人事の担当者に報告をしたら、母子手帳のコピーを提出ください、との連絡がきた。表紙と、両親名がわかるページと、出産予定日のページ。朝、仕事場に着いたら、さっそくコピーをとる。コピー機のある場所の近くには自動販売機や給水機があって、ちょっとした社交場になっている。
「神戸さん、おはよう」
「おはようございます」
あいさつをかわしたあと、こそこそ母子手帳をとりだし、こっそりコピー機にはさみこむ。コピーをとるだけなのに、こんなにドキドキするなんて。こんな気もちになるのも、妊婦ならではの体験だよなあ。ひとりドキドキしながらとったコピーを診断書とあわせて、人事の担当者に提出した。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
しばらくコピーを見ていた担当者が首をひねった。
「あの、お名前のところですが」
「どうしましたか」
「診断書と母子手帳の名前がちがいますよね」
「あ、そうですね」
そうだった。わたしは仕事をするときに戸籍とちがう表記をつかっている。いわゆるペンネームだ。海知代、と書いて、みちよ、と読む。海がだいすきなわたしそのものをあらわしている。いまは日常生活のほとんどでこのペンネームをつかっているが、銀行や保険などの書類には戸籍の表記をつかっていた。診断書には戸籍の表記、母子手帳にはペンネームの名前を書いている。
「ちがったら、まずいですかね」
「念のため、区役所に確認してもらえますか」
「わかりました」
あらら、名前の表記ひとつでも、めんどうなことになるのか。戸籍名義をまるごと変更しようかなあ。などと考えながら、区役所に電話で問いあわせた。
「あの、母子手帳の記入についてなんですが」
人事からきいたとおりに質問した。こたえは、思ったよりシンプルだった。
「とくに戸籍名義を記載するルールはありませんよ。母子手帳ですから、お母さまのつかいやすいように、つかっていただければ」
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
ああ、よかった。区役所からきいた話を人事に伝えた。なんとか一件落着。