3月12日、復職前面談。(生後78日)

 11時、虎ノ門の仕事場へ向かう。2日前の経験をふまえて、いつもよりも1時間早めに準備をはじめる。それでも、家を出るのがぎりぎりになってしまった。ベビーカーではなく、だっこひもで移動することにした。おとといもだっこひもで出かけたから、きっとだいじょうぶだろう。大崎駅へ向かう途中で、エスカレーターが工事のため封鎖されていた。いきなり経路がかわることもあるから、お母さんはたいへんだ。足もとを見ながら、階段を下りた。

 この時間の山手線は、比較的空いている。上長も人混みを気づかって、会うタイミングを決めたのだろう。近くの座席が空いていたので、だっこしたまま腰をかけた。電車にゆられながら、そうすけがぐっすり眠っている。気もちよさそうだ。ずっとすわっていたくなるのをがまんして、有楽町駅で降りた。そうすけのよだれで、胸のあたりがぐっしょりぬれている。ハンドタオルをとりだしてふいた。仕事場のみんなにわたす手みやげを買ってビルに向かった。

約束の10分前に、ビルに着いた。ちょっと早いけど、まあ、いいか。だっこひものなかでまぶしそうにうす目を開けているそうすけに、さあ行くよ、と声をかけて、仕事場のドアを開いた。目の前にいるみんながそうすけをかこむようにあつまった。たくさんの大きなおとなたちに見まもられて、小さなそうすけがますます小さく見える。生後2か月半の赤ちゃんが仕事場にきた、それだけでもたいへんなニュースだ。そうすけは、あいかわらず静かにしている。
「かわいいねえ」
「たまらんなあ」
「おー、よちよち」
「はじめまちて」
「よろちくね」
一斉に言葉のプレゼントをもらって、そうすけもびっくりしたのだろう。いまにも泣きそうな顔をしている。だっこをしたまま、ゆらゆら、からだをゆらしてごきげんをとる。手のひらでそうすけのあたまをなでながら、落ちついたのを見はからって上長と面談をした。復職日や配属の希望、復職後は通常勤務で多少の時間外勤務も対応できること、保育園が決まったこと、などを確認した。そばにそうすけがいてくれるから、迷わずに話せた。そうすけには、言いわけをしたくない。きちんと、向きあいたい。だからこそ、しっかりはたらきたい。