Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

1月21日、社会の一員。(生後28日)

「ただいま。はい、これ」
「おおお、これで社会の一員ですな」
 仕事から帰ってきただんながすかさず、キャッシュカードのようなものを差しだした。そうすけの健康保険証。出産したのがクリスマスイブで、正月をまたいで申請したためこのタイミングになっていた。カードを見ると、そうすけの名前がしっかりと刻まれている。生年月日、平成26年12月24日。性別、男。あたりまえのことが書いてあるだけだが、ひとつひとつをかみしめるように見る。

母子手帳、出生届や住民票などでなんども、そうすけの名前を見たことはあるのだが、日常生活でひんぱんにつかうものに名前を入れてもらったのは、これがはじめてだ。もちろん、病院の診察券にも、カンベソウスケ、と書かれているけれど。カンベソウスケ、とカタカナではなく、神戸颯佑、と漢字で書かれているのが感慨深い。そこには、ひとりの人格があるのだ。そうすけが社会の一員になったんだ、とあらためて実感する。この現代社会へようこそ。

 きょうで、生まれてから28日めをむかえる。健診で病院に2度行った以外にそうすけは外出をしたことがない。外の世界とのかかわりは、まだないといってもいいくらいだ。そんな生活がつづいているからか、毎日ぎゃん泣きをするそうすけを見ていると不安に思うことも多い。おっぱいがほしいのか、おむつを交換してほしいのか、気もちわるいことがあるのか、眠いのか、それとも、からだの調子がわるいのか。なにかと困惑してしまうことばかりだ。顔を真っ赤にして手足をバタバタしていることもあれば、おなかのなかにいたときよりも強力なしゃっくりをしていることもある。ひきつけのようなしぐさを見せることもある。そうすけのメッセージを正確によみとることは、まだまったくできていない。

 たった一枚の健康保険証だが、いま、そうすけといっしょに暮らしていることを実感する。ひとつひとつ経験をかさねて、たくましく生きていこうね。なるべくこのカードをつかわなくてもすみますように、と祈りながら。

1月20日、先輩ママの助言。(生後27日)

 1か月健診まで、あと10日。もうしばらく、外に出られない生活がつづくけれど、ココロは毎日東京と京都を行ったりきたりしている。高校や中学の部活動でいっしょだった友だちと会話しているからだ。電話やメール、SNSで、思いたったらいつでも会えるのがうれしい。おない年の先輩ママで初産の平均年齢で産んでいるから、子どもは中高生になる。わたしが知りたいことはすべて体験している、といっても過言ではない。高校時代からの友人から、はたらく先輩ママのアドバイス、と題してメールがとどいた。いつもあたまのなかで仕事のことを気にしているわたしにとっては、リアリティのある助言ばかりだ。

【はたらく先輩ママのアドバイス】
 まず、ぜんぶをカンペキにはできないから、ひらきなおること。なんでもがんばります、とムリはしないように。できることはやる、できないことはやらないとはっきり決めること。そのかわり、引きうけたことはちゃんとやる。
 いい保育園を選ぶことは、すごく大事。子どもが小さいうちは、保育園に育ててもらっていたとつくづく思う。時間がかかったとしても、いいところに入れたら、卒園まで心配いらずですごせるよ。しっかり選んで決めること。
 ワークライフバランスの価値観は、人それぞれ。ほかの人の意見は、参考にしてもいいけれど、あの人もこうしているからがんばらなくちゃ、とは思わないこと。わたしの職場にも、だんなさんが主夫をしている人がいて、バリバリはたらけていいなあ、と思った。でも、まねしたい、とは思わなかった。
「休みの日に、子どもとわたしだけだと、こまることがある」
「子どもは、わたしよりもパパがすき」
と、彼女が話しているのをきいて、やっぱりうらやましくないな、と、感じたからだ。仕事をがんばりたい彼女にとっては、それがベストな選択だったんだとは思う。だれがなにをいおうが関係なく、夫婦で話しあって決めればいい。
 ウチは、保育園には7か月から入れて、離乳食も、トイレトレーニングもみんな保育園まかせだった。育児のことは心配しないで、ただ日々必要なことをこなしていたよ。実際、年中から年長になったらラクになった。でも、小学校の壁が大きかった。職場の人の目は、子どもも小学生になったんだからもうすこし仕事ふやせないの、というニュアンスがありありだった。たしかに小学生になったんだし、多少さびしい思いをさせても育つといえば育つ、といえばそうだけど。できるだけのことをしてやりたい、子どものために自分で方針を決めて、自分からいろいろしてあげたい、と思うことがふえてきた。けっきょくわたしは転職をしたけれど、小学生になったら仕事をふやす、という選択だってアリだと思っているよ。これも、ひとりひとりの価値観で決めればだいじょうぶ。

 先輩ママの友人はいま、大学の医学部に研究者としてはたらいている。以前は、医大の学内講師をしていたそうだ。業界がちがっても、妊娠、出産をした女性たちが抱えている悩みはかわらなかった。いや、これからかわっていくのかも。わたしがこれから体験することも、そのきっかけのひとつになる。

1月19日、0歳のタフガイ。(生後26日)

 すこしずつ、朝と夜のリズムができているのかもしれない。きのうも、午後10時すぎにたっぷりミルクをのんだそうすけは、午前3時ごろまでぐっすり眠っていた。おなじ状況が3日つづいている。もう、深夜におっぱいをあげなくてもよくなるのかな。うれしいような、さびしいような。と思ったら、乳の張りを感じたので搾乳をした。一気に60ccしぼることができた。起きてきたそうすけに搾乳したおっぱいをあげようかと思ったが、まだ乳が張っていたので、左右の乳から順番にのませてみた。おっぱいって、どこまで出るのかな。20分ほど吸ったあと、すんなりそうすけは寝てしまった。おっぱいタンクは足りていたようだ。6時ちょっと前にまた起きて泣きだしたので、こんどは搾乳したおっぱいをのませる。またもや、すんなりそうすけは寝てしまった。

 なんとすばらしいリズム。と感心していたのは、つかの間だった。だんなが仕事に出かける8時前に、母乳をのませる。こんどは、寝ない。それどころか、だんなが帰ってくる20時すぎまで、おっぱい祭りだ。いちどのみはじめると、30分以上は乳首をくわえつづける。乳首からはなそうとしても、両手をつかっていやがる。乳首にあきると、げっぷを出すために背中をトントンする。10分ほどだっこをして、うとうとしはじめたところで、ベッドへつれていって寝かせる。よしよし、だいじょうぶ、と3歩はなれたところで、ぎゃん泣きがはじまる。おむつかな。おお、よし、よし。おむつを交換して3歩はなれたところで、こんどはぎゃん泣き。また、おっぱいですか。早いねえ、もう、おなかすいちゃったんだ。このサイクルを12時間くりかえしているのだ。

 赤ちゃんの体力は、あなどれない。そうすけは、ほんとうにタフなのだ。わたしも、ダイビングやヨガでからだをきたえてきたけれど、そうすけの持久力にはかなわない。だんなが帰ってから、沐浴をしているときのごきげんな顔を見ていると、ひと仕事終わったあとの労働者のようだ。しかし、そうすけの仕事はまだ残っていた。ひとっ風呂終えたあとのそうすけをタオルでくるんで、着がえを用意していると、ぶっぶぶっぶーばりっぶー、と爆音がとどろいて、あまずっぱいにおいがひろがった。そうすけのできたてほやほやの大きな制作物が、タオルの上にのっかっていた。やっぱりタフだなあ。

1月18日、宇宙との交信。(生後25日)

 日本ではじめて民間宇宙飛行士が誕生するかもしれない、というニュースをきいて、いまワクワクしている。みんなが海外旅行へ出かけるように、宇宙へ旅立つ日がやってくる日も近いだろう。そうすけも、おとなになったら行くのだろうか。できれば、家族いっしょに宇宙を見たいものだ。できるかなあ。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、目がよく見えない、といわれている。暗くてせまいおなかのなかで、長い時間をすごしてきたから、光になれるには時間がかかるだろう。新生児の視力は0.02くらい、2か月児になっても0.05くらいといわれている。でも、フォーカスがぼやけているだけで、じつは、いろいろなものを見ることができるのだ。とくに、20センチから25センチの距離のものは、はっきり見ることができるという。この距離はちょうど、お母さんが赤ちゃんに母乳をあたえているときのたがいの目の距離にぴったりだ。これも、いのちのしくみ、だろうか。自然の摂理は、よくできているなあ。

 そうすけは、目と目のコンタクトがだいすきだ。ぎゃん泣きしているときにもだんなが顔をぐっと近づけると、ぱっと泣きやんでくれる。ヘン顔をしながら顔を近づけると、さらに効果ばつぐんだ。おそらく、このときのたがいの顔の距離も、20センチから25センチくらいだろう。そうすけは、だんなと見つめあうのがだいすきだ。しかし、だんなはふと気づいてしまった。わたしも気づいてしまった。目と目をあわせている、と思っていたのはおとなだけだったことを。そうすけは、なにかちがうものを見ているにちがいない。そう感じたきっかけは、おっぱいをあげたあとに、げっぷを出そうと背中をトントンしていたときのこと。こふっ、と、げっぷをして、ほっとしたそうすけに、顔を寄せた。いつもどおり目をあわせてにっこり、のつもりが、わたしのあたまの向こうを見つめているではないか。静かで落ちついた笑顔をしている。こんな表情をしたこと、いままでにあったっけ。まるで、宇宙とのコンタクトだ。

 だっこしているとき以外にも、宇宙との交信はつづいている。おひるねしているときにも、あたまのうえに両手をかざして、呪文をとなえているようだ。なにを見て、感じているのか、わかちあえたらいいのに。きっとおとなには見えないなにかを、その純粋なこころで見つめているにちがいない。

1月17日、おっぱいの神秘。(生後24日)

 1月17日、阪神淡路大震災から20年が経つ。あの朝、まだだんなになる前のだんなとテレビを見たときの衝撃を、まだおぼえている。あわてて滋賀の実家に電話をかけたが、なんどかけてもつながらなかった。やっとつながったら母も動揺していたようで、おなじコトバをなんどもくりかえし話していた。
「振り子時計の振り子、とまっちゃったよー」
わたしが赤ちゃんだったころからとまったことのない振り子がとまるほど、ぐらぐらゆれていた。実家のある滋賀県大津市は、震度4。被災地のことを思うといまも胸が痛む。あの日も赤ちゃんを抱えるお母さんたちは、おっぱいをのませながらがんばったんだなあ。せまりくる恐怖や不安とたたかいながら。

 きょうはだんなも仕事がお休みで、そうすけをまる一日見ていられるのがうれしそうだ。ぎゃん泣きするそうすけのおむつをかえたり、ぐずるそうすけをだっこしてあやしたり。そのひとつひとつを、たのしんでいる。おっぱいをのんだそうすけをだんなが寝かせているあいだ、のんでいないほうの胸から搾乳をすることにした。いつも50ccを目安に搾乳するが、一気に出ないので、休み休みしぼってみた。が、きょうはなかなか乳が出ない。こんどは両方の胸からしぼってみよう。ついさっきまでのませていたからなのか、やっぱり出がよくない。しばらく様子をみようか。と思ったところで、そうすけが泣きだしてしまった。だんながおなかをさすったり、背中をトントンしたり、機嫌がよくなるようにあの手この手であやしている。そのたびに泣きやんでは、また泣きだす。おっぱいが足りなかったのかな。こっちも足りないよ。だんだん不安になってきた。

 だんながそうすけをあやしている様子をみながら、わたしはある変化に気づいた。おっぱいから、乳が滴っている。そうすけが泣けば泣くほど、乳の出がよくなっているのだ。赤ちゃんの泣き声をきいたり赤ちゃんをいとおしく思うだけで母乳がにじみでる、という話をきいたことがあるが、ここで目のあたりにするとは。お母さんのおっぱいは、お母さんのこころとつながっている。

1月16日、爪切りげんまん。(生後23日)

 午後2時。そうすけが眠っている。すやすや眠っている。よーし、このあいだに日記を書いてしまおう。どこまで書けるかな。いちどぎゃん泣きをはじめると、2時間くらいはふっとんでしまう。このタイミングにできるだけすすめよう。こうやって集中力をきたえられていく。いいことじゃないか。といいながら、たいてい途中で起きてしまうのでいまだにノンストップで書けたことはない。おとといも友人にメールを送ろうとしていたら、ぎゃああーと泣きだして、昼までに送るつもりが夕方になってしまった。締めきりがなくて、よかった。

 そんなこんなで、午後3時。ひと泣きして、おっぱいをのんで、また、すやすや眠りはじめた。250字ほど書けた。よし、よし。この調子でコツコツつづけていけばいい。きょうは、そうすけ初体験の日。もちろん、わたしにとっても初体験の日だ。生まれてはじめての爪切り。じつは、ずっと気にはなっていたんだけど切るのがこわくて、手つかずだったのだ。赤ちゃんの爪は、ほんとうにちっちゃい。こんな小さな爪を切ってしまっていいのだろうか。あのー切ってもよろしいですか、と、ききたくなってしまう。しばらく切らないでいると摩擦で爪先が自然に削れてくるのだが、ガサガサになっていて、顔をひっかいたりするとあぶない。すでに、わたしの首まわりはひっかき傷だらけだ。眠っているあいだに切ってしまおう。でも、急に起きたらこわいなあ。そうすけがだいすきなおっぱいをのんでいるあいだに切ってあげよう。そうしよう。

 赤ちゃんの爪切りは、おとな用の爪切りはつかわず、赤ちゃん用の小さいはさみタイプのものを使用する。まゆ毛用はさみと大きさは似ているが、刃の先端がまるくなっているので安全なのだ。そうすけは、おっぱいをのんでいるときには完全に無防備になる。手をにぎっても、ぎゅうっとひっぱっても、されるがままだ。あらためて指を見ると、やっぱり爪が小さい。ふと、小学校のときにはまっていたビーズ細工を思いだす。爪よりもちっちゃなビーズをテグスにとおしていたんだから楽勝だよね、と自分にいいきかせる。赤ちゃんの指はおとなにくらべて肉づきがよく、ふつうに爪を切ろうとしてもなかなか切りにくい。お母さんの指で赤ちゃんの指をそっと押してあげて、爪の白い部分を0.5ミリほどのこして切るといいそうだ。あせらず、あわてず、じっくり時間をかけてカットする。なんとか完了。足の指の爪は、次回にしようね。

1月15日、悪露でおろおろ。(生後22日)

 床上げ21日をすぎても、のんびりまったりすごしている。1月末の1か月健診までは、外出をひかえるようにいわれている。こんなに長い時間を部屋のなかですごすなんて、人生はじめてのことだ。ならば、おうちライフをめいっぱいたのしんじゃおうじゃないか。ネットでウィンドウショッピングをしたり、いままで見られなかったテレビ番組を見たり。と思っていたのに、1日の大部分がそうすけのおっぱいタイム、おむつタイム、おやすみタイムに占められていて、24時間あっても足りないくらいだということにあらためて気づいた。しかも、つぎの動きがよめないことが多いため、ひとつひとつに思った以上の手間がかかる。

 予想外といえば、からだのコンディションもそうだ。悪露(おろ)の経過がよめず、おろおろしてしまう。悪露。この字面を見るだけでも、じめじめした不快なイメージだ。産後、子宮内にのこっている子宮内膜や血液、卵膜、脱落した細胞などが分泌物となって、からだから出る現象をいう。ホルモンバランスがくずれるため、体調がすっきりせず不快感も高まる。だいたい6週間くらいでおさまるときいているが、2週間でよくなる人もいれば2か月ほどだらだらとつづく人もいて、個人差があるようだ。産後すぐは、生理の2~3日めよりも多いくらいの鮮血状の分泌物が出てくる。1週間くらいで赤茶色になり、やがて茶褐色、黄色、うす黄色、白色と変化していき、いつのまにか終わる。わたしの場合は、一進一退の状況だ。ちょっとよくなったみたい、と思って家事をしていると、悪露がわっとふえてくる。消化に負担のかからない食べものを選んでたべたり、からだを冷やさないようにしたり、いろいろ気をつけてはいるんだけど。

 まだ3週間しか経っていないのに、もうすっかり気が滅入りそうだ。ましてや2か月もつづくとなれば、どんな気もちになるだろう。2か月も生理がつづいている感覚になる、といえばいいだろうか。こんなに長い時間を自分の子宮と向きあってすごすなんて、これも産後はじめての体験だ。ありがたいことに、そうすけといっしょにいると毎日がいそがしすぎて、つらい時間もふっとんでしまう。そうして、あとからじわっとしあわせで満たされる。

1月14日、床上げ21日。(生後21日)

 きょうで、産後21日めになる。むかしからよくいわれている、床上げ21日をむかえた。わたしも産んでからはじめてきいた言葉だ。これは、産後の21日間つまり3週間はふとんを敷きっぱなしにして体力の回復と子育てに集中しましょう、という、むかしからの習慣らしい。いつでも横になれるようにしておいて、この期間が終わったらふとんをかたづける。それで、床上げ、とよんでいるそうだ。以前は、字を書くのも、テレビを見るのも、本を読むのも、やってはいけないといわれていたそうで、ましてやメールを書いたり、パソコンに向かったりするなんて、もってのほか。わたしは陣痛のあいまもケータイでママ友とメッセージをやりとりしていたので、なおさら論外なのだ。気もちがラクになるといってもやっぱり、ムリしていたんだなあ。いまさらながら反省する。

 21日間には、どんな根拠があるんだろう。産後、悪露(おろ)とよばれる出血がつづくのだが、この量が減ってくるタイミングという。子宮が収縮してもとの大きさにもどるのも、出産のときに開いた骨盤が閉じるのも、ちょうどこのころだ。むかしの先輩ママたちは、こういう自然の流れをわかっていたんだろう。ちなみにこの習慣は、日本ならではのものらしい。産後の入院に1週間近くかけるのも日本ならでは。海外では、たった24時間で退院するところだってたくさんあるらしい。わたしは1週間でも歩くのがつらかったから、ゆっくりすごせてほんとうによかったと感謝している。産後のケアがしっかりできると、回復のスピードも早いそうだ。逆にここでムリしてしまうと、産後3か月から6か月あたりに疲れがどっと出てしまう。積極的になまけよう。

 どんなふうになまけると効果的だろう。休めるときには休んで、あわてずあせらずマイペースで育児をスタートさせること。買いものは、宅配やネットショップ、休日をうまく活用する。重たいものがあればパパに手つだってもらおう。掃除は、できるときに、できるところまで。休めるときは赤ちゃんといっしょに睡眠をとろう。ダイビング仲間の先輩ママが、的確なアドバイスをしてくれた。おかげでただいま、ネットショップのおとりよせに夢中だ。便利だなあといいながら、けっきょく、ずっとパソコンに向かっている。

1月13日、ぎゃん泣きのもと。(生後20日)

 どうにもとまらない。きょうのそうすけは一日中ぎゃん泣きだ。寝ている時間はほとんどないまま、泣くか、のむか、うーんか、の連続なのだ。トイレに入ったときにも、視界から消えた瞬間ぎゃん泣き。メールを書いているときにも、パソコンばかり見てないでこっちもちゃんと見なさいよー、と言わんばかりにぎゃん泣き。なんとかリラックスしてもらいたい、とスキあらばおっぱいをあげたのが裏目に出たようで、おなかいっぱいになったらぎゃん泣き。あげくのはてには爪がのびはじめた指でおっぱいをひっかかれてしまった。

 20時をすぎて、だんなが帰ってきた。そうすけはまだ泣いている。そうすけくん、ただいまー。と、だんなが話しかけながらだっこすると、あらま、おだやかな笑顔を見せているではないか。いままでのぎゃん泣きはどこへやら。とにかく泣きやんでくれて、たすかった。と思ったのもつかの間、だんなといただきますをしたところで、また、ぎゃん泣きがはじまった。近ごろだんなは、そうすけをだっこしながら晩ごはんをたのしんでいる。こうすると、3人で食事している気分を味わえるし、そうすけもごきげんなのだ。ところがきょうは、やっぱりちがうようだ。だんなの腕のなかで、また泣きはじめた。しかも、ほんの数秒のうちにヒートアップしてしまった。なんとか泣きやんでもらおうと、そうすけの顔から5センチくらいのところで、だんながどアップのヘン顔を連発しはじめた。わははは、こりゃあリラックスできるぞー、と思ったら、いよいよはげしいぎゃん泣きがはじまった。これには、だんなもダメージをうけたようだ。沐浴しよう、と提案してきた。これなら泣いていたそうすけもごきげんになるはず。さっそく沐浴のしたくをすることにした。そうすけ史上最強の作戦開始だ。

 そうすけは、沐浴がだいすきなのだ。お湯につかっていると、テレビでよく見る温泉ずきなおじいちゃんやおばあちゃんも顔負けのいい顔をする。そのいい顔を、だんなとわたしは、およよ顔、とよんでいる。およよ顔めあてで、だんなが洗面台の湯船でそうすけのからだを支え、わたしがベビー用ボディソープでからだを洗う、というパパとママ初の共同作業にとりくんだ。

 最近、そうすけの顔と胴まわりがふっくらしてきた。と、書いたが、胴まわりだけでなく全体的に大きくなってきた。からだがものすごいスピードで成長しているのだろう。そうすけも、その変化にびっくりしているにちがいない。ぎゃん泣きはバージョンアップするときのサインなのだ。すやすや眠るそうすけの寝顔を見まもりながら、だんなは今夜もおいしい酒をのんでいる。

1月12日、成人まで20年。(生後19日)

 きょうは、成人の日。テレビでは、あちこちで成人式の様子がとりあげられている。成人式、か。そうすけのあどけない寝顔を見ていると、彼がおとなになったところをまったく想像できない。でも、いつかその日がやってくるのはまちがいない。そうすけは、この世に生をうけてまだ20日足らず。1か月前には、せまくて暗いおなかのなかですごしていたのだ。その成長ぶりには目を見張るものがある。一日一日、けっして見のがしてはならない、と思う。

 まずは、顔つき。おっぱいをのむ量がふえたこともあって、ほほがふっくらしてきたように思う。視力も、すこしずつ見えるようになってきたのか、顔を近づけると、あきらかに視線が合っている気配を感じる。にごりのないきれいな目をしている。こんな目でじいーっと見つめられたら、なんでも見すかされてしまいそうだ。つぎに、胴まわり。こちらも、おっぱいをのむ量がふえてくるにつれてぷっくらと赤ちゃんらしいフォルムになってきた。このごろは重さをずっしりと感じるようになってきた。そして、しぐさ。産まれたばかりのそうすけは、泣くか、寝るか、のむか、のシンプルな行為だけだったが、だんだん自分の意思を入れるようになってきた。うんちをふんばっているときにも自分で意識しながらしているようだし、うっかり見つかると、あちゃー、と恥ずかしげな表情をうかべている。おっぱいをのんでいるときにも、そのかわいさのあまりおでこにチューをすると、もうジャマしないでくれい、という表情をしてみせる。はげしいときには、わたしの横腹をキックしてくることもある。

 そうすけが成人するまで、あと20年ある。20年のあいだに、どんな夢をもつだろう。世の中は、どうかわっていくだろう。ひとつひとつが待ち遠しくて、いまからワクワクしている。いまなら、なんでもできる気がする。毎日のちょっとした変化にも、ていねいに向きあっていきたい。また、これから人生の大きな決断をするときにも、そうすけを信じて、見まもってあげたい。