたいことはありますか、と医師にきかれて、日ごろずっと気にしていることをきいてみた。
「生まれたとき、おちびちゃんだったもんで。いつも体重のことが気になってしかたないんですよね」
「ふやそう、ふやそうと、がんばらなくても、ふえますよ」
「ですよねえ。親の都合ですよねえ、これって」
「おでぶちゃんになったら、それはそれで、たいへんだから」
「だから、カウプ指数があるんですね」
「そう。でも、まずは赤ちゃんがごきげんでいられること」
生後3か月がすぎたら、もっと、そうすけとの意思の疎通がとれるようになるだろう。もっと、マイペースでしっかりおっぱいをのめるようになるだろう。

3月26日、あったかランチ。(生後92日)

 きのうは、そうすけとだんなと3人で川の字になって寝た。そうすけは両手をひろげて、すっかり安心した顔で眠っていた。左がお父さん、右がお母さん。たしかめるように、ぎゅっと手をにぎってくる。そのしぐさがかわいくて、ついついぎゅっとにぎりかえしてしまう。いかん、いかん、せっかく眠ろうとしているのにコーフンさせてしまうではないか。しっかり休んで、ちゃんと熱が下がりますように。だんなもわたしも、朝まで添い寝することにした。

 そのおかげか、朝にはすっかり平熱にもどった。そうすけをもういちど小児科に連れていかなくてもよくなった。ほっとした。ほっとしたら、おなかが空いてきた。夜から朝まで、ほしがるたびにおっぱいをあげたからだろう。早く寝るとなんども授乳で起こされるから、たいへんだ。だったら、寝ないで起きているほうがラクなんじゃないか。夜型のわたしにはぴったりかも。と思っていたが、時差ボケのようにへろへろになるだけだった。へろへろなうえにおなかが空いてしまっては、よろしくない。ごはんをたべよう。天気もいいので、そうすけと外に出かけて早めの昼ごはんをたべることにした。どこに行こうかな。

いつも五反田方面へ歩くことが多いので、大崎方面にしようか。ベビーカーをカタカタとゆらしながら、目黒川沿いをすすんでいく。そうすけは、ぱっちり目を開けている。元気そうだ。熱が下がってほんとうによかった、と、あらためて思う。川のほとりの桜がいまにも咲きそうだ。この週末には満開になるだろう。たのしみだね。あたたかい春の陽ざしをあびて、そうすけはまぶしそうに顔をゆがめる。それから、大きくのびをした。自信にあふれている。

 ベビーカーでも入れそうなレストランを探していたら、パンの香ばしい匂いがした。焼きたてのパンが、たべ放題。よし、ここにしよう。ベビーカーですがいいですか、と念のためきいてみると、ウエイトレスさんが居心地のいい場所へ案内してくれた。昼ごはんをたべているあいだ、そうすけはおだやかな視線で食卓をじっと見ていた。いちども泣きださなかった。いっしょにたべたいよね。これでおっぱいをつくったら、いっしょにたべられるね。

3月25日、副反応アリ。(生後91日)

 やっぱり熱が出た。きのうの夕方までのそうすけは元気だったが、夜からずっとぐずっていた。熱をはかってみると、37.8度。このまま上がらなければいいのに、と思っていたが、38度を行ったり来たり。のどがかわいているのか、おっぱいになんども付き合わされる。朝はかってみると、とうとう38.5度に上がっていた。熱以外では、とくに気になるところはない。泣き顔ばかり見ていると、こちらまで弱気になる。早く小児科へ行って診てもらおう。ウェブ受付に予約を入れると、46番めだった。開始からほんの10分ほど経ったばかりなのに、こんなに予約が入るとは。季節のかわりめで寒暖差がはげしいし、強風で花粉も舞いあがるし、なにかとたいへんな時期なのだろう。

「こんにちは」
「やっぱり、熱が出ました」
「どれどれ、ちょっと診てみましょうか」
服のボタンをはずすと、先生はそうすけに声をかけながら、胸と背中に聴診器をあてた。生後3か月のからだにあてると、聴診器が大きく見える。気になるところはなさそうだ。口を開けてのども確認した。炎症もなさそうだ。
「うん、表情もよさそうだし。あしたまで、様子をみましょう」
「わかりました」
「あしたになっても38度以上の熱があったら来てください」
「はい。あの、4種混合が原因ですかね」
前回のワクチンでは、熱が出なかった。ということは、今回はじめて接種した4種混合のしわざではないか。しかし、副反応はそう単純ではないらしい。
「肺炎球菌か、4種混合ですね」
「肺炎球菌もアリですか」
「1回めに熱が出なくても、2回めに出ることがあるんですよ」
なるほど。思ったよりもデリケートなのだ。あしたまで、様子をみてみよう。
「わたしのかぜ、うつったりしてませんよね」
「だいじょうぶ。お母さんとおなじ症状、出てませんし」
たとえば鼻水とか、といわれて気づいた。きのうの夜から、鼻をかみすぎて鼻の下が真っ赤になっていたことを。こっちも早めに治してしまおう。

3月24日、生後3か月。(生後90日)

 きょうで生後90日をむかえる。いよいよ3か月めに突入だ。そうすけに、この世はどうよ、と、きいてみたいのはやまやまだが、残念なことにまだコトバがつかえない。語りあうのは、この先のたのしみにとっておこう。朝7時から小児科のウェブ受付ができるので、早めに起きてスタンバイする。きょうは2回めのワクチン。当日しか入力ができないしくみなので、入力のタイミングが受診の順番を左右する。開始と同時に入力していちばんのりだと思ったら、予約できたのは26番めだった。みんな、早い。なれるともっと早く入力できるのだろうか。

 生後3か月には前回とおなじB型肝炎、ロタウィルス、ヒブ、小児用肺炎球菌に加えて4種混合ワクチンが受けられる。5種類のワクチンをいちどに受けるか2週にわけるか、ちょっと迷ったけれど、前回も副反応がなかったのでいちどに受けることにした。そうすけ、注射は痛いけれどがんばってのりきろうね。
「はい、ロタウィルスからいきますよ」
「じょうずに、のめましたね」
「じゃあ、注射しますね。両腕と両肩に打ちますよ」
先生が手際よく注射を打っていく。そうすけが短い泣き声をあげる。肩はとくに痛いらしく、泣き声がいちだんと大きかった。それでも、注射が終わったころには泣きやんでいた。これで確実に免疫がつけられるのだから、ワクチンはやっぱり受けるべきだろう。そうすけ、またまたつよくなったね。
「今夜からあした、熱が出るかもしれません」
「何度くらい出たら気をつけたほうがいいですか」
「38.5度を超えたら、連れてきてください。38度を超えていつもと様子がちがうな、と思ったときにも」
「わかりました」
ついでにわたしも、のどが痛かったので診てもらうことにした。かるい鼻づまりもある。花粉症の症状だと思っていたら、かぜだった。あららら。体調の管理はしっかりやっているつもりだったのに。1週間ぶんの薬をもらって様子をみることにした。こんなタイミングで、そうすけにうつったらまずいですよね、と先生に話したら、うつったら治しますよー、といわれてほっとした。問題があればそのときに解決すればいいのだ。対症療法的な考え方にはストレスがない。

3月23日、気づきの午後。(生後89日)

 おさんぽに出かけたくて、うずうず。そうすけも、わたしも、部屋のなかにいるのがあきてきた。どこに行くのかは決めてないけれど、とにかく外に出てしまおう。きのうほどあたたかくはないが、出かけるには十分だ。そうすけをマリン柄のカバーオールに着がえさせて、わたしも部屋着から授乳口つきワンピースに着がえて、いざ出発だ。ベビーカーをカタカタゆらしながら向かったのは、いつものベビー用品の専門店だった。家から歩いてちょうどいい距離にあるのと、授乳室があるので、安心してぶらぶらできるからだ。ほかにもこういう場所がいくつかあるといいなあ。時間があるときに調べてみよう。

 ベビー用品の専門店に行く途中で、銀行に立ち寄った。ATMの前で、そうすけがじいっと観察している。この巨大な箱のようなものは、なんだろう。なぜお母さんは、この箱のようなものの前に立っているんだろう。あ、箱のようなものがお母さんから、うすっぺらい四角いたべものをもらってのみこんだ。どんな味がするんだろう。こんどはまたさっきとはちがう、うすっぺらい四角いたべものを吐きだした。お母さんが、それをもって帰ろうとしている。さっきより笑っているみたいだぞ。なにをもって帰るつもりだろう。などと考えながら、見ているんだろうか。思いっきりにんまりした顔で、そうすけを見た。

 新しいベビーステテコが出ていたら買おうと思っていたが、気に入ったものがなかったので、またこんどにすることにした。ロンパースを見たり、帽子を見たり、おもちゃを見たりしたが、けっきょくなにも買わなかった。それでも1時間ほど店内をぶらぶらしていたら、いい気分転換になった。平日の午後は混んでいないからすごしやすい。また来ようね。授乳室でそうすけにおっぱいをあげて、帰りにパン屋に寄って帰った。店にいるときも、移動しているあいだも、そうすけは静かにしていた。が、いよいよ家が近づいてきたら、急に泣きはじめた。緊張がほぐれたからだろうか。このまま部屋にもどったら、もっと大泣きしそうだなあ。だっこして泣きやむまで待つしかないか。そのとき、そばにいた小学生の男の子が、そうすけの顔を見ながら話しかけてきた。
「おっぱいだよ」
「おっぱい、だと思いますよ」
親に教育されているのだろう、ていねいな言葉になおして繰りかえし教えてくれた。ありがとう。帰ってすぐに、そうすけがおっぱいをほしがっているのを目の当たりにしてびっくり。男の子は、どうして気づいたんだろう。

3月22日、キックのサイン。(生後88日)

 このところ、そうすけのキックがますますパワフルになってきた。キックには3つの意味があるようだ。まずは、ごきげんなとき。メリーの音楽にあわせてダンスをしたり、ボディマッサージで気分がよくなったりしているときの、リズミカルなキックだ。つぎに、ごきげんななめのときだったり、不快感だったりを伝えるためのキック。背中があつくて気もちわるいときにも、強烈なキックで掛け布団をふっとばしている。さいごに、大泣きとセットで繰りひろげられるそうすけ最強のキック。それは、うんちをきばるときのキックである。生まれたばかりのころは、うんちとおしっこはいつもセットで出ていたが、いまでは、うんちとおしっこが1対2の割合になってきた。おなかになにかがつまっているように感じるのか、うんちが出ずにおしっこがなんどかつづいたあとは、決まって大泣きがはじまる。からだが力んだ、と思ったら、キックが炸裂する。

 そうすけが力んでいるときには、のの字でおなかをマッサージする。それでもうんちが出ないときには、下半身にジャストフィットするベビー用のイスに座らせたり、バウンサーにのせてゆらしたり、なるべくきばりやすいようにサポートをする。しばらくすると、大きなおならの音にあわせて、あの香ばしいにおいがただよってくる。さっそくおむつを確認すると、そこにはできたてほやほやの黄色いうんちがびっしりひろがっている。おしりふきで手早くおしりをきれいにして、新しいおむつにとりかえると、こんどは、ごきげんキックをはじめるのである。そうすけよろこびの舞、といってもいいだろう。すがすがしいほどシンプルな意思表示だ。そのときにメリーからそうすけのだいすきな、大きな栗の木の下で、や、ぶんぶんぶん、のメロディーが流れてくると、さらにハイテンションでキックを繰りかえす。その瞬間が見たくて、サポートするのだ。

 そうすけの両脇を支えて立たせると、足をバタバタしながら地面に向かって強烈なキックを連発する。立つ、という欲求が出てきたのかもしれない。寝かせるたびにぐずっても、すわらせたり、立たせたり、だんなが高い高いをしてあげると、あっという間にごきげんになる。足にちからがつけば、立てる日も近いだろう。首がすわったり、寝返りを打ったりしてからの、おたのしみだ。