Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

8月11日、寝不足解消法。(妊娠19週4日)

 寝不足だ。3時15分から全米プロゴルフ選手権を見ていて、そのまま朝をむかえてしまった。眠くなったら寝るつもりだったんだけど。選手たちのスーパープレイを見ているうちに、つい興奮して時間を忘れてしまった。試合のなかで、わたしはロリー・マキロイ選手を、だんなはリッキー・ファウラー選手を応援している。ふたりは、同世代のライバルだ。その設定を想像するだけでも、ワクワクしてしまう。ちょうど出勤時間とかさなって、最後まで試合を見ることができなかったのが残念。でも、マキロイ選手が優勝してくれてよかった。いまごろだんなは、うんとくやしがっていることだろう。それにしても、寝不足なのだ。

 妊娠すると、睡眠不足になりやすい。理由は、いくつかある。仕事や通勤による疲労がたまって、深く眠れない。つわりで横になるとつらくて、快適に眠ることができない。おなかの張りや足のむくみで、睡眠があさくなる。妊娠や出産への不安がつのって、ゆっくり眠れない。わたしの寝不足は、とくに1つめと3つめがおもな理由だろう。たしかに、妊娠前とくらべて疲れがとれにくくなったように思う。夜中にこむら返りになったことも、なんどかある。ふくらはぎの筋肉がぎゅっとつかまれたように、かたく、痛くなる、アレだ。いったん、こむら返りがはじまると、治まるまでどうしようもなくなってしまう。こむら返りを防ぐためには、足のむくみをその日のうちにしっかり解消すること。眠る前にふくらはぎをかるくマッサージするだけでも、発生する確率をおさえられるそうだ。足湯で足首から下をあたためたり、ぬるめの風呂でからだ全体をあたためるのも効果的。足を心臓より高くして血行をよくするのも、むくみ対策にいいそうだ。あおむけに寝ころんだ姿勢で、足や手などむくみの気になる部分をまくらやクッションなどの上にのせれば、心臓より高くたもてる。

 さっそく、先日マタニティショップでゲットした抱きまくらを、足まくらにつかってみよう。と思ったら、抱きまくらがいつものところにない。どこに消えてしまったのだろう。ふと見ると、だんなが気もちよさそうに眠っているではないか。抱きまくらをだっこしながら。だんなも寝不足を解消しようとしているにちがいない。抱きまくら、やっぱり効果的だ。

8月10日、フェイシャルエステ。(妊娠19週3日)

 1か月ぶりに、フェイシャルエステへ行った。もともと乾燥肌だったが、妊娠をしてから、さらに乾燥がひどくなってきたようだ。1週間ほど前、入浴中に手のひらで顔をこすったとたん、肌がぽろぽろむけてびっくり。これはなんとかしなければ。エステに着いたら、さっそくエステティシャンに、乾燥していますね、と注意を受けた。風呂あがりのすっぴんで急いできました、と告白したところ、さらに注意を受けてしまった。乾燥して敏感になっている肌に外気をまるごとあてるのは、肌をいじめているのとおなじですよ。保湿をすることは、肌をガードしていることにもなるんですね。どうもすみません。

 妊娠中のスキンケアは、とくに保湿に気をつけたほうがいいといわれる。妊娠をすると、からだが子宮に水分をためこむようにはたらく。だから、いつも保湿に気をつけていなければ、肌が乾燥しがちになってしまうのだ。乾燥がひどくなると、かゆみをともなってくることもある。まずは、うるおいで満たそう。洗顔や洗顔後のケアをていねいに。水分を多めにとって、からだの内側からのケアも忘れずに。むくみを気にしていても、水分はしっかりとるようにしよう。

 また妊娠中は、肌の乾燥とともにバリア機能が弱っているため、UV対策も欠かせない。妊娠によってメラニン色素がふえると、シミやくすみ、そばかすなどもふえてくる。出かけるときは、日焼け止めや帽子、日傘などで紫外線をガードすること。このごろ、お気に入りの帽子がすこしずつふえてきた。

 ほかに気をつけることはないか、エステティシャンにきいてみた。
「そうですね、バリア機能がよわって肌が敏感になっていますから、たべものも刺激のつよいものはひかえたほうがいいです」
「刺激のつよいもの」
「はい、コーヒーとか、とうがらしをつかった料理とか」
「カフェインとか、スパイスのきいた料理とか」
「そう、そのとおり」
カレーもやっぱり、ひかえたほうがいいですよね。と、話そうと思ったが、やめた。さっき、だんなとランチタイムでたべたばかりだったからだ。

8月9日、たのしい出会い。(妊娠19週2日)

 ただいま。ここちよい疲れを感じながら、家路に着いた。きょうは撮影の立会いで、神奈川県に行ってきた。4歳のさやちゃんと、おじいちゃん。4歳のいおりくん。69歳のふみおさん。生後約1か月のぎんじくん。79歳のとみこさん。みんな、みんな、チャーミングな人ばかりだ。台風11号の影響で、1日中雨が降ったり降らなかったりの天気だったけれど、そんな空のもやもやさえ吹きとばしてしまった。笑いのたえない、気もちのいい1日だったなあ。

 さやちゃんは、ブルーのワンピースに白いカーディガンを着て、おじいちゃんといっしょにあらわれた。おしゃれだね。長い髪を、きれいに編んでもらっている。雪の女王さま、だね。と、いったら、大きくなったら雪の女王さまになるんだ、と、にこにこ教えてくれた。ところが、いざ撮影がはじまると、さっきまでの笑顔がどこへやら。緊張しなくていいんだよ。さやちゃんに、おじいちゃんが声をかける。さやちゃん、おじいちゃんを見てごらん。やだ。さやちゃん、だーいすき。やだ。なんどもくりかえしていたら、すこしずつ笑顔がこぼれた。さやちゃんは、照れ屋さんのかわいい女の子だ。

 いおりくんとは、公園で待ちあわせた。ぐんぐん、走ってやってきた。そのままのいきおいで、おとなたちの前をとおりすぎてしまった。いおりくん、とまらない。公園の向こうまで、走る、走る、走る。じつはきょうもすでに公園の入り口でころんで、ひざをすりむいてきたんだそうだ。お母さん、たいへんだろうなあ。いおりくんをずっと、見まもっている。目を細めながら、見まもっている。毎日こんなカンジだと気がぬけないですね、と、お母さんに話したら、このくらいならまだだいじょうぶですよー、という。母はつよし。人に迷惑をかけないように、それだけは注意しながら見まもっているんだそうだ。

 ふみおさんは、69歳の陸上選手だ。大会の年齢別800メートル走で優勝することを目標にしている。800メートル、タフだなあ。持久力と瞬発力の両方がもとめられる。陸上競技のなかでもいちばんしんどい距離だろう。ふみおさんは、もともと運動がだいすきで、以前はスピードスケートをやっていたこともあったという。ムダのない筋肉が、美しい。ちょっとストレッチしてもらえますか。と、おねがいしたら、パッと見せてくれた。やっぱり、美しい。

 ぎんじくんは、7月に生まれたばかりだ。お母さんにだっこされてやってきた。わぁ、ちっちゃいなあ。これが1か月の赤ちゃん。ぎんじくんを見まもっているお父さんも、お母さんも、すごくうれしそうだ。そのしあわせ、わけていただきますよ。ご利益、ご利益。それにしても、どうして、ぎんじ、という名前にしたんだろう。長男なのに、金じゃなくて銀だとは。弟ができたら、きんじ、にしますよ。と、お父さんがにんまり笑ってこたえてくれた。

 とみこさんは、奇跡の79歳、と、よばれている。みずみずしい肌に、白いきれいな歯。むし歯が1本もない、という。からだも、きゅっとひきしまっている。どうしたら、こうなれるんだろう。動くことがだいすき。家事もいい運動になるのよ。毎日、きびきび、はたらくこと。と、みんなにアドバイスをくれた。からだにいいものを、おいしくたべる。身のまわりを、きれいにする。そんなあたりまえのことをくりかえしてきた結果が、いまの、とみこさんだ。

8月8日、腹帯ってなに。(妊娠19週1日)

 仕事場で作業をしていると、携帯電話の着信音が鳴った。母からのメールがとどいている。気分転換したくなった。どれどれ、読んでみよう。
「元気にしていますか。もう腹帯、しているのかな。カルシウムをたっぷりとっていますか。静岡の末子おばちゃんが、シラスを送ってくれるよ。土曜日には、とどくらしいよ。こんどの土曜日かどうかは、わからないけれど。しっかりたべて、栄養をとってね。毎日あついね。からだに気をつけて。もうちょっとすずしくなったら、冬物の赤ちゃんの肌着やベビー服が出てくるよ。動けるうちに、すこしずつ準備しておくといいよ。子どもは早く大きくなるから、よぶんなものは買わないこと。母さんにできることがあればいってね」

 腹帯って、なんだろう。腹巻とは、ちがうんだっけ。調べてみると、さらしの布の帯で、岩田帯、ともよばれているそうだ。日本では妊娠5か月の戌の日に、さらしを巻いて安産をお祈りする風習がある。腹帯には、ふたつの大きな効果がある。ひとつは、お母さんのからだを冷えからまもること。もうひとつは、おなかと、おなかのなかの赤ちゃんを、しっかり支えて保護すること。いまは、さらしの布をおなかに巻く腹帯だけでなく、伸縮性のある筒状の帯でおなかをすっぽり包みこむ妊娠帯、おなかとおしりを下からがっしり支えるマタニティガードルもそろっている。わたしは、妊婦帯の機能がついたショーツとマタニティガードルをつかっている。いまのところ、これで十分だ。

 最近、腰痛が気になる。19週をむかえると、骨盤が出産にそなえてゆるむだけでなく、骨盤が子宮の成長に合わせてバランスをとるため、腰に痛みを感じやすくなるんだそうだ。妊娠中の腰痛は、腰の低いところで起きやすい。腰痛を防ぐには、腹筋などの筋カをつけておくのが効果的だ。出産してからも、だっこや授乳など、腰に負担のかかる動作がどんどんふえてくる。腰痛の予防やケアは、妊娠中からしておいたほうがいい。やっぱり、運動したいなあ。

8月7日、産前産後の制度。(妊娠19週0日)

 午後、人事との面談がある。その前に、上司の上司の上司と、面談をすることにした。産前産後の女性に対して、人事としてのスタンスをきく前に、制作の現場ではどう考えているのか、明確にしておきたかったからだ。この仕事は母親にとって、ほんとうにきびしいのだろうか。ちがう。母親だから、きびしいのではないだろう。きっと、だれにも平等にきびしいはずだ。そうあってほしい。もちろん、実際に母親になってみなければわからないことばかりではあるけれど。

 面談のあと、上司と話しておいてよかった、と思った。現場での状況と人事としてのスタンスには、正直ギャップがある。だからといって、過剰に心配する必要はない。すべての社員は、会社が定めたルールのなかでまもられているのだ。上司は、その具体的な例を名前をあげて教えてくれた。産休明けもがんばっている先輩がいる。たしかに、いる。もうよけいな心配はしなくていい。仕事に集中するだけでいい。そういわれている気もちになった。ありがとうございます。

 おだやかな気もちで、人事と面談をした。担当者は、女性がふたり。ひとりは既婚だが、まだ子どもはいない。もうひとりは、未婚だという。ふたりとも、人あたりがよくほがらかだ。女性同士だから、当事者意識もあって話しやすい。はじめに、産前・産後休暇および育児休業に関するご案内、と書かれたパンフレットをもらった。16ページの冊子にぎっしり文字がならんでいる。よくできているなあ。表紙をめくると、妊娠おめでとうございます、の文字が目にとびこんできた。人事のふたりも、自分のことのようによろこんでくれた。くすぐったい気もちになる。この案内書は、妊娠期から産前産後の休暇、育児休業から復職するまでの制度と、その取り扱いについて、1冊にまとめられている。パンフレットを読みながら、ひとつひとついっしょに確認していった。産前産後に提出する書類についても、1枚ずつていねいに説明を受けた。提出する書類が、ぜんぶで10種類以上もある。出す前にパンフレットを見なおさなければ、書きまちがえてしまいそうだ。大事に保存しておこう。

8月6日、子どもパワーだ。(妊娠18週6日)

 朝6時に、渋谷集合。きょうは、撮影の立会いだ。これからロケバスにのって、たくさんの子どもたちに会いに行く。1歳6か月の男の子、4歳の女の子、7か月の女の子、2か月の女の子、5歳の男の子に2歳の女の子。そうすけくん、という同じ名前の男の子もいる。たのしみだなあ。先輩のそうすけくんは、どんな男の子だろう。きのうからずっと、ワクワクしている。

 子どもたちのトップバッターは、1歳6か月の、そうすけくん。おうちの近くにある、神社の境内で待ちあわせる。お父さんとお母さんと、手をつないで歩いてやってきた。だっこされてくるだろうな、と思っていたので、びっくりだ。歩くのが、たのしくて、たのしくて、もうとまらない。お父さんとお母さんは、境内のなかを走りまわるそうすけくんをにこにこしながら見まもっている。こっち、こっち。流行りのキャラクターのぬいぐるみで、そうすけくんの注意を引きながら、カメラマンがカメラをかまえる。そうすけくん、こっちだよー、こっち。なんどやっても、お父さんのほうに行ってしまう。よーし、こんどは、お父さんがカメラマンだ。よし、よし。カメラに向かって歩いてきたぞ。でも、早い。早いよ。そんなことを、なんどもくりかえしながら、ひとりめの子どもの撮影は無事終了した。おもしろかったなあ。

 ふたりめは、4歳の、はなちゃん。公園で待ちあわせた。お母さんとおばあちゃんと3人でやってきた。4歳になると、おねえさんに見えるなあ。黄色いワンピースを、すっと着こなしている。長い髪は、お母さんに結ってもらったのかな。麦わら帽子も、とてもよく似あっている。大きくなったら、幼稚園の先生になりたいそうだ。くみこ先生になりたいの。そっかー、くみこ先生のことが、だいすきなんだね。どんな先生か教えてほしいな。まねしてごらん、っていうと、やらないよ、っていう。かわりに、ヘン顔をいっぱい見せてくれた。はなちゃんは、おちゃめな恥ずかしがり屋さんだ。

 3人めは、りうちゃん。ちょうど7か月になったばかりの新生児だ。お父さんとお母さんとやってきた。水色のロンパースが、クールだ。切れ長の目が、かっこいいなあ。将来はさぞかし、イケメンになるだろう。と思っていたら、女の子だときいて、びっくり。お父さんの話をきいて、またびっくり。
「ぼくもじつは、男の子だと思っていたんですよね」
生まれてくるまで、ずっと、男の子だと思いこんでいた。すでに、名前も決めていた。りゅうのすけ。おなかにいるころから、りゅうちゃん、と、よんでいたそうだ。生まれてきたのが女の子で、さぁたいへん。でもずっと、りゅうちゃん、とよんでいたから、きっと、自分のことを、りゅうちゃん、と思っているにちがいない。だから、りう、と名づけたんだそうだ。

 4人めは、はつねちゃん。2か月の新生児だ。こんにちは。お父さんにだっこされて、はつねちゃんがあらわれた。ち、小さい。すやすや眠っている。起きているときは、泣くか、のむか、どっちかなんですよー。と、お母さんが笑いながら話してくれた。目はずっと、はつねちゃんを見まもっている。うれしいね、はつねちゃん。いざ、撮影。なのに、はつねちゃんは、眠ったまんまだ。眠った顔も、かわいいな。お父さんがなんとか起こそうとするたびに、右目を、あける。左目を、あける。また、眠る。お父さん、あせる。きょうは、寝る日だ。泣く日じゃなくて、よかった、よかった。

 トリをかざるのは、5歳のりくくんと、2歳のとわちゃんだ。お兄ちゃんのりくくんは、妹のとわちゃんが、だいすきだ。いつも、とわちゃんの近くにいて、なにかとちょっかいを出している。りくくんがキックをするたびに、とわちゃんに足がぶつかりそうになる。あぶないよー、と、おとなたちは心配するけれど、不思議なことになんどやっても、とわちゃんにはぶつからない。とわちゃんも心得ているのか、お兄ちゃんをかるくかわしている。もしかしてこれは、ふたりで考えたパフォーマンスなんだろうか。パフォーマンスをくりひろげる5歳と2歳に翻弄されつづける、おとなたちだった。おつかれさま。

8月5日、強みを探せ。(妊娠18週5日)

 午後から、インターンシップに参加した。インターンシップとは、大学生が在学中に企業で実際の仕事を体験できる制度のこと。大学2年生や3年生を対象に、夏休みや春休みなどのまとまった休暇を利用しておこなわれる。インターンシップのメリットはたくさんある。学生にとっては、体験をとおして仕事のイメージを明確にできる。自分の適性を考えたり、将来の進路を決めたりするきっかけにもなるし、仕事への適応力を身につける貴重な体験にもなる。企業にとっても事前に職場を知ってもらうことで、採用後のミスマッチを防いだり、大学との連携を深めることができる。わたしが学生のころには体験したことがなかったが、すばらしい制度だ。どんな学生たちと会えるのかワクワクする。まずは、彼らが提出した書類に目をとおしてみよう。

 まずは生年月日におどろいた。1993年生まれ、か。そのころ、わたしはすでに社会人になっていた。これくらいの息子や娘がいたって、おかしくないんだよなあ。きょうは、複数いるインストラクターのひとりとして、ワークショップを進行する。わたしが担当するチームは、ぜんぶで5人。3人が男性、2人が女性だ。みんな、自己紹介がうまい。なんども経験しているのかな。きのうの夜いっぱい練習したのかな。じょうずな自己紹介のなかにも、本来の個性がかいま見えてくる。ポジティブであかるい男の子。思慮深い女の子。ユニークでノリのいい男の子。行動力がある女の子。やさしい男の子。どの個性も、輝いている。彼らは不安だというけれど、なんにも心配なんていらないだろう。

 ワークショップをとおして、学生のみんなは、自分に足りないものを探そうとしていた。それならわたしは、ひとりひとりがもっている強みを探しだそう。強みがわかっていれば、問題にぶつかったときにもたじろがない。弱みと強みは紙一重。自分のニガテなことや、失敗した体験も、じつは、強みを見つけるきっかけになる。その気もちが伝わったかどうかはわからないが、彼らと密度の濃い時間をすごせたと思う。自分の強みを知って目標が明確になれば、将来のイメージも、もっと具体的でもっと身近なものになるだろう。ワークショップのあいだ、そうすけは、じいっときいていた。の、ような気がした。

8月4日、責任の重さ。(妊娠18週4日)

 上司の上司と面談をした。産休に入るまでに、どうしてもすっきりさせたいギモンがあったからだ。5日前にきいた、仕事場での現状についてだ。
「妊娠中や産休明けの女性は、時間や健康上の制約があるため、実際に敬遠されることもよくある。だから、しかたがないんだよね」
 仕事は、基本的に売上げで評価されている。だから、仕事の絶対数が減ると必然的に、それに対する評価も低くなる。評価が低くなると、いい仕事がまわってこなくなる。いい仕事がこないと、ますますモチベーションが下がってしまう。これじゃあ、負のスパイラルからずっと抜けられないじゃないか。なんとかしたい。いままで多くの女性が解決策を見いだせないまま、会社を辞めている。カンタンには、解決できないだろう。これも自分にあたえられた課題だと思って、できることからかえてみよう。まずは、事実をきちんと把握することから。

「子どもが産まれたとたん、女性の意識もかわるんだよ」
「意識がかわる、とは」
「家庭優先、仕事は二の次になる。そうなる人が、ほとんどなんだ」
「と、いわれても。個人差ありますよね」
「たとえば、保育園から、お子さん熱が出ましたって連絡がくる。きみなら、どうする。きっと、すっとんで行くだろ。それも、いつ起こるかわからない状況が毎日つづくんだ。家庭優先になるのは、しかたがないことだよ」
「うむむむ」
返す言葉がなかった。これから、そういう体験をするんだ。あした大事な提案があるので、準備が終わってから行きます。とはいわないだろう。それでもやっぱり、納得できずにいる。男性だってかぜをひいたら、休むでしょう。たまには連日休むことだってあるでしょう。だったら男性も、女性も、おなじ条件だと思うんだけど。母親はほかの立場とくらべて、責任の重さがちがうんだろうか。
「この仕事、母親にはきびしいんでしょうか」
「事実、そうかもしれないなあ」
なんのために、仕事をつづけるのか。もういちど考えてみよう。

8月3日、はじめてのカラオケ。(妊娠18週3日)

 新しいシャワートイレのおかげで、便通がよくなった。だんなはシャワーをつかいすぎて、おしりが痛くなったという。ずっと強にしていると、刺激がつよすぎる。いくら気もちがよくても、シャワーのしすぎには気をつけよう。

 ランチをたべたあと、さんぽに出かけた。いい天気だ。近くの公園は、区民まつりで盛りあがっている。学生のバンドがライブをしている。ショートボブの女の子が、ドラムをたたいている。元気な音だ。なつかしい。学生のころ、わたしもバンドでドラムをたたいていた。練習用パッドが、いまも部屋の片隅にある。リズムをきいていると勝手に、からだが動きだしそうになる。
「カラオケ、いこっか」
だんなを誘った。
「えっ、いまから」
「いい運動になるかなあって」
ちょっとムリがあるなあ。
「いいよ」
あっさりオーケーだ。駅前にあるカラオケまで歩いて行った。ふたりで歌いに行くなんて、何か月ぶりだろう。1年以上経っているかもしれない。

 だんなはビール、わたしはホットミルクをたのんだ。2時間、部屋をキープして、ふたりでうたいつづけた。気もちいい。風呂場でうたうのとは、ひと味ちがう解放感。ちなみに、妊娠中のカラオケは、ストレスも発散できるし、お産に必要な腹式呼吸もきたえられるし、ちょうどおすすめらしい。いつもよりすこし伴奏を小さめにしたくらいで、ほかはいつもどおり。そうすけにとっては、はじめてのカラオケ体験だ。どんなふうに、きこえているのだろう。3曲うたって、ふとおなかを見ると、ぼーん、と前にとびだしている。の、ような気がする。腹筋がきたえられたからかな。そうすけが前ノリになっているからかな。家に帰ってから、そっと、体重計にのってみた。あれれ。1キロもふえているぞ。汗をかいたつもりだったけれど。ま、こういう日もあるさ。

8月2日、胎盤チェック。(妊娠18週2日)

 9時半から、妊娠検診がある。きのうたっぷり眠ったので、コンディションもいい。気になるのは、便秘ぐらいだ。それも、きょうシャワートイレをとりかえてもらえば、まもなく解決するだろう。婦人科に着くと、母子健康手帳と妊婦健康診査受診票、診療予約カード、健康保険証を、受付に提出した。月のはじめの、4点セットだ。受診票も切りとって、記入をしてきている。
「はい、ありがとうございます」
「やっと、受付にも慣れました」
受付のお姉さんも、笑っていた。検尿をとり、血圧と体重を測って、名前を呼ばれるまで待つ。きょうは、いつもよりも早くよばれた。

 経腹エコー検査がはじまった。きょうもモニターはだんなに向いていて、わたしからは見えない。先生とだんなの会話をきいて確かめることにしよう。
「うわ、大きくなりましたねえ」
「こっちが、あたまです」
「もう、全身が映らなくなってきているんだなあ」
「こっちが、足」
「足の長さは、どうですか」
「ん、順調ですね」
先生が、からだの各部分のサイズを測りながらいった。よかったなあ。じつは前回測ったとき、足がすこし短かったのを、気にしていたのだ。個人差だから気にしなくていい。と、いわれても。そうすけのことになると心配だ。
「羊水検査の結果は出ましたか」
「はい、陰性でした」
「それは、よかった」
先生も心配してくれたんだ、ありがとうございます。元気な赤ちゃん、産みますね。子宮筋腫も、問題なさそうだ。ただ、あいかわらず、胎盤の位置が低いといわれた。運動でもして解決できればいいが、見まもるしかできない。
「先生、マタニティヨガ、はじめちゃいけませんか」
「前置胎盤のリスクがあるうちは、おすすめできませんね」
「そうですか」
「もうすこし待ちましょう」
「わかりました」
「胎盤の位置があがってきたら、ゴーサインを出しますよ」
胎盤があがって運動ができるように、なりますように。それまでは、日常生活のなかで、からだを動かすことにしよう。妊娠後期になると、体重が加速度的にふえる。と、きいている。なんとか、うまくのりきれるといいのだが。