Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

12月21日、たのしむ気もち。(妊娠38週3日)

「お昼、どこにする」
「おいしいパンが、たべたいなあ」
「パン」
「なんか無性にたべたくて」
午前のヨガに参加して、だんなとぶらぶらランチに出かける。あんまり汗は出なかったけれど、ぽかぽかあたたまったからだに、外気がひんやりして気もちがいい。銀座の歩行者天国をとおって丸の内へ向かった。パンがおいしいと評判のブラッスリーがある。ちょうどランチに間にあうタイミングだ。人気のお店だからちょっと待つかもなあ。でも、たべたい気もちがあればなんのその。
「いらっしゃいませ」
「どのくらい待ちますか?」
「うーん、そうですね…早くても30分はかかるかと」
「わかりました」
受付のシートに名前を書いて順番を待つ。おいしいものには目がないふたりだもの、なんのこれしき。30分ほど時間があるので、店の近くを歩いて待つことにした。このあたりはほかにもおいしいと評判の店がいくつかある。どの店にも、たくさんのお客さんがならんで順番を待っていた。みんなのランチにかけるあつい思いをひしひしと感じる。生きるパワーが目にあふれている。

 店にもどってみると、わたしたちよりも前にきていた家族がまだ順番を待っていた。この様子であれば、あと15分から20分はかかるだろう。2歳くらいの女の子をだっこしたお父さんが、さっき見たときとおなじ体勢でにこにこしながら女の子をあやしていた。すごい忍耐力だよなあ。というよりも、待つという状況を子どもといっしょにたのしんでいる。なんてステキな親子だろう。
「あんなふうに待てるかな」
「どうだろう。でも、すごくいいね」
待つだけではなく待つことをたのしむ気もちがあるからこそ、ハッピーになるんだ。どんなこともたのしむ気もちをもつことで毎日をよりよくできる。

12月20日、ゆるゆるの冬。(妊娠38週2日)

 さむい日がつづいている。朝風呂でゆっくりあたたまって、午後1時からのマタニティヨガへ。受付で、インストラクターさんに声をかけられた。
「あれっ。予定日いつでしたっけ」
「来年の元旦です」
「うわー、もうすぐですね」
「きのう妊娠健診に行ったんですよ。いまのところ順調みたい」
「そう、よかったー。ムリしないようにね」
「ありがとうございます」
「きょう予定日の人もいらっしゃって。あれ、きょうはお休みかなあ」
「すごい、いつもどおりつづけているんだ」
「3日前にもいらしてたんですよ。早く産みたーいって」
「積極的ですねえ」
「うん、もうおなかが重くってしんどくなってきちゃったって」
「あはは、わかるわー、そのカンジ」
きのうの内診から、おしるしがゆるゆるつづいている。子宮口は指2本分ほど開いているといわれた。下半身がビミョーにゆるまっている感覚がある。いつ変化がきてもいいように心づもりしておいてください、と医師からアドバイスをもらっている。それでも出産までには、まだ時間がかかりそうだ。この状態と向きあいながら年越しするんだ、と思うと、気もちがなえそうになる。自分で出産日を決める、という選択肢もあるが選ばなかった。そうすけが生まれたい日を選んで生まれてきてくれたらいい。とはいえ、ずっとおなかのなかに居座りつづけるのもこまるけれど。年末になるのかな、年始になるのかな。

 ヨガのあと、鍼灸マッサージへ。むくみ対策をする。こんな時期こそ、むくみとはじょうずにつきあいたい。気づいたときにメンテナンス。からだもこころもかろやかに、鼻歌まじりで家路についた。帰りにスーパーで晩ごはんの食材を買う。きょうは、牡蠣とレタスのしゃぶ鍋にしよう。だんなとゆっくりふたりで鍋をつつく冬もこれがさいごだな。と思うと、感慨深い気もちになる。

12月19日、ストレステスト?(妊娠38週1日)

 午後1時15分、日赤医療センターの妊婦検診に急いだ。出がけに宅配便のやりとりをしていたら、ぎりぎりになってしまった。ペンギンのような小走りで、急ぐ、急ぐ。師走の季節、急いでいる人が多いのでぶつからないように気をつけねば。1Fロビーで受付を済ませて採血に向かった。が、きょうは採血をしなくてもいい、といわれた。甲状腺ホルモンはもう気にしなくてもいい、ということだろうか。あとで医師にきいてみよう。血液と体重をはかり、検尿を提出する。そのままNSTルームへ移動してノンストレステストをうける。

 きょうは、前回や前々回にくらべてテストに時間をかけている。分娩監視装置から、赤ちゃんの心音とおなかの張りを記録したグラフが出ている。前回の2倍以上の長さはかかっているだろうか。そうすけは動いている。なのに検査はつづいている。なにかあったのだろうか。だんだん不安になってきた。
「あの、すみません」
助産師さんに、声をかけた。
「前回よりも時間がかかっていますが、なにかありますか」
「心拍がね、ときどき、低下しているんです」
「心拍が低下」
「はい、その原因をいま探っています」
あたまのなかが真っ白になった。いま、なんていわれたんだっけ。心拍が低下している。低下したけど、動いている。動いているから、だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、きっと。胸のなかをきいたばかりのコトバがぴゅんぴゅん飛びかっている。首にちからが入らない。と、助産師さんが声をかけてくれた。
「だいじょうぶですよ、いま調べますからね」
「不安で、不安で。どうしたらいいんでしょうねえ」
底なしの不安に苦笑せずにはいられない。
「もうしばらく、はかってみましょう」
「はい」
からだの右側を下にしたり、左側を下にしたり、姿勢をかえてリラックスしながらしばらくテストをつづけた。もちろんリラックスなんかできないが。
「ああ、やっぱり。へその緒をふんでいるからかも」
「へその緒をふんでいるから、ですか」
「元気がいい証拠ですよ」
「元気よくふんでいるカンジですかね」
医師もおなじ判断をしていたので、ほっとした。そうすけがへその緒をふんでいる。どんなポーズをしているのだろう。経腹エコー検査をしてあらためて確認をする。いつものように、あたまは下、胴体は左側、足は右側にある。
「ああ、よかった」
「とっても元気ですよ。安心してくださいね」
先生にそういわれてほっとした。ほっとしたら、毒舌になってしまった。
「もう。ノンストレステストでストレスたまっちゃいましたよー」
「ホントすみません。でも、ちゃんと調べておかないと、ね」
よかった、よかった。そうすけの体重は2689グラムになっていた。念願の2500グラムを超えて、こちらもほっとした。これからもマイペースでいいから、のびのび大きくなってほしいなあ。いつでも心づもりをして待っているよ。へその緒をふんだらびっくりするから、ふまないように気をつけようね。

12月18日、いちばん身近な奇跡。(妊娠38週0日)

 正午、コピーライターズクラブの幹事会に出席するため、表参道の事務所へ向かった。11時から大崎広小路にある保育園の見学会があったので、完全に遅刻してしまった。見学会が終わって時計を見ると、11時59分。どこでもドアがあったら間にあうのに。タクシーにのるか一瞬迷ったが、きっと電車のほうが早いだろうと思い、駅をめざして歩いた。ウォーキングにもなって一石二鳥だ。保育園の見学会もきょうでさいごになる。これ以上候補を出しても申請できない、という数まで保育園を見た。あとは、考えて決めるだけだ。

 幹事会が終わって、今年中に確認するものはすべて確認して、すがすがしい気もちになる。みんなにたっぷり、おなかをなでなでしてもらった。おおげさかもしれないが、思いのこすことはない心境だ。なかよしの先輩女子が、もしよかったらおさんぽ&お茶しようよ、と誘ってくれた。18時に新宿で予定を入れているそうなので、新宿までぶらぶら歩くことにした。途中気になる店をのぞいたりしながら、気の向くままに歩いた。2時間ほどかけて新宿まで歩きながら、いろいろなことを話した。先日の衆議院選挙のことや、先輩が買った新しいソファーのことや、大学時代のゼミのことや、仕事やプライベートのこれからのことや。わたしも先輩も、仕事をしながら長いあいだ不妊治療をしていた。そして治療を途中でやめた。いま、わたしは妊娠している。先輩は、夫婦ふたりでの生活をたのしむことに決めた。どちらも体験できるならこんなにすばらしいことはないだろうが、子どもを産める期間はそこまで待ってはくれない。なにかを選んで、なにかをあきらめなければならないこともある。なのに、子どもを産むか産まないかについては自分で選択することができない。もどかしいかぎりだ。

 不妊治療をどこでやめるのか決めるのは、むずかしい。治療をやめたら自然妊娠した、というケースもあるけれど結果論にすぎない。不妊治療と仕事の両立もたいへんだが、パートナーから理解と協力を得るのもひと苦労だ。妊娠を女性ひとりひとりの問題としてとらえているかぎり解決することはできないだろう。妊娠はいちばん身近な奇跡だ。と、いまあらためて思う。

12月17日、見学ラッシュ。(妊娠37週6日)

 10時45分。五反田駅から歩いて5分ほどにある保育園の見学会に参加した。わたしのほかにも、たくさんのお父さんやお母さんがきていた。数えてみると、14組だった。見学ラッシュだ。そのうちの10組は、赤ちゃんを連れてきている。0歳から1歳くらい。わたしとおなじようなプレママの参加者は、意外にすくないようだ。7組ずつの2チームにわかれて、園内を見学することになった。1チームめがよばれて、園長さんに案内されて部屋を出た。わたしは2チームめ。きゅっと結んだポニーテールがチャーミングな先生が案内役をつとめる。この人が副園長さんなのかな。若々しくてかわいらしいけれど、あきらかにわたしよりも年輩のようだ。説明がわかりやすく、スッと耳に入ってくる。

 この保育園は、昭和45年に開園している。このあたりではいちばん古い保育園で、実績もありそうだ。22時までの夜間保育も実施している。たくさんの希望者がやってくるのも納得できる。園庭はひろくないけれど、すぐそばに公園があって、たくさんの子どもたちがあそんでいる。公園の端から端まで元気な声がとびかっている。たのしそうだな。3歳から5歳児の子どもは、みんな外に出てあそんでいるようだ。1階には3歳から5歳児の部屋が、2階には0歳から2歳児の部屋がある。0歳児の部屋は陽あたりのいい場所にある。自然光をたっぷり浴びて、とても気もちよさそうだ。2階から1階へ階段をおりているときに、ちょうどおさんぽからもどってきた子どもたちとすれちがった。

「こんにちは」
子どもたちにあいさつをしながら、ふと、どの子も鼻水をたらしているのが気になった。そういえばあいさつに返事がなかったのは、鼻がつまっていたからかもしれない。鼻水をたらして、ほっぺは真っ赤、でも、目はきらきら。これを元気がいいね、ととるか、鼻水くらいふこうよ、ととるか。ビミョーだ。わたしだったら、ふいてあげたくなるなあ。実際に子育てをしているうちに、かわってくるのかもしれないけれど。こういう感覚のちがいは、のちのち影響しそうな気がしている。逆に、ふきすぎて肌がただれる、これもこまりものだが。

12月16日、きゅんときた日。(妊娠37週5日)

 朝から雨が降っている。冷たい雨。いまにも雪にかわりそうだ。こんな日に子どもを保育園に連れていくのはたいへんだろうなあ。いままでは気にしたことがなかったけれど。見学会にかようようになってから、以前とくらべてすこしずつ見方がかわってきたように思う。たとえば駅に向かう道のりも、どんなルートを選べば人とぶつかりにくいか、段差がすくなくてすむか、排気ガスを吸わずにすむか、ついつい気になってしまう。いつも見なれている近所の風景も、そうすけの目線で見ればまったくちがってくる。

 午前11時、歯のクリーニングに行った。さむくて出かけるのをためらっていたら、電車に乗り遅れてしまった。恵比寿駅で電話する。すみません、いま駅に着いたところです、急いで向かいます、と伝えたところ、いつもの歯科衛生士さんが、急がなくていいですからころばないようにゆっくりきてくださいね、と気づかってくれた。このひと言に、きゅんときた。小さな歩幅でぺたぺた急ぐ。長めのダウンのコートを着ていたので、まるでペンギンみたいだ。歯科医院に入った瞬間、からだがまるごとあたたかい空気につつまれた。

「右の前歯と2本めの歯のあいだが磨けていませんね」
「ああ、そこ、いつものところですね」
「歯ブラシを立てて、横から磨くといいですよ」
「あ、ホントだ、きれいになりますね」
歯みがきは大切だ。歯ブラシをつかって練習しながら、みがけていないところを念入りにチェックする。45年も生きていると、歯にもいろいろ支障がでてくるものだ。わたしは右の前歯と2本めの歯のあいだにむし歯があって、治療をうけたことがある。左の前歯は、寝ているときの歯ぎしりのせいで、よく見ると縦に亀裂が入っている。この先まだまだ、歯とのおつきあいがつづくと考えると、ダメージは最小限におさえておきたいところだ。気をつけておこう。

 クリーニングが終わって帰ろうとしていたら、なんと、歯科医院のみなさんがそろってロビーに見送りにきてくれた。どうか元気な赤ちゃんを産んでくださいね、神戸さんのことだからきっとだいじょうぶですよ。と歯科医の先生にいわれて、またまたきゅんときてしまった。先生は、12月31日の大みそか生まれだそうだ。はい、きっと元気な赤ちゃんを産みますね。

12月15日、数か月のちがい。(妊娠37週4日)

 午前10時。大崎駅から歩いてすぐにある、保育園の見学会に参加した。わたし以外に3人のお母さんが予約を入れていたが、1人がキャンセルをしたので、3人での参加になった。プレママは、わたし1人。あとの2人はそれぞれ、生まれて半年の男の子、4か月の女の子のお母さんだった。
「立派なおなかですねー。予定日はいつですか」
「来年の元旦っていわれています」
「わあ、めでたいですねえ」
「あはは、ありがとうございます」
元旦が予定日だと話すと、リアクションはだいたい2つにわかれる。めでたいですねえ、と、たいへんですねえ。病院ってお正月にも開いているんですよね、と感想とも質問ともつかないコメントをくれる人もいる。わたしもはじめての体験なので、実際のところどういう状況なのかよくわからない。たしか年末年始は12月29日から1月3日が休診日だったときいている。ま、そのときがきたらわかるだろう、と気楽にかまえている。以前入院していた人のブログを読むと、年越しそばやおせち料理も出てくるそうだ。たべてみたい。

 保育園は、とてもあかるくてきれいだった。開園して来春4月に2年めをむかえる認可保育園。子どもたちもたのしそうだ。ちょうど先週末にクリスマス会が終わったばかりで先生はへとへと、子どもたちはテンションが高いタイミングなんですよ、という。3歳の子どもたちの部屋に入ると、みんながいっせいにあいさつした。元気がいいなあ。なかには先生にキックしてくる男の子もいる。先生はわざとよろめくポーズをしながらも説明をつづけている。ていねいなリアクションがいいなあ。家から駅までちょっと歩くのと園庭がないのが気になるけれど、入れてくれるならよろこんでかよいたい。そう即答できてしまうほど、認可保育園に入るのはむずかしい。いまの正直な気もちだ。
「わたしたち、いっしょに入れたら、クラスメイトになれますね」
「ホント、そうですね」
ホント、といいながら実感がわかない。だって、そうすけはまだおなかのなかにいるし。数か月ちがうだけでもこんなにちがうんだ、赤ちゃんって。と見ていてあらためて実感する。4か月後、半年後、どうなっているだろう。

12月14日、プレママ友が出産。(妊娠37週3日)

 先日プレママランチで会ったばかりの、友だちの1人が出産した。びっくりしたなあ。こんなにいきなりその瞬間がやってくるなんて。前日の夜にもやりとりをしていたが、子宮口が3センチひらいたので1週間後くらいかもね、と話していたところだった。そういえば、よわい生理痛のような痛みを感じている、とも話していた。それが20時半ごろ。赤ちゃんが生まれたのが、翌日の7時半ごろ。病院に着いてから、たった2時間のスピード出産だったという。予定日よりもちょうど1週間早い出産になる。2人めだから早くなったのかな。

 どんなカンジだったのか。彼女がいうには、夜からずっとよわい生理痛のようなものがつづいていたそうだ。そして破水した。病院へ向かうタクシーのなかでようやく陣痛がはじまってつよくなったという。そんな順番になることもあるんだなあ。出産はとにかく体力勝負だ、と彼女は断言する。たったの2時間が、とても、とても、長く感じられたそうだ。しっかりごはんをたべて、しっかりからだを動かして、しっかり眠る。あたりまえのことを、きちんとしているかどうかでラクにお産できるかどうかもかわってくる。心しておこうと思う。

 午後、いつもどおりマタニティヨガへ。このところ保育園の見学会や妊娠健診でかよえていない。5日間も休んでしまった。きょうは、じっくりからだを動かそう。スタジオが混んでいる。さむくなってきて、からだをあたためにきている人が多いのかな。たくさん人があつまるのは大歓迎だ。みんなのパワーがスタジオに満ちあふれている。実際に、からだが熱気であたたまりやすく、汗をたくさんかける。このごろは、男性もよく見かけるようになった。女性にくらべて筋肉質だからか、思うようにポーズがとれず苦戦している人も多い。それとは対照的によゆうでポーズを決めている年配の女性もいる。性別にも、年齢にも、とらわれない。いつでも、だれでも、はじめられる。それがヨガの魅力だ。マタニティヨガには、休むポーズがあるので、休んでいるあいだにまわりの人のポーズを見て学ぶことができる。こんな体験ができるのも、そうすけのおかげなんだね。まだまだ新しい学びが待っている。どんな発見ができるかな。

12月13日、見まもりたい。(妊娠37週2日)

「うわー、ごぶさた」
「元気にしてたー?」
「うん、元気元気ー」
「大きくなったねえ」
おなかをなでなでされながら、ごあいさつ。ひさしぶりに友人と会う。おない年だけど、高校生の息子さんがいるたよりになる先輩ママだ。産んだころのことなんて、もうすっかり忘れちゃったよー、と彼女は笑う。いまも息子さんと毎日が学びの連続だそうだ。そのへんをいろいろと、教えてもらおう。

「赤ちゃんって、自らの意志で生まれてくるんだって」
「自らの意志」
「そう。そうすけくんも、きっと、つよい意志をもっているんだよ」
「つよい意志、かあ」
赤ちゃんがおなかのなかから出ようとするとき、子宮がせまくなり、赤ちゃんの首は、ぎゅうっ、と絞めつけられる。そのうえ、へその緒からの酸素供給もなくなるため、まさに窒息している状況だ。子宮は1分間ほど収縮する、といわれている。そのあいだ、赤ちゃんは酸素をとることができない。それが、なんども、なんども、繰りかえされる。この苦しさを耐えしのいだ赤ちゃんだけがこの世に出てくるのだ。これを耐えられなければ、生きることはできない。

 陣痛をおこすホルモンは赤ちゃんから分泌される、といわれている。もっとも自分にふさわしい日を選んでホルモンを分泌するらしい。セルフプロデュースなのだ。いきなりつよい陣痛をおこすのはからだによくない、ということもちゃんと心得ていて、すこしずつホルモンを分泌していく。予定日をすぎるのにはいろいろな理由があるけれど、赤ちゃんがいまの母体や自分の状態では生まれるときになにか障害がありそうだ、と察知して、ホルモンの分泌をよわめるらしい。赤ちゃんはこんなにつよい意志をもって、この世に出てくるんだなあ。

 どんな人だって、生まれたくて生まれてくる。ときには苦しいこともあるだろう。どうして生まれてきたんだ、と思い悩むこともあるだろう。それでものりこえられるちからをもって、人は生まれてきたのだ。だからこそ、いまここにいるんだ。そうあらためて思う。生まれるちからを信じていきたい。

12月12日、おしるし初体験。(妊娠37週1日)

 午前10時、日赤医療センターで妊婦健診をうける。受付のあと採血をしに行ったら人酔いしそうになった。受付番号を見るとわたしまでに30人以上が待っていた。先に産科へ行って血圧と体重をはかり、検尿を提出する。ついでにNSTルームへ顔を出してみると、いますぐノンストレステストをうけられますよ、とのこと。こちらも先にうけてから、採血にもどることにした。

 NSTルームに入ると、前回とおなじリラックスチェアに座って、おなかにふたつのセンサーをつける。赤ちゃんの心拍をとるセンサーと、おなかの張りをたしかめるセンサー。分娩監視装置から、赤ちゃんの心拍とおなかの張りを記録したグラフがするする出てくる。トン、トン、トン、とリズミカルなそうすけの心音がきこえてくる。しばらく、ゆったりくつろごう。グラフを見ていると、ギザギザの線があらわれた。そうすけが動いている。それにあわせて心拍数も上昇している。きょうもいい調子だ。と思っていたら、そうすけの動きが、どんどんはげしくなってきた。折れ線グラフが子どもの落書きのように粗いギザギザになっている。途中で線がとぎれるほどのはげしさだ。心拍の数値が180を超えた。そうすけ、なにをコーフンしているんだ。エラー音が出て、すぐに助産師さんがやってきた。グラフをチェックしたあとに、おなかの張りはだいじょうぶですか、と質問された。これがおなかの張りなんだ。はじめて気づいた。そうすけのはげしい動きに耐えているだけだと思っていた。おなかの張りを自覚していなかったことを伝えると、これが張りですよ、これからはひんぱんに体験しますよ、と助産師さんがグラフのギザギザを指差しながら教えてくれた。

 採血をして、ロビーにもどって、医師の診察をうけた。きょうは女性の先生が担当だ。30代前半かな。アイドル系のかわいらしい顔立ちに、ショートボブがよく似あっている。まずは、経腹エコー検査から。さっそくはじまった。
「ここが、あたまです。ちゃんと下にきていますね」
「おお、よかった」
「ここが、おなか。ここが、足ですね」
「おお、動いていますね」
サイズをはかりながら、テキパキと診察されていく。いまのところとくに問題はなさそうだ。そうすけのからだは、どのくらい大きくなったんだろう。
「2400グラム。標準ですね」
「ちょっと小さめだけど、いいのかな」
2500グラムを超えてほしい、といつも思っていることが、ついつい言葉に出てしまった。先生は、そんなプレママの気もちをよくわかっているようだ。
「サイズや体重はね、気にしなくてもだいじょうぶですよ」
「個人差でいいんですね」
「そう。大切なのは胎児が元気かどうかです」
「きょうのノンストレステストを見ると、活発そうですね」
「ものすごーく元気です」
「あはは、ですよね。ありがとうございます」
医学的には、2200グラムを超えることがひとつの目安だといわれている。

 採血の結果、甲状腺ホルモンの分泌はまだかわらないので、投薬をつづけることになった。つぎの検診は1週間後の12月19日。出産予定日がじわじわ近づいてきているのを実感する。検診のあと家に帰ってから出血が見られたので、念のため病院に電話をして確認した。これは、おしるしとよばれる出血で、内診がきっかけでもよくおこるものらしい。様子をみて出血の色が鮮血のようになったり量がふえてきたりしたらまた連絡をください、とアドバイスをもらった。しばらくしたら落ちついたのでほっとした。おつかれさま、そうすけ。