Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

8月31日、だいじょうぶだよ。(妊娠22週3日)

 母からメールがとどいた。母は5日前に無事退院して、ふだんの生活をとりもどしている。なにか不都合があったのかな。どんなメッセージだろう。
「元気にしてますか。あなたに送るつもりだったタオル、バスタオル、フェイスタオルを、わたし送ったかな。退院してもどってきたら、置いていたところになかったので。探してみたけれど、ないのよね。送ったのかな」
タオルは、母に置いてある場所をきいて、ちゃんともって帰っている。話したつもりだったのに。あれれ、忘れているのだろうか。
「タオルは、母さんのお見舞いの帰りに実家に寄って、もって帰ったよ。だからだいじょうぶだよ」
しばらく経って、母から返事がきた。
「ああ、よかった。箱のままもって帰ったんだ。かさばって、もちづらかったでしょう。ムリしちゃだめだよ。でも、納得、納得。安心したわ。ころばないように気をつけて。なんでもあせっては、だめだよ。動作は、ゆっくりね」
母さん、タオルをはこぶくらいなら、だいじょうぶだよ。と、書きたい気もちをがまんしながら、返信した。
「母さん、ありがとう。だいじょうぶだよ。だから、安心してね」
母からまたまた、返事がきた。
「あとで送るつもりだったのに、ごめん、ごめん。もち帰ってもかまわないけれど、大きなものは気をつけてね。ムリをしたらだめだよ」
5日前に退院したばかりの母が、娘をこんなに気づかっている、と思うと胸がくるしかった。子どもがいなくても平気だよ、と、母に話した日のことをふと思いだした。わたしが不妊治療をしているあいだも、母はけっして、がんばれ、とはいわなかった。ただ、最近どう、と子宮筋腫のことを心配していた。わたしが話すのをいつも待っていてくれた。いま母は年をとった。赤ちゃんをだっこするちからもなくなってきた、と母はいう。母さん、遅くなってほんとうにごめんね。顔を見せるだけでも安心するほど、元気な赤ちゃんを産みたいと思う。

8月30日、ママはつよい。(妊娠22週2日)

 18時、田町のイタリアンレストランで待ちあわせる。ダイビング仲間の女子会だ。女子会と書いたが、だんながホスト役をつとめているので、だんなとゆかいな仲間たちの会、といったほうがいいかも。18時ちょうどに着いたときには、みんながそろっていた。さすがダイバー、時間に正確だなあ。

 シャンパンとブラッドオレンジジュースで、カンパイした。まずは、この再会を祝って。そして、そうすけウェルカムのお祝いだ。ようこそ、この世へ。元気に生まれてくるんだよ。みんなで待っているからね。女子会には、3人の子どものママもいる。親しみと尊敬の気もちをこめてメンバーみんなも、ママ、とよんでいる。ママは、3人の子どもをちがう産み方で出産したそうだ。ひとりめは自然分娩。ふたりめは切迫早産で入院をして、出産。3人めは、医師から子宮頸管(けいかん)無力症のおそれがあるといわれて、子宮をくくる手術をしてから、出産にのぞんだそうだ。話をきいているだけでも、たいへんそうだ。でもママは、そんな苦労も出産したらふっとんじゃうよ、と笑っている。陣痛がくるまでふつうに家事をして、ふつうに運動もしていたという。その精神力のつよさは、いったいどこからくるんだろう。わたしも、そうなりたい。
「出産までまだ100日以上もあるんだと思うと、おっかなびっくりで。どうやったら、落ちついていられるんでしょうねえ」
「どうにかなる、と思っていれば、だいじょうぶ。実際、どうにかなるもんだからね」
「そうか、そうですよね。なんとかしないと、産めないですよね」
「そう、そう。実際、なんとかなるもんよ。いまを、たのしんでおいたほうがいいよー。生まれたら、うーんと、いそがしくなるから」
「はじめてのことばかりで、バタバタしそう」
「だからといって、子どもが寝ているあいだに、なんとかしようとか思わないことよ」
「休むときは、休む」
「子どもが寝ているときは、寝る。そうじゃないと、疲れもたまるいっぽうで悪循環なの。リズムをあわせて生活すると、すっごくラクだよー」
たくさん経験したからいえるんだなあ。ママのことばには迷いがない。

8月29日、パンケーキ愛。(妊娠22週1日)

 パンケーキが、たべたくなった。たべたい、たべたい、たべたい。いま行くしかない。と、おいしいパンケーキ屋さんを検索。銀座に評判の店があるそうだ。大阪の梅田にあるパンケーキとかき氷の専門店で、去年、東京に進出してきたそうだ。どれどれ、のぞきに行ってみよう。はらぺこで店に急いだ。

 地下鉄の銀座駅から10分ほど歩いた。最寄りは銀座一丁目だが、ラクラク歩いていける距離だ。店は、ビルの3階にある。エレベーターがなく、階段をのぼっていく。ちょうど3階に向かう途中の踊り場で、何人かの人がならんで座って待っているのに気づいた。みんな、女性だ。平日のランチタイムだからすぐに入れるだろう、と思っていたら、あまかった。列の最後尾にならんで待つ。と、店のお姉さんがやってきて、メニューを手わたしてくれた。
「こんにちは」
「こんにちは。パンケーキが焼きあがるまで20分ほどかかるので、先に注文をきかせてくださいね」
気もちいいほど、しゃきしゃき話すなあ。ショートヘアが似あっている。なにをオーダーしようかな。メニューを見ながら、迷うこと、迷うこと。
「練乳の白いパンケーキが、おすすめですよ」
「じゃあ、練乳の白、にします」
「のみものは」
「ホットのロイヤルミルクティーで」
お姉さんのおすすめがなかったら、かるく30分ほど迷ってしまいそうだ。階段の壁に貼ってある、パンケーキやかき氷の写真に見とれていると、あっという間にテーブルへ案内された。外に面したテーブルだ。まわりを見ると、ほとんどの女性が、パンケーキとかき氷をどっちもたべている。みんな、おいしいものにはよくばりだ。こんど来たときには、かき氷もたのんでみようかな。
「お待たせしましたー」
「きた、きた」
きれいな円のかたちをした、パンケーキ。分厚いとはきいていたけれど、ほんとうにぶ厚い。4センチくらいあるかな。見ているだけで、しあわせだ。外はこんがり、香ばしい。中はふんわり、もちもち。練乳アイスをのっけて、ひと口ほおばる。キャラメルバナナをそっとのせて、またひと口。あぁ、ゴクラク。これがパンケーキだよ、そうすけ。あっという間に、たべてしまった。

 ふう。ロイヤルミルクティーをのみおえて、ひと息。また来よう。お会計を済ませたときに、ショートヘアのお姉さんから声をかけられてびっくり。
「階段で3階まですみません。だいじょうぶでしたか」
「おかげで、おいしいパンケーキが、ますますおいしかったですよ」
「ここのパンケーキ、素材にこだわっているから、妊婦さんにもよくたべにきていただいているんですよ」
「妊婦さんも」
「予定日の1週間前だという方もいらっしゃって」
「臨月ですか」
「しばらく行けなくなるから、行けるうちにって」
「いいですねえ。パンケーキ愛、ですねえ」
「よかったら、また。来られるうちに、ぜひ、来てくださいね」
「ありがとうございます」
階段を下りながら、考えた。ショートヘアのお姉さんは、気づいていたんだろうか、わたしの妊娠に。気づいたとしたら、どこで気がついたんだろう。

8月28日、22週0日。(妊娠22週0日)

 きょうから、22週め。これから赤ちゃんを産むお母さんにとって、大切な意味がある週だ。赤ちゃんがこの週に生まれても、適切な処置と看護をほどこせば生きつづけられる時期に入ったのだ。きょうを無事にむかえられたことが、うれしい。とはいえ、まだ22週め。ゴールはまだまだ先だけど、ちからをあわせてがんばろう。そうすけ、顔を見る瞬間をたのしみにしているよ。

 妊娠22週めから36週めまでに赤ちゃんを産むことを、わたしたちは、早産、とよんでいる。いまでは、早産になるお母さんは、全体の5%くらいだといわれている。いままでは、妊娠24週からが早産だとされていたが、新生児医療が進歩したおかげで、妊娠22週に生まれた赤ちゃんも元気に生きのびられるチャンスがふえてきたのだ。ほんとうにありがたい。いま、赤ちゃんのいのちのライン、生育限界は、22週とされている。妊娠22週以降の場合は早産、妊娠22週未満の場合は流産、といわれている。このボーダーラインは、調べてみると、かなり最近のことだという。日本における胎児の生存率が50%を超える妊娠の週数は、1960年代には妊娠30週から31週だった。それが、1970年代になると妊娠24週にまで改善されてきた。実際、1979年に妊娠24週未満の分娩を流産と定義されるまでは、妊娠28週未満の分娩が流産としてあつかわれていた。1993年にようやく、妊娠22週未満になったという。もちろん22週とは、発育状態のいい赤ちゃんが最先端の医療のもとで生まれることを前提にした可能性になる。だれでも妊娠22週をむかえたらたすかる、とはかぎらない。そのいっぽうで、21週に生まれた赤ちゃんはみんなたすからない、というわけではない。あくまでも可能性の話だ。

 この数日で、胎動がよりはっきり感じられるようになってきた。おなかをじっと見ていたら、ぴょこ、と動くことがある。わたしの意思なんかおかまいなしにそうすけが、ぴょこ、ぴょこ、と動いている様子を見ながら、ここにもうひとりの人格が息づいているんだ、と、あらためて思う。ぽっこりふくらんだおなかのなかで、どんな毎日をすごしているのかな。快適だといいなあ。

8月27日、親はたのしい。(妊娠21週6日)

 お得意先で打合せをしたあと、アートディレクターのTさんとランチをたべながら話した。彼は12歳になる息子さんのパパだ。こんなふうにゆっくり話すのはひさしぶりだなあ。開口いちばんに、Tさんから質問がきた。
「男の子、女の子、どっちだったの」
「どっちに見えますか」
「男の子、かなあ」
「あたり」
「ふふふ、男の子かあ。そうか、そうか。おめでとう」
Tさんは、たのしそうだ。息子さんが生まれた日のことを、思いだしているのだろうか。12歳の息子をもつ親の実感は、いまのわたしには想像できない。よちよち近くを歩いているだけでも、イメージがわかないくらいだ。12年ものあいだ成長を見まもりつづけてきたTさんは、いま、どんな心境だろう。
「12歳はね、ちょっと距離を感じるかなあ」
「いっしょにお風呂入ったり、とか、しないんですか」
「ない、ない」
「そこでぶらぶらしてないで、早く服着なさい、とか」
「ないない。風呂からあがったときには、もう着がえているよ」
「裸族は、いまどきないか」
うちの実家は、父をはじめ、みんな裸族だったなあ。わたしも、あけっぴろげな性格だ。下は下着をはいて、上はTシャツという格好でよく過ごしている。ズボンが足にまとわりつくのがいやで、はいていても、ついついぬいでしまう。
「まぁ12歳だからね。お年ごろ、なんだろうね」
「親ばなれされた気分、ですかねえ」
「ちっちゃいころが、なつかしいよ」
「たった12年なのに」
「そうだよ。急に、わあっと成長しちゃうんだよ」
「見のがさないようにしないと」
「すっごくかわいい時期があるから、大切にしたほうがいいよ」
「いつですか」
「1歳から2歳の歩きはじめたころでしょ、3歳から4歳くらいの動きまわるころでしょ、小学校に入る直前も。入ったあとも、すごくいい」
それって、ぜんぶっていうことですよね、Tさん。親は、たのしそうだ。

8月26日、舌のむくみ。(妊娠21週5日)

 歯のクリーニングに行った。1か月半おきにかよっているが今回はお盆休みをはさんでいるので、1か月と3週間ぶりになる。いつもお世話になっている歯科衛生士さんが出迎えてくれた。きょうも、話がはずみそうな気配。
「お元気そうですね」
「おかげさまで、順調に体重もふえてますよー」
「ひゃはは。いま6か月ですよね」
「そう、6か月」
「もう男の子か、女の子か、わかっちゃったりするのかな」
「わかっちゃった、メンズですよ」
「ひゃあ、メンズ。だんなさん、よろこんでいるでしょう」
「もう、名前つけちゃってる」
「兄弟みたいに、いっしょにあそぶんでしょうねえ」
「年のはなれた兄弟かあ」
いっしょにあそんでいるところを、イメージしてみた。だんなの足がもつれている。いまから体力をつけておかないと。そうすけの運動会で1等賞をラクラクとってみせる、と、だんなは豪語していたけれど。できるだろうか。
「神戸さん、むくみが気になっているでしょう」
「えっ、なんでわかるの」
「舌を見ればわかりますよ。ほら、舌のまわりに歯型がついている」
「あ、ぼこぼこだ」
「水分の代謝がわるくて、からだがむくんでいると、舌までむくんでしまうんですよね。口のなかを見るだけでも、健康状態がよくわかるんですよ」
「へえ、体調まで見えちゃうんだ」
日ごろ口のなかを意識していなかったけれど、気をつけて見てみると、いろいろな発見がありそうだ。きょうのわたしは、ほかにも、歯ぐきがやわらかく血が出やすい状態だったり、右下の奥歯の詰めものが欠けていたり、いつもよりもメンテナンスが必要だった。妊娠をすると、ホルモンバランスの変化やいままでになかったストレスによって体調にも影響が出やすくなる。気をつけないと。自覚はないが、夜、眠っているあいだになんども歯ぎしりをしているらしいことにも気づいた。治せるものは、いまのうちに治してしまおう。先手必勝だ。

8月25日、マタニティクラス。(妊娠21週4日)

 ランチタイムを利用して、日赤医療センターへ行った。マタニティクラスの予約をするためだ。マタニティクラスとは、これから出産する妊婦やその家族が妊娠、出産、育児について学ぶ、いわゆる母親学級のことだ。産科外来の専用カウンターにおいてあるノートに記入して申しこむ。電話での申しこみは受けつけない。そのうえ、平日の9時から17時までしか予約を受けつけていないので、はたらく女性は予約をするだけでもたいへんなのだ。17時になると、個人情報保護のためノートがかたづけられてしまう。妊婦のシンデレラになったみたいだ。じつはきのうも予約をしに行ったのだが、すでにノートはなく、書きこむことができなかった。よーし、こんどはリベンジしようじゃないの。
 さっそく、3階にある産科外来のカウンターへ。よしよし、ノートがおいてある。希望の日時に、ID番号と名前を書きこむだけだ。ところが、ない。空欄がどこにも、ない。枠外に名前を書いてはいけない、と注意書きがあった。キャンセル待ちもできないのか。できないのかしら。きいてもムダだろうなと思いながらも、職員さんに、出なおさないで済む方法をきいてみた。
「予約ノート、いっぱいなんですよね」
「予約がいっぱいですと、つぎの更新まで待っていただくことになります」
「つぎの更新ですか」
「毎月、月のはじめに更新していますので、つぎは、来週の月曜日、9月1日になりますね」
「なるほど、仕方がないですね」
「はい、そうなりますね」
やっぱり、ムダな会話になってしまった。でも、待てよ。いまこうして話しているあいだに、だれかがキャンセルしているかもしれない。もういちどノートを見なおしてみよう。まずは、妊娠クラスだ。1ページずつ上から下まで名簿をチェックする。すると、9月26日のところに2名ぶん空きがあった。ありがたや。だんなとわたしの名前を書きこむ。この日は平日だけど、だんなは休めるのかな。などと気にしている場合ではない。あとで、たしかめよう。さらに出産クラスのファイルをチェックする。最初のページから最後のページまで、3往復もしてみたけれど、キャンセルはなかった。来週、もういちど来よう。と思いながら、ふと壁に貼ってある紙を見ると、大学院生による出産特別クラス開催、の案内が出ているではないか。11月15日の土曜日、タイミングもいい。このクラスに参加しよう。くわしくは助産婦さんに声をかけてください。と注意書きがある。さっそく、助産婦さんへの面談希望カードを出して、名前を呼ばれるまで待つことにした。ところが、なかなか呼ばれない。45分が過ぎた。まわりで診察を待っていた人がつぎつぎに入れかわっていく。90分経ったら、出なおそうかな。そう思いながらウトウトしているところでよばれた。
「特別クラスをご希望の、神戸さんですね」
「はい」
「神戸さんの予定日は、来年の1月1日ですよね」
「はい」
「あぁ、すみません。このクラスの受講対象者は、来年の2月と3月に予定日をむかえる人になるんですよ。1か月早すぎましたね」
「えええ、そうなんですか」
「お待たせしてしまって、ほんとうにすみません」
「ああ、うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
うん、だいじょうぶ。ちょっと、たしかめてみたかったの。と自分にいいきかせながら笑っていた。これだけ段取りがわるくなると、笑いがとまらない。

8月24日、もぐっていい友。(妊娠21週3日)

 夜、ひさしぶりにダイビング仲間であつまった。海で会ったことのある人がほとんどだが、なかにはSNSでしか会ったことのない人もいる。きょうは直接会って話ができるチャンスだ。だんなと店に向かったら、ずいぶん早く着いてしまった。約束の時間まで、店の近くをさんぽすることにした。リビングに大きなクッションがあるといいよねえ。などといいながら、雑貨屋さんやインテリアショップを見て歩きまわる。なかなか、イメージどおりのサイズで手ざわりのいいクッションに出会えない。つぎ出かけたとき、また見て歩こう。

 店に入ったら、ほとんどおなじタイミングで、ぞくぞくとメンバーがあらわれた。さすがダイバー、時間をまもる人が多いなあ。さっそく、みんなビールでカンパイだ。わたしは、ウーロン茶。さっと、だんなが立ちあがった。
「みなさんに、ニュースです」
みんなは、もう、わかっているようだ。わたしのウーロン茶を見て、顔が、目が笑っている。いつも、ビール、ビール、と、まっ先に店員さんをよんでいる右手に、ウーロン茶。それでもみんなは、だんなのセリフを待っていた。
「えー、わたくし、このたび、おやじになります」
「よかった」
「やったね」
「ひゅーひゅー」
「でかした」
「すごいぞ」
「ご利益、ご利益」
「おやじー」
「がんばったな」
「おめでとう」
とびかうコトバ。グラスが割れんばかりのカンパイ。お世話になっている人だから、SNSをとおさず、直接会って、話して、伝えたい。そんなだんなの気もちをみんなが受けとめてくれた。いい仲間がいてくれて、よかった。
「おれ、40代で、孫できちゃったもんね」
「うそー」
「まぁ親子して、早熟だったのかな」
「そんなに年かわらないよね」
「わからないことがあれば、なんでもききたまえ」
そんな強者の仲間もいる。そうすけのことを、かわりばんこで世話してあげるから心ゆくまでダイビングしなさいよー、と、いってくれる仲間もいる。だからといって、まるごとあまえるわけにはいかないけれど。その心づかいが、やさしさが、ありがたい。帰りぎわにもおなかをぺたぺたさわりながら、おなかのなかのそうすけにみんなが声をかけてくれた。元気に、出てくるんだぞー。

8月23日、さいごのチャンス。(妊娠21週2日)

 9時半から、妊娠検診だ。きのうは、赤ちゃんの名前をネットで調べているうちに、夜ふかししてしまった。バタバタと婦人科へ急いだ。母子健康手帳と妊婦健康診査受診票、診療予約カード、そして健康保険証を、いつもどおり受付に提出した。よしよし。受診票も切りとって、家で記入してきている。
「8月は2回めですので、健康保険証は出さなくてもいいですよ」
「あ、そうだそうだ」
3週前にも行っていたんだっけ。検尿をとって、血圧と体重を測って、名前をよばれるまで待つ。ウトウトしはじめるとすぐ、看護師さんによばれた。

 経腹エコー検査がはじまった。モニターはだんなに向いていて、わたしからは見えない。先生とだんなの会話をききながら、思いめぐらせる。
「ここが、あたまですね」
「うわ、もう脳ができているんですね」
「もう小さめの赤ちゃんがいる、と、いってもいいですね」
「どんどん、成長してますねえ」
「ここが、胴まわり」
「この、黒く見えるのは、なんですか」
「胃、ですね」
「胃ぶくろかあ。お、おお、背骨が太くなったなあ」
「しっかりしてきましたね。ここが、足ですね。あれれ。よく動くから、測りにくいんですよね」
きょうも、よく動いているようだ。そうすけは、きょうも元気だ。ところで前回も、胎盤の位置が低い、と、いわれていたけれど、どうなっただろう。
「先生、胎盤の位置、どうでしょうか」
「子宮が大きくなったぶん、胎盤が上にあがってきていますね。このままいけばだいじょうぶ」
「やった。じゃあ、マタニティヨガをはじめても…」
「おすすめは、できません。やっぱり、年齢のことを考えるとね」
「うぅ、だめですか」
「神戸さん、これは最後のチャンスと思って、大切にすごしましょう」
「はあ」
「もう半分すぎましたから。ゴールまであとすこしですよ」
さいごのチャンスか。そういわれると、ちゃかついている場合ではないという気もちにもなる。はじめから、先生はヨガをさせないつもりだったのかも。

8月22日、神戸利休。(妊娠21週1日)

 髪を切りに行った。前回もお世話になったあの美容師さんだ。ホテルに併設されている店に向かうと、受付の前に立って、にこにこ出迎えてくれた。
「こんにちは、元気そうですね」
「どうも、どうも」
先輩パパの美容師さんに、きょうは、どんなことをきこうかなあ。と思っていたら、先に話題をふってくれた。今回のテーマは「名づけ」についてだ。
「もう、名前とか考えているんですか」
「仮につけた名前をよんでいるうちに、愛着がわいてきちゃって」
「なんていう名前ですか」
「そうすけ」
「そうすけくん、かあ。えっ、男の子って、わかったんだー」
「そうなんですよ」
「ウチは、男も女も準備していましたよー」
「ダブルスタンバイしたんですか」
「半年前から、考えたんです。途中でザセツしそうになりましたもん」
ザセツしちゃったら、たいへんだ。しそうになったところで済んだから、ほんとうによかった。赤ちゃんの名前をつけるにあたって、美容師さんは、自分なりのルールを決めたんだそうだ。1つめは、なんどもよびたくなる名前。よぶほどに愛着がわいてくる名前であってほしい。子どものころにも、おじいちゃんやおばあちゃんになったころにも、よびごこちのいい名前であってほしい。2つめは、日本でも、海外でも、みんながよびやすい名前。世界のどこにいてもみんなに愛される、活躍できる子に育ってほしい。そうだよなあ。3つめは、漢字ひとつひとつに親からのメッセージをこめた名前。日本語の名前は、表記にも意味があるのだから、一字一字を大切にしてあげたい。うーん、納得。美容師さんがザセツしそうになったのがよくわかる。こんなにたくさんのールがあれば、たしかにたいへんでしょう。最初のころには画数も気にしていたんだそうだ。
「で、本屋にいたときに、パッとひらめいたんです」
「名前辞典を見て」
「いや、アイドルの写真集です」
「だいすきなアイドルだったんですか」
「けっこうすき、ですねえ」
たしかに、アイドルの名前は縁起がよさそうだ。なんどもよびたくなるにちがいない。海外でも人気が出そうな名前。そのへんもきっと、意識しているにちがいない。けっきょく漢字は一字一字見なおして、ちがう表記にしたそうだ。
「神戸さんの息子さんの名前、ひらめいちゃいましたよ」
「えーっ、ききたい、ききたい」
「神戸利休、とか」
「かんべりきゅう」
「神戸という字には、和の文化を感じるんですよね」
「おもしろい。ほかにもありますかー」
「神戸正宗、とか。いや、政の字のほうがいいかな」
「かんべまさむね、歴史の教科書にのっちゃいそうな名前ですね」
「そうそう、出てきそう」
神戸利休、か。利休くんには、どんな人生が待っているだろう。名前を考えているとワクワクする。子どもの未来に思いをはせる、前向きな時間だ。