9月25日、海知代の名前へ。(妊娠26週0日)

 いつもより早めに仕事場に出てメールを何通か書いたあと、東京家庭裁判所へ急いだ。11時から面談がある。5分前に到着して、15階の第2部書記官室へ移動した。間にあってよかった。廊下をはさんで向かいの待合室で待っているとショートカットの女性の書記官によばれて別室へ案内された。審判官による審問が行われる。名の変更の面接審査だ。ドキドキするなあ。
「こんにちは」
「よろしくおねがいします」
審判官も女性だった。ほんのすこし、ほっとする。こちらもショートカットの女性だ。ショートカットが流行っているのかな。とてもよく似あっている。申請のときに提出した資料をもとに話をすすめていく。すでに審判官のあたまのなかには、シナリオができているようだ。それは、こんなストーリーだ。もともと使用していた充代の表記が、みちよと読みにくく、子どものころからずっと不便を感じていた。社会人になって名刺を交換するたびに、さらにつよく実感するようになった。所属している会社の人事に相談したところ、ペンネームで仕事ができるとのアドバイスをもらってつかいはじめた。つかいつづけて5年以上がすぎ、いまでは日常生活のほとんどをこの名前ですごしている。子どもができたこともあって、将来のことも見すえて表記を統一しようと考えた。という、わかりやすいストーリーだ。たしかに、あっている。充代の表記を、みちよと正しく読まれたことがなかった。みつよと読まれるか、読み方をきかれるかのどちらかだ。いっそ読みを、みつよにかえたほうがいいんじゃないか、と両親にきいてみたことがある。父も母も、みちよの読みを大切にしているんだ、と話していた。審判官のシナリオをなぞりながら、変更の理由を確認した。
「ありがとうございます。きょう結論が出そうです。先ほどご案内した待合室でしばらくお待ちいただけますか」
「わかりました」
「念のため確認しますが、ご主人やお母さまは、名前の表記をかえることに賛成なさっているんですよね」
「はい、賛成してもらっています」
にこやかに退室して待合室へ移動した。8日に申請した名の変更が、いままさに認められようとしている。こんな短い時間のなかで、こんな貴重な体験をするなんて。人生、いろいろためしてみればおもしろいもんだな。はじめに会った書記官がA4の紙を2枚もってあらわれた。申請の許可証らしい。
「裁判官の許可が出ました。記述にまちがいがないか、ご確認ください」
「ありがとうございます。はい、だいじょうぶです」
許可証には、わたしの本籍、住所、申立人であるわたしの名前につづいてつぎのように書かれていた。

上記申立人からの名の変更許可申立事件について、当裁判所はその申立てを相当と認め、次のとおり審判する。

主文
1 申立人の名「充代」を「海知代」と変更することを許可する。
2 手続費用は申立人の負担とする。

きょうの日付、裁判官の名前、書記官の名前と印。確認を終えて、署名をしたあと謄本を受けとった。原本は、裁判所に5年ほど保存されるそうだ。変更の手続きにかかった費用は、収入印紙の800円と連絡用の郵便切手、交通費だけ。あとは役所に届け出をすれば、戸籍に記載された名前を変更できる。

 裁判所を出ると、そのまま品川区役所へ向かった。会社や、銀行や、運転免許証や、パスポートや、たくさんの手続きがこれから必要になる。きょうできることは、きょうのうちにやってしまおう。移動中に、母とだんな宛てにメールを書いた。親のつけた名前に手をくわえるなんて、と、ふつうならいわれるかもしれない。こころよくうけとめてくれた家族に感謝している。親がつけてくれた名前にわたしのいちばんすきな字をつかえて、いましあわせだ。