Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

9月30日、人間ドック。(妊娠26週5日)

 朝8時すぎの虎ノ門駅は、人がまばらで気もちいい。きょうは人間ドックをうけるため、いつもよりも1時間ほど早めに家を出た。このくらいの時間帯なら朝のラッシュと無縁ですむ。早朝出勤してみようかなあ。人間ドックは妊娠しているからうけなくてもいいだろう、と思っていたのだが、妊娠しているからこそうけたほうがいい、と会社の人事にいわれてうけることにした。妊娠検診ではわからない、からだの不調がわかるという。たしかにそうだ。しかし、このタイミングでわかったとしてもどう対処できるんだろう。なにか重大な欠陥が見つかったらどうしたらいいのか。ああだこうだいいながらも、これはうけるべきだとわたしも思う。満45歳で、会社がまるごと全額負担してくれるのもありがたいではないか。X線検査やCT検査、MRIを除くすべての検査をうけた。

 結果は4週間後に郵送されます、とのこと。血液検査だけは、1時間ほど待てば医師から結果の一部をきくことができるらしい。話をきいておくにこしたことはない。待っているあいだ、かるく食事をした。パンとサラダとミネストローネのセット。のみものは、ホットミルク。栄養バランスのとれたヘルシーなメニューだ。いつもこういう食事だったら体重もセーブできそうだなあ。1時間ほど休んでから診療所にもどった。先生と面談だ。どんな結果が出ただろう。

 いままでは血液検査で指摘されたことがなかったが、今回はちがった。まずは総蛋白とアルブミンの数値が低いとのこと。原因としては、栄養不良が考えられるそうだ。栄養不良ですか。そうすけにちゃんと栄養がとどいていなかったらどうしよう、と気になる。さらに、コレステロールと中性脂肪の数値が高い。栄養が足りないのにコレステロール値が高いとは、これいかに。先生に原因と対策をきいてみると、食事と生活習慣ですねと断言された。だいすきなパンケーキはこれから封印だ。乳製品もとりすぎるのはよくないらしい。からだにいいと思って積極的にとっていたのだが。と、ここまで話したところで先生がじっとわたしを見た。もっといいにくい、すごいことがあったのだろうか。
「神戸さん、妊娠されているんですね」
「はい、7か月です」
「妊婦の方へのアドバイスはできません、すみません。産婦人科で検査をしていただけますか」
「えっ」
「妊娠すると血液検査の基準値が、かわるもので」
「えっ、はい、わかりました。産婦人科できいてみます」
先生は、呼吸器科が専門なので、と話してくれた。面談が終わると、日赤医療センターの産科へ予約を入れることにした。この際だから、運動の許可ももらえるならもらっちゃおう。すぐに電話がつながった。しかも、あしたの午後に予約を入れられますよとのこと。こんなにスムーズに入れられるとは。

9月29日、男は熱しやすい。(妊娠26週4日)

 戸籍の名前を変更してから、てんてこまいだ。健康保険証に、銀行に、運転免許証に、パスポートに。クレジットカードの変更の手続きが、とにかくたいへんだ。思った以上にカードをもっていたことに、あらためてびっくり。こんなにいろいろなところで入会していたとは。これをきっかけにカードを減らしてしまおうか。カウンターなどで直接手続きできればその場で新しいカードをつくれるのだが、郵送で手続きとなると、投函してから新しいカードがとどくまで使用をストップされるからやっかいだ。結論。改名しないでいいならそれにこしたことはない。そもそも戸籍までかえなければこんな苦労はしないのだが。

きょうは、生命保険の名義変更で営業の女性に会った。わたしよりちょっと年上くらいかな。12歳の息子さんと11歳のふたごの娘さんがいる、3人の子どものお母さんだ。ついつい話しているうちに、妊娠出産の話題に集中してしまう。ひとりいるだけでもこんなにおなかが大きくなるのに、ふたごの出産だとどうなるんだろう。営業の先輩ママさんは、出産で体重が20キロふえたという。ふたりぶんだもん、そうだよなあ。10キロずつだと考えればちょうどいいペース配分なのかも。その証拠にふたごの赤ちゃんを産んだとたん15キロ減ったそうだ。なんと効率のいいおなかだろう。わたしのおなかもムダなく大きくなってほしいなあ。先輩ママさんのウエストを見ながら、うっとり。

仕事はどうするんですか、ときかれて、来年の秋ごろには復帰するつもりでいます、とこたえた。正直なところ、思ったとおりにいくかどうかはまったくわからない。育児や家事を手伝ってくれる家族もいないのに、はたらく気まんまんでいるわたしを見て、タフですねえ、と先輩ママさんはいう。彼女は、正社員よりもパートではたらくことを選んだそうだ。息子さんがしょっちゅう熱を出してそのたびに保育園からよばれるので、週5日も出社できなかった。そこでフレキシブルにはたらける生活スタイルを優先した。男の子はよく熱を出すというけれど、そんなに出やすいんだろうか。ちょっぴり不安になる。おねえさんは胸を張っていう。出やすいなんてもんじゃないですよ、出まくりですよ。

9月28日、たのしんだもん勝ち。(妊娠26週3日)

 たっぷり眠った。ゆっくり湯船につかりながら、目を覚ます。きのうの夜はおもしろかったなあ。だんなの会社の後輩女子ふたりと、おいしいごはんをたべながら、ずっとおしゃべり三昧だった。後輩のひとりは、ただいま子育て中の先輩ママ。もうひとりは、ただいま絶賛恋愛中だ。ふたりの近況をききながら感心したり、ドキドキしたり。絶賛恋愛中の後輩もだんなもわたしも、先輩ママの体験談にうなずくことしきり。こころのメモにしっかり書きこんでいた。

 先輩ママは、無痛分娩を選んだという。子どものころから痛いのがとにかくニガテだった。出産の痛みは鼻からスイカが出てくるようなものだと、たとえられるくらいだ。そんな痛みをがまんできるはずがない。そう考えて無痛分娩にしようと決めたそうだ。出産するときに、恐怖のあまりからだが硬直してしまってはたいへんだ。よけいなストレスのない状態で産むのがいちばんだ、とわたしも思う。無痛分娩にしてほんとうによかった、と先輩ママはいう。じつは途中で5分ほど麻酔がきれるという、とんでもないハプニングがあったそうだけど。そっちのほうが痛そうにも思えるけれど。いまからでも間にあうから無痛分娩にしたらとアドバイスをくれた。無痛分娩がおすすめだという話は会社の後輩からもきいている。魅力は十分だ。なのに、どうして選ばなかったのだろう。日本では出産の苦痛に対する美学がある、とよくいわれる。だからというほど、美学にこだわりはない。たぶん、どんな痛みなのかたしかめておきたい、その好奇心につきると思う。そうすけが産道を通るときの感覚をこのからだに感じたい。45歳だしもちろんムリはできないと思うけれど。この先どうなるかもわからないけれど。選べるなら、自然分娩をしたいと思う。

 いろいろなママ友を見てきた先輩ママがいうには、妊娠も出産もたのしんだもん勝ち、なんだそうだ。いっぱい笑っておおらかにすごしていいお産をしたママは、赤ちゃんもおおらかで泣かないらしい。それとは逆にママが、出産は育児はこうでなければならない、と自分を追いつめたりしんどくなっていたりすると赤ちゃんも神経質になってしまう。毎日はじめての体験の連続で気をつけることもいろいろあるけれど、ひとつひとつをおだやかな気もちでたしかめていきたいと思う。きっと一生にいちどのかけがえのない体験だから。

9月27日、妊娠クラスその2。(妊娠26週2日)

 きょうは、26週めの妊娠検診だった。それはあとで書くことにして、まずはきのうの妊娠クラスのつづきをおさらいしよう。助産婦さんは、妊娠のすばらしさを教えてくれた。精子と卵子の出会い。精子は0.06ミリほど。卵子は0.1ミリから0.2ミリの大きさしかない。小さな精子が小さな卵子に向かって受精の旅に出かける。精子は1センチすすむあいだに1000回くねくねするそうだ。10センチの卵管をすすむためには、なんと10000回くねくねをくりかえすことになる。気がとおくなる運動量だ。そうして誕生した胎児は、妊娠6週めにはコーヒー豆くらいの大きさになり、8週めから11週めにはすでにヒトのかたちをしている。16週めにはオレンジくらいの大きさになり、早い人はこのへんで胎動を感じる。5か月めの終わりにはおなかのなかでお母さんの声をきいている。そんななかで、いまグループワークに参加している。おなかのなかの赤ちゃんといっしょに参加している気もちになる。

 前回うけた出産クラスのときとおなじように、予定日の順番に6人から7人ずつのグループにわかれて、ディスカッションをする。ただ今回は、パパとママがわかれて、パパ同士のチーム、ママ同士のチームをつくっている。パパの立場やママの立場ならではのいろいろなホンネが出てきそうだ。ディスカッションのテーマは、妊娠してから感じているからだや気もちの変化について、だ。
 わたしのいるチームには、仕事をつづけている人もいて、妊娠をきっかけに辞めた人もいて、専業主婦をしている人もいた。生活のスタイルはさまざまだけれど、赤ちゃんに対する想いはみんなおんなじだ。妊娠してうれしい。元気に生まれてきてほしい。語るほどにその気もちがつよくなる。それぞれのチームでどんな話をしたのか、助産婦さんがホワイトボードに書きだしてくれた。

【パパの変化】
・男がなにを手伝えるだろう、といつも考えるようになった。
・家事をすすんでやってみる。ごはんをつくる、洗濯、掃除。
・かみさんのグチをひたすらきくようにしている。
・酒、たばこをひかえるようになった。
・趣味を減らした。車、サッカー観戦。
・パパ友があってもいいなあ、と思うようになった。
・マッサージをする。からだをさわってあげる。
・ママの変化のあとから変化を感じている。パパもホントは不安だ。

【ママの変化】
・いつもおなかの張りを気にしている。
・運動したいのはやまやまだけど、どこまでやっていいのかな。
・おなかの赤ちゃんに本を読みきかせている。
・からだの変化を自覚できるようになって気もちにゆとりが出てきた。
・胎動があるとうれしい。ないとすごく不安になる。
・眠れるポーズを見つけようと苦戦中。
・ぼーっとしている時間がふえた。注意力が不足してきたかも。
・本能で動くようにしている。動物的になったと感じる。
・毎日、疲れやすい。腰痛がたいへん。
・パパが手伝ってくれるなら、産後にもおねがいしたい。

 本能で動くっておもしろいなあ。まさにいま、そのとおりだ。妊娠してから毎日、本能と向きあってきた気がしている。助産婦さんも、動物的に生きることはとても大切なことだ、という。こころも、からだも、あたまも、ゆるめておくくらいがいいのだ。感じるままに、ありのままに、生きていくのだ。

 妊娠検診では、血液検査の結果をもらった。すべて基準値以内だった。貧血なし、糖尿病なし。ひきつづきこの調子でいこう。と、いいきれるほどではなかった。この2週間だけで体重が1キロふえてしまった。ウォーキングと食事でセーブしなければ。そうすけの体重は928グラムになっていた。もうすぐ1キロを突破する。うれしいな。しかし、わたしが1キロふえてもそうすけは250グラムくらいしかふえていなかったことになる。残りはいずこへ。

9月26日、妊娠クラスその1。(妊娠26週1日)

 日赤医療センターの妊娠クラスに参加した。本来なら、妊娠25週めまでにうけるのがおすすめだそうだが、わたしのように26週をすぎた妊婦さんも何人かきていた。気おくれしないでよかった。出産クラスとおなじ部屋にたくさんの椅子がならんでいた。きょうは講義だけかな。だんなはワークショップをたのしみにしていたようで、残念そうな顔をしている。ホワイトボードにきょうのスケジュールが書かれている。DVDによる病院の紹介、産科医師の話、薬剤師の話、休憩をはさんで助産婦の話がある。たっぷり学ばせてもらおう。

 産科医師は、やさしそうな女性の先生だった。ていねいな口調で、妊娠中に気をつけることを3つ教えてくれた。まずは、おなかの張り。張りにもタイプがあって、気にしなくていいものと、気をつけたほうがいいものがある。ずっとかたく感じるような張りは、だいじょうぶ。定期的にやってくる痛みと張りには、要注意だ。子宮が収縮する張りだと予想される。1時間になんども張りを感じるときには、すぐに休むこと。20週から30週前半でこのような張りがあると、とくに注意が必要になる。おなかの1か所が痛いと感じたときにも病院で検査してもらったほうがいいとのこと。2つめは、破水。子宮口が10センチ以上開いてから破水する順番がふつうだといわれている。しかし、破水が先にやってくる場合もけっこう多い。破水をしたら、すぐ入院をすること。流れているかも、と感じたらナプキンをつけて様子をみる。しばらくたっても状況がかわらなければ、病院へ連絡しよう。おりものや尿もれではないか、と気にしなくてもいい。とにかく、病院で検査をしてもらおう。3つめは、出血。妊娠中期以降の出血は、要注意だといわれる。とくに前置胎盤気味だといわれる場合には、いつも気をつけていたい。流れるほどの出血になると、胎盤早期剥離の可能性がある。からだに負担をかけないように、タクシーで病院へ急ごう。

 すっと気もちよく産むには、どうすればいいか。これについても、産科医師から3つのアドバイスがあった。まずは、体重の管理。ふえすぎると、よくない。とくに15キロ以上ふえるとハイリスクだといわれる。日ごろからセルフチェックにつとめよう。2つめは、血圧の管理。塩分をひかえめにする。3つめは、体力をつけておくこと。みんな産むちからをもっている。なのに、バテる人がふえてきているそうだ。安静にしなさいといわれていないかぎりは、積極的に動こう。しっかりたべて、たっぷり歩いて、スタミナをつけておこう。

 薬剤師の先生は、配った資料にあわせて妊娠中につかってもいい薬を説明してくれた。便秘は妊婦の40%がなるといわれている。わたしもしょっちゅう苦しんでいる。食事だけでうまくコントロールできなければ、下剤をとりいれてもだいじょうぶ。ただ、どんな種類なのか、どのくらい使用するのかを、医師や薬剤師に確認すること。貧血は妊娠中期以降によくある悩みだ。妊娠すると血液中の血しょう量がふえるため、赤血球がうすまった状態になる。さらに赤ちゃんの発育にも、鉄分がつかわれる。鉄剤で貧血を防ごう。鉄剤はのんでも10%くらいしか吸収されない。残りは便で出る。便が黒く見えるのは、吸収されずに排泄されている鉄の色だ。花粉症は、点眼薬や点鼻薬といった外用薬ならつかってもかまわない。内服薬は、要相談だ。つかえる薬が何種類かあるので医師や薬剤師に相談しよう。かぜ薬も使用してだいじょうぶ。わたしも経験済みだ。かぜは、予防がいちばん大切。人ごみをなるべく避けて、うがい手洗いを習慣にしよう。予防といえば、インフルエンザワクチンは有効だ。添加物のないワクチンをおすすめしますとのこと。妊娠中も、貼り薬や塗り薬などの外用薬はつかってもいい。貼り薬のなかにはつよい消炎鎮痛剤を含むものもあるので、医師や薬剤師の指示をあおごう。ステロイドも軟膏であればつかっていい。こうやってみると、意外につかえる薬が多いことにおどろいた。つかえるのかどうかこわがったりしていないで、ぱっと相談したほうがよさそうだ。

 15分の休憩をはさんで、助産婦さんの話へ。なんとグループワークもあるそうだ。だんなの目がきらきらしている。どんな体験が待っているかな。これが予定時間を超えるほどの盛りあがりとなった。つづきは、またあした。

9月25日、海知代の名前へ。(妊娠26週0日)

 いつもより早めに仕事場に出てメールを何通か書いたあと、東京家庭裁判所へ急いだ。11時から面談がある。5分前に到着して、15階の第2部書記官室へ移動した。間にあってよかった。廊下をはさんで向かいの待合室で待っているとショートカットの女性の書記官によばれて別室へ案内された。審判官による審問が行われる。名の変更の面接審査だ。ドキドキするなあ。
「こんにちは」
「よろしくおねがいします」
審判官も女性だった。ほんのすこし、ほっとする。こちらもショートカットの女性だ。ショートカットが流行っているのかな。とてもよく似あっている。申請のときに提出した資料をもとに話をすすめていく。すでに審判官のあたまのなかには、シナリオができているようだ。それは、こんなストーリーだ。もともと使用していた充代の表記が、みちよと読みにくく、子どものころからずっと不便を感じていた。社会人になって名刺を交換するたびに、さらにつよく実感するようになった。所属している会社の人事に相談したところ、ペンネームで仕事ができるとのアドバイスをもらってつかいはじめた。つかいつづけて5年以上がすぎ、いまでは日常生活のほとんどをこの名前ですごしている。子どもができたこともあって、将来のことも見すえて表記を統一しようと考えた。という、わかりやすいストーリーだ。たしかに、あっている。充代の表記を、みちよと正しく読まれたことがなかった。みつよと読まれるか、読み方をきかれるかのどちらかだ。いっそ読みを、みつよにかえたほうがいいんじゃないか、と両親にきいてみたことがある。父も母も、みちよの読みを大切にしているんだ、と話していた。審判官のシナリオをなぞりながら、変更の理由を確認した。
「ありがとうございます。きょう結論が出そうです。先ほどご案内した待合室でしばらくお待ちいただけますか」
「わかりました」
「念のため確認しますが、ご主人やお母さまは、名前の表記をかえることに賛成なさっているんですよね」
「はい、賛成してもらっています」
にこやかに退室して待合室へ移動した。8日に申請した名の変更が、いままさに認められようとしている。こんな短い時間のなかで、こんな貴重な体験をするなんて。人生、いろいろためしてみればおもしろいもんだな。はじめに会った書記官がA4の紙を2枚もってあらわれた。申請の許可証らしい。
「裁判官の許可が出ました。記述にまちがいがないか、ご確認ください」
「ありがとうございます。はい、だいじょうぶです」
許可証には、わたしの本籍、住所、申立人であるわたしの名前につづいてつぎのように書かれていた。

上記申立人からの名の変更許可申立事件について、当裁判所はその申立てを相当と認め、次のとおり審判する。

主文
1 申立人の名「充代」を「海知代」と変更することを許可する。
2 手続費用は申立人の負担とする。

きょうの日付、裁判官の名前、書記官の名前と印。確認を終えて、署名をしたあと謄本を受けとった。原本は、裁判所に5年ほど保存されるそうだ。変更の手続きにかかった費用は、収入印紙の800円と連絡用の郵便切手、交通費だけ。あとは役所に届け出をすれば、戸籍に記載された名前を変更できる。

 裁判所を出ると、そのまま品川区役所へ向かった。会社や、銀行や、運転免許証や、パスポートや、たくさんの手続きがこれから必要になる。きょうできることは、きょうのうちにやってしまおう。移動中に、母とだんな宛てにメールを書いた。親のつけた名前に手をくわえるなんて、と、ふつうならいわれるかもしれない。こころよくうけとめてくれた家族に感謝している。親がつけてくれた名前にわたしのいちばんすきな字をつかえて、いましあわせだ。

9月24日、ひと休みしよう。(妊娠25週6日)

 ITサポートセンターから連絡がきた。修理に出していた会社のパソコンが無事になおりました、とのこと。代替機をもってカウンターへ行った。
「おはようございます」
「お待たせして、すみませんでした」
「いえいえ。どこの具合がわるかったんでしょう」
「うーん、わかりません。OSを交換、とメモ書きがあるだけですね」
「うーん、そうですか。とにかくたすかりました」
なにが原因なのかはナゾのままだけれど。とにかく、なおってよかった。これからは、強制終了しないように気をつけよう。デスクにもどって、パソコンを念のためチェックする。ひとまわり小さい代替機にちょうどなれてきたころだったので、ずいぶん大きく感じる。代替機のほうがすきだなあ。わがままをいってかえてもらおうかな。トライしてみたけれど、やっぱり玉砕した。

 わたしは、1日のほとんどをパソコンに向かって過ごしている。そういえばむかし、電磁波エプロンや電磁波シールドとよばれる、電磁波をシャットアウトする布素材が流行っていたなあ。最近はすっかり見かけなくなった。わたしの仕事場でも、つかっている人を見たことがない。おなかやからだの一部だけをおおっていてもほとんど意味がない、と思われているからだろう。パソコンのモニターや携帯電話が電磁波を出している、とよくいわれるけれど、実際もそのとおりだそうだ。しかし、1日中パソコンに向かっている職業だった人が妊娠し、出産した赤ちゃんが電磁波の影響で不健康だった、という話はまだきいたことがない。電磁波が妊娠中にあたえる影響についてくわしいことはわかっていない。ただでさえ心配ごとが多い妊娠中に、電磁波をこわがるよりも、おおらかにかまえているほうがよさそうだ。むしろ、長時間おなじ姿勢でいることによるストレスや空調による冷えなどに、気をつけたほうがいいだろう。ひざかけやカーディガンなどでからだが冷えないようにしたり、50分集中したら10分休みをとってかるくからだを動かしたり。気分がのってくるとついつい時間を忘れがちになるので、日ごろから意識してみよう。まずはひと休み、ひと休み。

9月23日、予定日まで100日。(妊娠25週5日)

 携帯のアプリを見て気づいた。出産予定日まで、ちょうどあと100日。ようやく、ここまできたんだなあ。あと100日か。長いような、短いような。これからも、気をひきしめて健康管理につとめよう。と思っていたにもかかわらず、反省すべき事態になってしまった。のどが痛い。どこかでウイルスをもらってしまったようだ。あああ、妊娠中なのに。ひどくなる前に治してしまわないと。薬をつかわないで治すいい方法があればいいんだけど。

 妊婦していてもできる、のどの痛みを治す方法を調べてみた。まずは、首まわりをあたためる。タートルネックを着る、ネックウォーマーをする。スカーフやストール、マフラーなどで、のどと首をしっかりあたためる。菌が繁殖するのを防いで、のどのはれや痛みをやわらげることができる。2つめは、肩甲骨のあいだにある風門(ふうもん)という、かぜに効くツボをカイロや蒸しタオルであたためる。これだけでも、かぜのひきはじめの症状がふっとんでしまうそうだ。3つめは、ひじのしわの親指側で太い腱(けん)の指2本ぶん上にある上尺沢(かみしゃくたく)という、のどの痛みに効くツボを押す。押してみて痛みを感じるところがあるので、そこを強めに親指などでぐいぐいもみほぐすといい。さっそく風門をあたためながら、上尺沢をぐいぐい押してみた。
 のどの痛みに効くたべものもあるという。のどを殺菌したり炎症をしずめるたべもの、のどにやさしく刺激のすくないたべもの。はちみつ、たまねぎ、だいこん、レモン、れんこん、黒豆など。はちみつレモンのように組み合わせてとるのも効果がある。のみものも、のどによけいな刺激をあたえないように気をつけたい。熱すぎず、冷たすぎず。常温の水や白湯がいい。お茶もいい。

 それでも、のどの痛みが気になる。やっぱり、近所の内科で診てもらうことにした。夫婦で開業しているお医者さんで、日ごろからちょくちょくお世話になっている先生に会った。妊娠していてものめる薬があるので、さっそく処方してもらった。症状がおさまったらやめてもいいという。まずはゆっくり休むこと。からだを休めることがいちばんの薬だよ、とアドバイスをされた。

9月22日、胎児スクリーニング。(妊娠25週4日)

 午後4時25分、恵比寿のクリニックがあるビルのエントランスで、だんなと待ちあわせた。胎児超音波スクリーニング検査をうける。そうすけの身体検査だ。妊娠20週めから30週めの妊娠中期は、おなかのなかの赤ちゃんの臓器が観察しやすい。なにか異常が見つかったとしても、生まれてからの治療やサポート体制を事前にととのえられる。気もちの準備ができると、安心してお産にのぞめる。とはいうものの緊張するなあ。なにがあってもうけとめる、と、こころでは決めていても、なにかあったらどうしよう、と思わずにはいられない。

「こんにちは」
「きょうは、中期のスクリーニングですね」
羊水検査でお世話になった院長先生と再会した。きょうも、にこやかだ。ふっと緊張がほぐれていく。しっかり診てもらおう。はじめに胎児の推定体重と羊水量が確認される。推定体重は、820グラム。羊水の量も、問題ないようだ。基本のスクリーニング項目にしたがって、検査がすすめられていく。

【基本のスクリーニング項目】
頭部/大脳・小脳・脳室・脈絡叢(みゃくらくそう)
顔部/眼球・鼻骨・口唇
心臓/心臓の軸・4つの部屋・大血管の走行
胸部/肺・胸水
腹部/胃泡・肝臓・腸管・腎臓・膀胱
背骨/脊椎(頚椎・胸椎・腰椎・仙骨)
四肢/左右の手足
へその緒/3本の血管・胎盤付着部位

頭部から順番にひとつひとつチェックをしていく。頭蓋骨のかたち、大脳、側脳室、小脳。25週めをむかえた小さなからだのなかにも、脳がしっかりつくられている。つぎは顔部。鼻が映った。穴がふたつある。眼球は、モニターではよくわからなかった。口を閉じている。おだやかな表情だ。なんてきれいな顔なんだろう。しばらく見とれてしまった。心臓はどうだろう。トクトク動いている。小さな心臓の弁がいきおいよく動いている。心臓の4つの部屋がはっきり見えた。そのまわりには左右の肺がある。羊水のなかにいるから、肺はまだ動いていないそうだ。つづいて腹部。先生の説明をききながら、ゆっくりたしかめていく。胃、肝臓、腸、腎臓、そして膀胱。あらためて、そうすけが男の子であることもわかった。背骨から手足にかけても調べていく。背中から背骨を見ると、白い骨がきちんとならんでいる。でっぱりは、見あたらなかった。足の骨も、すーっとのびている。うっとりするほど美しい。いとおしくてたまらなくなってくる。きょうは親ばか全開だけど、どうかゆるしてください。

9月21日、出産クラスその2。(妊娠25週3日)

 きょうは、のんびりの日。すきなだけ眠って、すきなものをたべて。きのうの出産クラスのつづきを復習しよう。休憩のあと、グループごとにたくさんのカードが配られた。1枚1枚に、陣痛から出産までにかかわるキーワードが書かれている。これらを、実際のお産の流れにあわせてならべかえていく。
 どれどれ、カードにはどんなコトバが書かれているのかな。黄色いカードとピンクのカード、水色のカードがある。黄色いカードは、陣痛から出産までの出来事。ピンクのカードは、ママの気もち。ブルーのカードは、パパの気もちが書かれている。ラッキーなことに、わたしたちのグループにはふたりめを出産予定の先輩ママさんがいる。先輩ママさんの体験をひとつひとつたしかめながら、カードをならべていく。この体験談が、ものすごく参考になった。

 陣痛がはじまってから赤ちゃんを産むまでは、平均で12時間くらいかかるという。しかしこれにはたいへんな個人差があって、1日だけではすまされない人もいれば、わずか3時間で産む人もいる。先輩ママさんは初産のとき、陣痛が不規則でいつ病院にいけばいいのかわからず、タクシーをよんだときにはもう子宮口が開いていたという。トータル4時間のスピード出産だったそうだ。
「こんども、陣痛がちゃんと計れなかったらどうしよう」
「陣痛を計るアプリが出ているので、活用してみるといいですよ」
「どんなアプリですか」
「陣痛を感じたら押すだけで、カウントできますよ」
 陣痛がはじまったら、まずはリラックスすることが大切だ。いやしホルモンといわれるオキシトシンが分泌されることで、気もちが安定するからだ。陣痛がはじまってからお風呂に入っても、だいじょうぶ。あったまると、からだがやわらかくなってお産がラクになるそうだ。出産したらしばらく湯船にはつかれなくなるから、あせらずあわてず入っておこう。陣痛がはじまってから、胃がスッキリしたり、呼吸がラクになったりしたら、赤ちゃんが骨盤に移動してきた証拠だ。わたしにもきっと、こんな瞬間がやってくるんだろうなあ。
 いっぽうで、破水をしたときには病院へ急ごう。尿もれか、破水か、よくわからなくても迷わず連絡をすること。おなじグループの32歳ママさんの友だちが、破水をした、と病院に急いで検査をしたら、まだ破水ではなかったという。しかし、その24時間以内に出産した。連絡をしておいてよかった。

 出産にはパワーがいる。いちどのお産に、なんと2000キロカロリーもかかるそうだ。たべられるものは、たべておくこと。おかずがだめでも、白米のおにぎりがあればいい。小分けにして準備するといい。水分やミネラルの補給もかかせない。ストローつきのキャップがあると横になっていてものみやすいので便利ですよ、と助産婦さんがアドバイスしてくれた。イメージがどんどん具体的になってくる。フルマラソンに参加している選手になった気分だ。