Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

7月31日、そうすけと話そう。(妊娠18週0日)

 午後、シャワートイレのメンテナンスにきてもらった。シャワーが出なくなってから、便秘がつづいている。からだは素直だ。そんな日々とも、きょうでさようなら。と思っていたけれど、またまた、予想外の展開に。
「本体を、とりかえます」
「まるごとですか」
「はい。ですので、後日あらためてお時間をいただけますか」
「うーん、わかりました」
うーん、だ。あーあ。待つしかないでしょう。こんどこそ、便秘ときっぱりさようならできるんだから。よし、と、しようじゃないか。それにしても、まるごと本体をとりかえることになるなんて。しかも、今回の修理は、大家さんもちになるとの話をきいている。意外にラッキーなのかもしれない。

 メンテナンスの担当者が帰ったあと、電話がきた。あした以降いつでも修理できます、とのこと。土曜日の妊娠検診が終わったあとで修理にきてもらうことにした。やりとりが終わって時計を見たら、すっかり夜になっていた。仕事のつづきは家でしよう。終わったら、そうすけとおしゃべりしよう。

 もちろん、そうすけは、まだおなかのなかにいる。超音波ドップラーのお出ましだ。ジェルをたっぷりおなかにぬって、スイッチをオンにして、ゆっくりすべらしていく。トクトクトクトク。きょうも元気だ。このごろは、恥骨よりもかなり上のほうで、心音がきけるようになった。うれしい。大きくなってきたんだなあ。心音が3つきこえるごとに、ポン、と指を動かしてみる。ポントントン、ポントントン。ワルツのリズムだ。心音がもっとはっきりときこえてくる。そうすけが、近づいてきてくれたのかな。まだ、これが胎動、と確信はもてないくらいだけれど。ポコポコポコ。たまに感じることがある。リラックスしているときでないと、たしかめることができない。小さな実感だ。

7月30日、おどろきの事実。(妊娠17週6日)

 つまっているのは、トイレのシャワーだけではなかった。仕事のほうもとどこおっている。あしたで7月も終わるが、この1か月、新しい案件が入ってこない。直属の上司に相談をしたところ、おどろきの事実を知った。
「妊娠中や産休明けの女性は、時間や健康上の制約があるから、実際に敬遠されることもよくある。だから、しかたがないんだよね」
しかたがないんだよ、と、いわれたって。妊娠しているだけで後ろめたくなるなんておかしいじゃないか。いっしょに仕事をしているチームの上司にも、話をきいてみた。二児のパパでもある上司は、状況を案じていた。
「いまでこそ産後もはたらいている女性がたくさんいるけれど、しかたがない、で、会社を辞める人も多かったんだよ」
「妊娠を歓迎されないなんて、さびしいですよね」
「ここ数年のことだよ、妊娠や出産に対する制度ができたのは」
「協力的でない人も多いのかなあ」
「遅れているんだよ」
「わたしも勉強不足ですね。これは、いろいろ調べておいたほうがいいかも」
「システムもルールも、つかえるものは、つかわないとね」
「調べて、つかってみようと思います」
「くじけるなよ」
「ありがとうございます」
「たすけてほしいときにはパッと手をあげて、ヘルプ・ミーっていうんだよ」
「ヘルプ・ミー、ですね」
「そう、そう」
 妊娠をすると、からだの変化だけではなく、自分のまわりの状況もどんどん変化する。いままでそのことを、ちゃんと考えていなかった。しばらくこの事態がつづくことは、まちがいないだろう。時間は、たっぷりある。これからどのように対応していくのがいいか、じっくり作戦を練ろう。そうしよう。

7月29日、シャワーが出ない。(妊娠17週5日)

 シャワートイレの、シャワーが出ない。大ピンチだ。これがなければ便秘も解消できない。だんなも、わたしも。1秒でも早く、なおさなければ。メンテナンスサービスに電話をかけた。すぐには、つながらない。この夏、シャワートイレの故障がふえているのだろうか。しばらくして、担当者が出た。
「トイレのシャワーが出ないんです」
「シャワーが出ない」
「はい。あと、シャワーのお湯も出ませんでした」
「バルブの故障かもしれません」
「バルブですか」
「見てみないと、原因は特定できませんが。メンテナンスの者がうかがいますので、日時を指定ください」
16時に、見てもらうことになった。

 16時を15分ほどすぎて、メンテナンス担当者がやってきた。道に迷っていたそうで、たいへんあわてている。
「どうも、すみません」
「いえいえ。よろしくお願いします」
トイレに案内した。その直後、予想外の言葉がとびだした。
「きょうは、修理することができません」
「えっ」
「もってきた部品がちがいました」
「はぁ」
そんなこともあるんだ。修理は日をあらためておこないたい、とのこと。とにかく、原因を見てもらおう。
「バルブの故障ですね」
「お湯が出ないのもバルブが原因ですか」
「水がタンクに送られて、あたためられるんですが、バルブが故障していると水を送ることができないので、たしかめようがありません」
木曜の午後にあらためて、修理をおねがいすることになった。しばらくは、便秘とつきあうことになりそうだ。ここは、がまん、がまん。

7月28日、万全の態勢。(妊娠17週4日)

 午後5時5分前、恵比寿のクリニックがあるビルの入り口で、だんなと待ちあわせた。羊水検査の結果が出ました、とのこと。いっしょに結果をきくよ、と仕事場から来てくれた、だんなに感謝。とても緊張していた。大学受験のときや、就職活動のときとは、まったくちがう種類の緊張感だ。自分で結果を導きだすことはできない。心の準備をしていても、気もちがふわふわ不安定だ。
 クリニックに向かう途中で突然、雨が降りだした。空は晴れている。こういうのを、きつねの嫁入り、っていうんだっけ。嫁入りっていうくらいだから、いいことがあるにちがいない。クリニックに着くと受付をすませて、番号札をもらって、待合室へ。番号札は、39だった。だいじょうぶ、サンキューだ。ついつい縁起をかつぎたくなる。いまなら、幸運のツボも買ってしまいそう。

「39番の方、お入りください」
「はい」
先日お世話になった院長先生が、むかえてくれた。
「結論からいいますと、染色体異常はありません」
ほっとした。結論から話してくれて、先生ありがとう。資料をいっしょに見ながら、説明してもらった。サインが入った英文の検査結果、その和訳、染色体の写真。だんなと、わたしから、23本ずつ。23組、46本の染色体を受けついでいる。23組のうちの1組は、性別を決める性染色体だ。見ると、X染色体とY染色体が1本ずつだった。そうすけは、やっぱり、そうすけだった。

和訳には、このように書かれてあった。
羊水染色体分析 結果の解釈(和訳)
RESULTS: 正常核型
結果の解釈:
解析の結果、臨床的に意義のある染色体の数値異常、または、構造異常(転座など)は認められませんでした。
この解析で用いられる標準的な細胞遺伝学的方法では、微細な構造異常および低頻度のモザイクは通常は検出されませんし、染色体の微細欠失の検出はできません。また、マイクロアレイ法で検出される可能性のある分子細胞遺伝学的な異常(微細欠失や微細重複)も検出できません。

 染色体異常は、赤ちゃんの病気のほんの一部にすぎない。全体の0.92%だそうだ。約3%から5%は、なんらかの治療が必要だといわれている。羊水検査ですべての病気を診断することはできない。生まれてくる赤ちゃんのだれもに、病気をもつ可能性はあるのだ。だんなはさっそく、この先にうけるべき検査についての質問をしていた。つぎは、妊娠25週前後でうける、胎児超音波スクリーニング検査。万全の態勢で、そうすけをむかえようと思う。

 晩ごはんをたべていると、母からメールがとどいた。
「よかったね。きっとだいじょうぶだと思っていたけれど。ほんとうに、よかったね。聡さんのお父さんも、お母さんも、大よろこびだと思うよ。ムリをしてころんだり、すべったり、しないようにね。栄養をとって、お日さまにもあたって(帽子はちゃんとかぶること)、元気にすごしてね。高いところに手をのばしたり、跳んだりはねたりしなければ、いつもどおりでいいんだよ。どんどんおなかも大きくなるし、たいへんなときもあるとは思うけれど。待ちに待った赤ちゃんが、生まれるんだから。たのしみながら、気をつけて」

7月27日、男の子と女の子。(妊娠17週3日)

 だんなさん、ありがとう。おかげさまで、きのうは、ゆっくりお休みできました。またなにかありましたら、ご登場をおねがいします。へへへへ。そんなこんなで、きょうも、ゆったりとすごしている。気分はすっかり夏休みモードに突入だ。ムリせず、のんびりいきますか。まずは、元気が出るランチをたべにいきたいな。どこがいい、肉がいい。というわけで、だんなといっしょに近くの焼肉屋さんへ行った。ランチタイムだから、とってもおトクだ。

 オーダーをすませて待っていると、すぐそばにあるテーブルに、5~6人の男性がやってきた。席につくなり、熱心に話しはじめている。どうやら、少年野球のコーチをしているお父さんたちによる、反省会のようだ。
「こっちが教えても、きいてくれないんだよね」
「もっとやる気を出してくれないとなあ」
「あいつ、腕はいいのに。もったいない」
「セカンドからライトにポジションかえるっていうのはどうだろう」
「いきなりは、まずいと思うけど」
「モチベーションをあげていかないとな」
だんなも、わたしも、じっと話をきいていた。少年野球の世界も、いろいろあるんだなあ。フレー、フレー、お父さんコーチ。
「あ、そうそう。ふたりめ、生まれたんだよな」
「おめでとう」
おめでとうございます。お父さん、うれしそうだなあ。
「それがね、男の子といわれていたのに、生まれてきたのが女の子で。びっくりですよ、もう。名前も、けいじ、って決めていたのに。すぐに考えなおさないとならなくなって、あわてちゃって。女の子だけどいっそ、けいじ、にしようかって、悩んだくらいでしたよ。ホント、たいへんだったなあ」
「そりゃ、たいへんだったよな。わっはっは…」
だんなも、わたしも、思わず顔を見あわせた。へえー、そんなこともあるんだなあ。そうすけが、そうすけこになったら、と、ふと頭をよぎった。

7月26日、突然ですが。(妊娠17週2日)

突然ですが、はじめまして。45歳ではじめて父になる、だんなです。本日は、かみさんのバースデーにつき、かみさんにかわってわたしが日記を書かせていただきます。いきなりですみませんが、どうぞよろしくおねがいします。

ここまで読んでいただいた方はすでにご存知でしょうが、いまから約2か月前の6月6日の午前中、わたしのケータイに、かみさんから超びっくりの話が舞いこんできたのであります。そのときは頭がまっ白で、かみさんに気のきいたジョークのひとつもいえなかったことを、よくおぼえています。電話を切ったあとからよろこびがジワジワあふれてきて、そのあとの仕事もまったくといっていいほど手につきませんでした。そうすけは、元気に生まれてきてくれるかな。そうすけの運動会で、いいところを見せられるかな。そうすけが20歳のとき、おいらは65歳かよ。そんな思いが、つぎからつぎへ、めぐってきたからです。
そうすけ。
そうなんです、その日からきょうまでずっと、そうすけ、という名前でよんでいます。わたしは、聡(さとし)という名前で、そこに男の子らしい、介の字をつけて、聡介(そうすけ)と名づけました。かみさんに、女の子だったらどうするの、と、きかれて、そうすけこ、と、いったらしかられちゃいました。
そうすけ、で、ほんとうによかったのか。もしこれでよければ、聡介という漢字でいいのか。を、姓名判断にくわしい旧知の知人に会って、相談してみました。結論からいえば、読みはなんでもよく、名前につかわれる文字の画数にいろいろないわれがあるそうです。また、子どもの名前に親の名前から一字をとって入れるのは、親がつかいつくして疲れきった運勢を、子どもにゆずってしまうことになるらしく、ほんの数秒で、聡介、は、却下されました。
画数から考えるとき、4つの運、四運、で、運勢を判断するそうです。まずは、総運。姓と名のすべての字画を合計した数。生涯にわたる総合的な全体運をあらわします。名づけをするにあたって、総運が吉数であることがもっとも重要です。つぎに、地運。名前のすべての字画を合計した数。これは若年期の運勢をあらわします。そして、人運。姓の下の一字と名前の上の一字の画数を合計した数。中年期の運勢をあらわします。さいごに、外運。総運の数から人運の数を引いたのこりの数。晩年期の運勢をあらわします。そこには、それぞれ吉数と凶数があって、たとえば、神戸の神、と、聡介の介、は、凶数なので、よくないね、とのこと。聡介もだめ、介だけでもだめだとは。ふたたび、ガーン。
そこでまずは、そうすけの、すけの字を探すことから、はじめてみることにしました。さまざまな漢字を探ってみた結果、佑、と、輔、が、ふさわしい画数だとわかりました。あとは、そうすけの、そうの字を探すだけです。しかしながら、2014年の夏は、とても熱い。そして暑い。これ以上集中してやるのは夏バテしそう、ということで、そうすけの、そうの字を探すのは、かみさんとふたりの宿題にしました。吉数になる字画は、すでにわかっています。

いまテレビでは、わたしと身長も年齢もそっくりなスマップの木村拓哉さんが、灼熱のなか汗をかきながら、がんばっています。木村さんの努力と勇気にならって、そうすけにぴったりの、そうの字を見つけたいと思います。

7月25日、じっと待つべし。(妊娠17週1日)

 いつもより遅めに、朝をむかえた。きのう、尊敬するコピーライターの先輩によるトークイベントがあった。イベントのあとの懇親会まで参加したら、帰りが深夜近くになってしまった。盛りだくさんの1日だったなあ。ためになる話をいっぱいきいて、一気にパワーをもらった気がする。気もちよく眠れたので、疲れも感じなかった。ゆっくり風呂であたたまってから、出かける準備をした。

 その先輩のコピーをはじめて見たのは、小学生のころだった。なのに、いまもはっきりとおぼえている。テレビCMを見るたびに、ナレーションを口真似していた。学校に行くと休み時間になるたびに、クラスメイトといっしょにCMを再現して、あそんでいた。そんな広告を生みだした先輩が、いま目の前にいるだけでもミラクルだ。あのコピーは、どうやって生まれたんだろう。

 広告は、目の前の在庫を減らすためのものではない。と、先輩はいう。広告には、もっと、大きな使命がある。5年後、10年後のブランドを確立させる原動力になること。会社だけではなく、業界全体の課題を解決する、きっかけになること。A社とB社のちがいよりも、本質について語りたい。そのためにはブランドや商品を、だれよりも、よく知っていなければならない。
 実際、先輩は、広告を提案する前に半年かけて取材をしたそうだ。ブランドや商品にかかわるすべてを知りつくそうとした。そうしてあつめたネタで、3年ぶんの企画を考えたという。なんと、ていねいな仕事だろう。わたしのだいすきなコピーもそのなかにあった。しかし、そのコピーが世の中に出るまでには、3年も待った。ほかの企画をかたちにしながら、ずっと、提案しつづけたそうだ。あんなすばらしい広告が、どうして3年かかったんだろう。
 1年めには、新しい価値観のタネをまいた。価値観が定着してきた2年めには、ブランドや商品をおぼえてもらった。そして、3年め。みんなのニーズと合致したタイミングにようやく、あのコピーが発信された。だから、予想を超える効果が発揮できたのかもしれない、と、先輩は当時をたしかめるように話していた。結果をあせらない。のぞみどおりの展開になることを信じて、待つことも大切なんだ。おなかをさすりながら、その言葉をきいていた。

7月24日、いーなの週。(妊娠17週0日)

 きょうから、妊娠17週めだ。17だから、いーなの週。いいことばっかりあるにちがいない。と、勝手に信じることにしている。じつは、きのうの検診で胎盤が低めだと指摘されたことが、ずっと気にかかっていた。検索すればするほど、ネガティブな気もちになっていった。日ごろから、健康には気をつけているのになあ。見えないところで、問題を抱えているなんて。原因を調べてみると、高齢妊婦に頻度が高い、と書かれていた。一般に20代の妊婦の前置胎盤は300例に1例あるのに対して、40歳以上になると、50例に1例といわれている。こんなところにも、高齢出産のリスクがあったとは。

 もしも、前置胎盤になったら。まず気をつけることは、出血だ。前置胎盤による出血は、おなかの張りを自覚しないうちにはじまることが多い。痛みを感じることもすくない。だから、なかなか気づきにくいらしい。妊娠中期まではとくに症状はみられず、妊娠中期の後半をすぎてから、はじめて出血することが多いそうだ。この出血はなんの前ぶれもなくはじまるが、最初のうちは量もすくなく自然にとまるので、警告出血、とよばれている。いっぽう、分娩が近づいてきておなかが張って子宮が収縮したり子宮口が開いてくると、大量に出血してしまうことになる。いちど出血すると止血しにくいため、帝王切開で分娩せざるを得なくなってしまう。想像するだけで、ぞくっ、とする。

 前置胎盤と診断されたら、出血を起こさないように、安静にしていることが大切だ。ただ、妊娠中期に前置胎盤と診断されても、妊娠末期までに胎盤の位置がかわることも多い。妊娠30週以前では、大量出血もすくないので、30週までは自宅安静で、外来診察によって、定期的に超音波検査をするというのが一般的だ。妊娠30週をすぎても前置胎盤がつづく場合には、経過をみながら入院の必要性を判断することになる。ひきつづき、様子をみよう。

「いってきます」
気をとりなおして仕事場に向かおうとしていたら、奥からだんなの声が。
「いってらっしゃい。そうすけ、母さんをまもるんだよ」
だいじょうぶ、だいじょうぶ。だって、きょうから、いーなの週だから。

7月23日、胎盤よあがれ。(妊娠16週6日)

 分娩をする日赤医療センターで、初診を受ける。8時半ときいていたが、すこし早めにロビーに着いた。まだ、初診窓口は開いていない。もしかして、いちばんのりかも。番号札を受けとり、申込書を記入しながら待った。8時半に窓口が開いたとたん、人がぞくぞくとあつまってきた。なんだ、いちばんのりじゃなかったんだ。広尾という土地柄からか、外国人も多い。わたしとおなじ産科で診察を受ける妊婦さんもいる。赤ちゃんがおない年だというだけで、親近感がむくむくわいてくる。つい、笑顔で会釈してしまう。まったく知らない人なのに。

 受付を済ませて、産科へ。血圧と体重を測り、検尿をとり、名前をよばれるのを待つ。いつもの検診はだんなといっしょにきているけれど、今回はひとりだ。いつもより待ち時間を長く感じる。産科のとなりに小児科がある。元気な赤ちゃんの泣き声がきこえてくる。妊娠する前は、ただの泣き声だと思っていたのに。いい泣きっぷりだなあ、と、ほれぼれしてしまう。からだの奥にあるママさんスイッチが、オンになってしまった。いつ、だれが、どこで、押したんだろう。おなかのなかでそうすけが、リモコンを操作しているのだろうか。

「こんにちは」
「よろしくお願いします」
診察室に入ると、男性の医師が座っていた。おない年くらいだろうか。先生の質問に答えているうちに、なつかしい気もちになった。幼いころからなじみのある関西弁のイントネーション。実家に帰ったみたいだなあ。おっと、話に集中しなければ。ひととおり確認が終わると、経腹エコー検査がはじまった。
「あぁ、動いていますね」
「どうですか」
「元気ですよ」
先生は、そうすけのからだをチェックしている。あたまや足のサイズ、内臓の位置や状態、などなど。緊張する。じっとしていた。そうすけも、じっとしているように感じる。どうやら、大きな問題はなさそうだ。16週だから経過をみなければ判断できないことも多い、とのこと。ひとまず、ほっとした。
「胎盤がちょっと低いですね」
「まずいですか」
「まあ、しばらく様子をみましょう」
前置胎盤になると、絶対安静にしたほうがいいといわれる。ただ、この時期は胎盤が下のほうに見える人もけっこういて、その後、正常な位置にもどる場合も多いそうだ。いまは、ふつうにすごしていいとのこと。胎盤よあがれ、あがれ、と念じながら、すごそう。からだに、祈りがとどきますように。

7月22日、抜け毛対策。(妊娠16週5日)

「フローリングに抜け毛、落ちているよ」
「ごめん、ごめん」
だんなに注意をしたあとで、ふと気づいた。これ、わたしの髪だ。だんなの髪ほど、短くない。しかも、あちらこちらに落ちている。いままで抜け毛を気にしたことがなかっただけに、ショックだった。妊娠をすると、抜け毛がふえるのだろうか。産後の抜け毛は、きいたことがあるけれど。調べてみよう。

 妊娠中は、プロゲステロンとよばれる黄体ホルモンの分泌が、活発になるそうだ。プロゲステロンは、栄養分や水分をからだのなかにためこんで、妊娠を継続する、大切な女性ホルモン。このホルモンには、ほかにも毛髪の成長を促進する作用があって、毛髪の寿命をのばし、もともと抜けるはずだった毛髪をも成長させるはたらきがあるらしい。だったら、ふさふさになって、うれしい。と、いいたいところだけれど、プロゲステロンの増量にともなうホルモンバランスの変化で、ヘアサイクルが乱れる人もいる。サイクルの乱れで、発毛から抜け毛までの期間が短くなる場合もある。そのうえ、おなかの赤ちゃんに栄養を吸収されやすいので、毛髪の生成に栄養がまわらなくなり、髪が細くなったり、抜けやすくなったりするそうだ。防ぐには、どうすればいいだろう。

 まずは、バランスのよい食事をとること。毛髪の成長をうながすビタミンB群に、亜鉛や鉄などのミネラルをしっかりとれる海藻類、女性ホルモンとおなじはたらきがある大豆イソフラボンをたっぷりとれる、とうふや納豆をたべるといいそうだ。きょうの夜ごはんは、湯どうふにしようかな。そして、良質な睡眠をとること。寝不足は血液の流れをわるくするので、それだけでも抜け毛の原因になる。とくに22時から26時のあいだは、ちゃんと眠るように心がけよう。さらに、ストレスを発散すること。すきな音楽をきいたり、すきな本を読んだり。ウォーキングやヨガなどで、からだを動かすのも効果的だ。バスタイムを活用して、リラックスをたのしんでみるのもよさそうだ。からだの変化は、まだまだつづいていく。気づけば気づくほど、新しいナゾにぶつかるのだ。