Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

4月20日、第2のおうち。(生後117日)

 きょうは、2度めの保育園だ。そろそろ、そうすけが本音を出してくるころだろう。保育園をすきになってくれますように。安心して哺乳びんのミルクをのんでくれますように。初日にもっていくのを忘れていたスタイとよばれるよだれかけや、エコバッグ、ビニール袋を準備した。追加の冷凍母乳も多めにつくっておいた。約束の12時ちょっと前に保育園に着いた。ちょうどお昼の時間だ。0歳児の部屋に行く途中で、子どもたちがきちんと椅子に腰かけて食卓に向かっている様子が見えた。みんな、行儀よくたべているなあ。

「かんべそうすけです、こんにちはー」
「そうすけくん、こんにちは」
副園長先生にだっこされてそうすけは、にまっと笑っている。よしよし、その調子。もってきたものをロッカーに入れて、連絡帳を開いて先生に確認してもらった。1日あたりのおっぱいをあげる回数を減らして、いちどにたくさんのめるように練習していること、保育園とおなじ哺乳びんとミルクを入手したことを報告した。家でもおなじようにすごせば、早くなれるだろう。
「おっぱいは、のんだ時間も記入しましょうね」
「睡眠時間は、帯で書いてくださいね」
テキパキと副園長先生のチェックが入る。時間を正確に知ることは、生活のリズムをつかむためにもたいへん大切なのだ。これからは、気をつけよう。
「きっと、すぐになれますよ」
「ありがとうございます」
「お仕事、いってらっしゃい」

 打合せが終わって時計を見ると、おむかえに行く約束の17時までまだ2時間以上もあった。わあっと解放された気分になる。近くのカフェでもってきたノートパソコンを開いた。ああ、こんなことができるのもひさしぶりだなあ。ひとりでのんびり紅茶をのみながら、メールをチェックしたり、ネットをぶらぶらしてみる。たったこれだけのことなのに、ものすごくリフレッシュできた。保育園に顔を出すと、そうすけがいまにも眠りそうなここちよさそうな顔をして、あい先生にだっこされていた。たのしく、すごせたようだ。
「70ccのみましたよ」
「よかった、前よりふえましたね」
「そうすけ、ばんざーい」
よろこびのあまりそうすけの両手をばんざいさせて起こしてしまった。それでも笑っていてくれたのでよかった。これからも、保育園をもうひとつのおうちだと思って、こころから安心して、のーんびりすごしてくれますように。

4月19日、ママっていいな。(生後116日)

 きのうは、午前の保育園の保護者会のあといったん家にもどって、コピーライターズクラブのイベントに参加した。午後2時には家を出るつもりだったがそうすけのおっぱいタイムがずれこんで、30分遅れで家を出た。イベントのあと懇親会にちょっと顔を出すつもりがずれこんで、帰宅したのが午後9時前になってしまった。なにかと、後手後手になってしまった。家に着くと玄関のドアを開ける前から、そうすけの大きな泣き声がきこえてきた。

「ただいま、そうすけ。ごめん、ごめん」
靴を脱ぎながら大声であやまって部屋に入ると、泣き声がとまった。リビングを見ると、だんながソファでそうすけをだっこしながら苦笑していた。
「ママのちからって、すごいよね。いなくなるだけで大泣きだもん」
そうすけにも、だんなにも、申しわけないけれど。なんてありがたいことだろうと胸が熱くなった。はじめて保育園にあずけた日、別れぎわに保育士さんにだっこされて笑顔で見送られたときにはがっかりしていた。でもいま、わたしの腕のなかで、いっしょうけんめいになにかを話そうともがいているそうすけを見ていると、そんなわだかまりも一瞬にしてふっとんでしまった。

 外出しているあいだの様子をだんなが教えてくれた。午後の4時と7時にそれぞれ、80ccのミルクをのんだそうだ。近ごろ風呂あがりには30ccから60ccほどしかのんでいないので、これはたくさんのんだほうだ。外出してからしばらくはおとなのベットでだんなと添い寝をしていたが、いちど起きると、あそんでいてもすぐにぐずってしまうようになった。そこで1度めのミルクをあげた。ミルクのあとなかなか寝かしつけられなかったので、お気に入りのおもちゃでいろいろあそんでみたが、すぐにぐずってしまう。それからというものなにをやっても泣きやまず、でも、ミルクをほしがっている感じでもなく、どうしたものやらとこまっていたそうだ。午後7時に2度めのミルクをのんだあとも、ずっと泣きつづけていた。そこにわたしが帰ってきて、いま目の前で、あー、うー、と息をはずませながら話しかけているわけだ。がんばってミルクをたくさんのんだよ、とか、母さんがいないあいだも泣かなかったよ、とか(実際はぎゃん泣きしているだけなのだが)、父さんがいっしょうけんめいあやしてくれたよ、とか、母さんの帰りを待っていたよ、とか、きっと、いろんなことを報告してくれているのだろう。そのいきいきした表情から気もちが十分に伝わった。報告がぜんぶ終わるまで、母乳をあげられなかった。

 深夜1時におっぱいをのみ終えると、そうすけは、ほっとしたように眠りについた。よかった、よかった。それでもわたしの胸はぱんぱんに張っていたので、搾乳をした。いつもなら60ccもとれたらいいほうだが、きょうはなんと140ccもとれた。そうすけのがんばりに刺激されて、おっぱいもがんばったのだろうか。そうすけは、そのあと6時半過ぎまで5時間以上も眠りつづけていた。睡眠時間もすこしずつ、おとなに近づいてきているようだ。

4月18日、初、保護者会。(生後115日)

 午前9時から、そうすけと、だんなと、保育園の保護者会に参加した。おととい保育園デビューをしたばかりだが、すでにかよいはじめているお友だちもいればこれからかよいはじめるお友だちもいる。とくに入園式もなかったので、0歳児クラスのみんなが集まるのはきょうがはじめてだ。12人のクラスメイトのうち、ひとりの子がかぜをひいてパパだけの参加だった。そうすけは、下から2番めのおちびさん。パパやママにだっこされているのは、1月生まれのお友だちとそうすけだけだ。そうすけと月齢が近いと思って見ていた男の子は、はじめはだっこされて眠っていたが、目が覚めるとすぐにはいはいをはじめていた。おなじ0歳児でも月齢がちがうだけで、こんなにできることに差がでるんだなあ。ふたつ左となりにいる女の子はすでに歯が生えそろっていて、緊張しながら自己紹介をしている先生に向かって、はーいと元気よくエールを送っていた。先生が保育園のルールなどを説明しているときに、はいはいしながらおもちゃに突進するお友だちもいたり、メリーにつかまり立ちをしながらダンスを披露するお友だちもいたり。みんな元気いっぱいだ。

 いっぽうそうすけはといえば、おとなしくほほ笑みながらじっとまわりの様子を観察している。左となりにいる女の子からちょっかいをだされるたびに、えっと振りかえりながらとまどっている。先生の説明が終わると、お友だち同士の自己紹介がはじまった。名前の由来とチャームポイントを、パパやママが順番に発表していった。こんなに愛情のこもった自己紹介をきいたのは、生まれてはじめてかもしれない。つづいて先生が、泣く子もうっとりする上手なあやし方や子どもたちがだいすきなあそび方を教えてくれた。やってみたい人?ときいたとたんわーっとみんなが身をのりだした。そんななかでそうすけは、子どものあそびには興味ないんだよね、といわんばかりに落ちつきはらっているのだった。たいした大物なのか、ただの小心者なのか。

 0歳児のクラス会が1時間ほどで終わると大きな部屋に案内されて、0歳児から5歳児の親子を集めた全体の会が行われた。となりにすわっていたママが、そうすけを見て、かわいいねーと話しかけてくれたので、こんにちはーとあいさつをした。昨年0歳で入園して、今年1歳をむかえた子どもをもつ先輩ママだ。1年前はこんなにちっちゃくてかわいかったんだよねーと、なつかしがっている。先輩ママに、そうすけが保育園の初日に30ccしかミルクをのまなかったことを話したらうちもそうだったよといわれたのですこし安心した。すこしでものんだから立派だよ、ここにかよえばミルクもしっかりのめるようになるし、離乳食もたっぷりたべるようになるから、と太鼓判まで押してくれた。クラス会のときにも離乳食についての質問がでていたが、たべないからといって心配しなくてもだいじょうぶだ。保育園といっしょに子どもを見まもりながら、やっていけばいい。全体の会では、園長先生のあいさつのあと各クラスの先生の自己紹介が行われて、先生が手がけた資料をスライドで見ながら活動報告が行われた。いい保育園にかようことができて、よかった。

4月17日、ボディランゲージ。(生後114日)

 保育園の連絡帳に、きのうのそうすけの様子が書かれていた。平気そうに見えても、やっぱり緊張していたのだろう。冷凍母乳を250cc準備していたが、のんだのは30ccだけだった。初日だから、のんでくれただけでもよしとしよう。あい先生をはじめ何人かの保育士さんが、そうすけくーんと声をかけると、顔を向けてにこにこ笑っていたそうだ。顔を近づけると、じいっと見つめてからにっこり笑顔を見せたという。ああこれは、いつもの決め顔にちがいない。アピールタイムだ。この顔を間近で見た人は100%とりこになってしまうのだ。それだけではない。ぶんぶんぶんの歌をうたうと、ぱたぱた手足を動かしながらじょうずにリズムをとっていたという。どの保育士さんにだっこされてもたいへんきげんがよく、あー、うー、と声を出していたらしい。

 家に帰ってからはずっとごきげんななめだったけれど。保育園ではこんなにがんばっていたんだなあ。言葉をつかうことができないだけで、ほんとうはおとなのやりとりをずっと見ていて、どんな状況なのかをすべて理解しているんじゃないか、と思わずにはいられない。だからどんなときもごまかさないで、誠実に向きあっていたいと思う。いつも目の前のことにせいいっぱいでいると、大切なこともつい忘れがちになってしまう。そのたびにオリジナルのボディランゲージで教えてくれる。言葉がわからないからといってその場しのぎでウソをつくのはたいへんきけんだ。そうすけはすべてわかっている。

 目黒川沿いをさんぽがてら、遅めのランチへ。いつもよく行く、焼きたてのパンがたべ放題のレストランに入った。こんにちはーとウエイトレスさんがそうすけに話しかける。にまっと、笑顔でこたえる。どうもどうも、といっているような顔に見える。きょうはそうすけをベビーカーから出して、太ももの上にすわらせることにした。わたしを椅子にしてすわっている姿勢だ。まだ食事はできないけれど、お客さんのひとりになった感覚は味わえる。なんだかVIPみたいだね。いらっしゃいませ、とウエイトレスさんがお手ふきを渡してくれた。ありがとうといわんばかりに、そうすけがにっこり笑って受けとった。

4月16日、保育園デビュー。(生後113日)

 きょうは、保育園デビューの日。14時から18時半までの約束をしているのだが初日なので、30分ほど前には入るようにいわれている。きのうの夜から準備をはじめたが、思ったよりもやることがたくさんあるのに気づいてびっくり。おむつOK、おしりふきOK、着がえOK、タオルOK、着がえやタオルを入れるビニール袋OK、防災頭巾OK。もちものをチェックしながら、ひとつひとつにかんべそうすけの名前をつけていく。アイロンプリントを貼って四隅を縫いつける、なんて何年ぶりだろう。わたしが子どものころ、母もこうやって貼ったり縫ったりしたんだなあ。いまさらながら、ありがとうがいいたい。

 そうすけは、朝からごきげんななめだ。いつもとちがう気配を感じているのだろうか。中途半端なタイミングで、おっぱいをほしがってくる。保育園の第一印象をよくしておきたいので、なるべくオーダーにこたえる。そんなこんなしているうちに、出発の時間ぎりぎりになってしまった。保育園の連絡帳に授乳時間の項目を書き足して大きな手さげ袋にもちものをまるごと入れてそうすけをベビーカーにのっけて、いざ保育園へ。あらら、そうすけが泣きだした。

 なんとかあやしながら保育園に到着。保育士さんの話をききながら、奥の部屋に移動する。風とおしのいい、明るい部屋だ。ほら、お友だちがきているよ。そうすけくん、こんにちは。担任のあい先生とごあいさつする。かんべそうすけと書かれた赤いチューリップ型のバッジがわたされた。かわいいなあ。そうすけくんは、いちご組だよ。いちご組は、0歳児のなかの年少組になる。そうすけよりも小さな生後3か月の赤ちゃんもきているらしい。つぎがそうすけで、そのつぎがそうすけよりも2か月年上の赤ちゃんだ。そうすけが最年少じゃなかったよーとだんなに話すと、なぜかくやしがっていた。

 別れぎわに大泣きしたらどうしようと気にしていたが、そんな心配は無用だった。そうすけは別れを惜しむどころか、あい先生にだっこしてもらって大よろこびだ。だっこされながら、わたしを見てにまっと笑った。さびしいよう。わたしのほうがこころがぽきっと折れそうだ。お母さんいってらっしゃいと見送られながら、予想外の展開にショックをかくせなかった。わんわん泣いてほしいよ。子ばなれできなくなる親の気もちが、ほんのすこしわかった。

4月15日、ママ友ランチ。(生後112日)

 11時40分、恵比寿駅の改札口で待ちあわせる。マタニティクラスのときからなかよくしているママ友だちが集まってランチに出かける。前回が去年の12月1日だから、ちょうど4か月半ぶりになる。おなかの大きな4人でテーブルを囲んでいたんだよなあ、あのときは。いまはみんな日々の育児に追われている。感慨深いものがある。きょうは、子どもを連れてくるから倍になって8人4組。ママ友のひとりから保育園でもらった息子のかぜが治らないと連絡がきて、6人で会うことになった。おそるべし、保育園のかぜ。改札を出ると、すでにほかの2組がそろっていた。前回とおなじように、またバタバタ走っていた。

「ひさしぶり」
「とうとう、母になったね」
「なっちゃったねえ」
おしゃべりしながら、駅から歩いて10分ほどにあるレストランへ向かった。だっこひもが1組、ベビーカーが2組。こうして並んで歩いていると迫力あるなあ。妊婦のころよりもバージョンアップした感がある。店に着くと、まずは入口まで階段があったのでとまどった。下調べしてこなかったことを反省。と、ママ友のひとりがとても自然に店員のおにいさんをよんで、ベビーカーを階段の上まではこぶのを手伝ってもらっていた。ママ友のつよさに、ほれぼれする。

 予約していた人工芝の個室に案内されると、靴を脱いで入った。クッションやら、座布団やら、たくさん置いてある。子どもが歩くようになったら、あそばせておくにもちょうどいい。あらあら、もう1年後のことを考えている。そうすけが生まれてから、未来のことばかり考えるようになった。変化におどろきながらもうれしい。あしたを、どうよくしていこう。前向きな気もちでいっぱいになるのだ。その変化は、ママ友もみんな感じているらしい。無事に出産をしてきょうをむかえられたことを、なによりもよろこんでいる。おっぱいをあげながら、気がねしないでおしゃべりしながら、つくづくよろこびを噛みしめる。

4月14日、鏡のなかのふしぎ。(生後111日)

 玄関に、等身大の姿見が置いてある。そうすけがいつまでたっても泣きやまないときには、だっこして姿見の前まで連れていく。そうしていっしょに鏡に映ったりそうすけだけ映したりしながら、鏡のなかのそうすけに向かって話しかけるのだ。こんにちはー、そうすけくん。あっという表情をしながら、じーっと見つめている。そうすけと鏡のなかのそうすけが、見つめあっている。まだいまは大きなリアクションはないようだ。いちどだけ、ぴたっ、と鏡に手をついたことがある。それが自分の意思なのか、たまたまそうなっただけなのかは、まだわからない。そうすけくん、そうすけくん、といいながら、鏡のなかのそうすけにキスをすると、あれっ、という顔をする。そして鏡越しに、ぴたっ、と目が合う。いちど目が合うと離れない。そのまま吸い寄せられそうだ。

 赤ちゃんに鏡を見せてはいけません、という、むかしからの言い伝えがあるらしい。鏡や写真がたましいを吸いこんでしまうから、なんだそうだ。わたしたちが子どものころにも、そんなこわいうわさがあったなあ。これらのうわさは、水面に映る自分の姿に興味をもっておぼれないようにするためにつくられたといわれる。いまよりも川や井戸が身近だった時代に生まれた、赤ちゃんを危険からまもるためのキャンペーンアイデアだったのだろう。 いまでは医学的根拠がまったくないことが証明されている。安心して、すきなだけあそぼう。

 いっぱい見つめあってあそんでいたからか、そうすけの表情がいつもよりしゃきっとしている。またひとつ、おにいちゃんの顔になったね。夜、風呂に入っているとき、だんなが、そうすけの顔を見ながら気づいたように話した。
「そうすけ、左目だけ二重まぶたになってる」
「あれ、ホントだ、左目だけなってる」
目をつかいすぎてしまったのだろうか。両目とも二重まぶたか、一重まぶたにそろったらいいのになあ。赤ちゃんに鏡を見せすぎてはいけないようだ。

4月13日、おしゃべりな午後。(生後110日)

 うれしい。ようやく声が出るようになってきた。まだ歌をうたえるほどの美声ではないが。あと3、4日もすれば、いつもどおりにもどるだろう。声がもどったらやりたかったことがある。それは、そうすけとのおしゃべりだ。もちろん言葉をつかってはできないけれど、音をつかえば立派な会話になるのだ。いままでだんなとそうすけがたのしそうに会話しているのを見て、ずっとくやしい思いをしていたが、やっとその思いを晴らすことができる。いやっほぉ、と叫びたくなる気分だ。それくらい声が出ないのはつらいことだと悟った。近ごろテレビで、ひとつ年上のボーカリスト兼音楽プロデューサーが喉頭がんの治療のために声帯の摘出手術を受けたというニュースを見た。自分で自分の声を失う選択をしたときどんなに悲しい気もちだっただろう、とあらためて思う。

 そうすけとおしゃべりをするときには、テレビも、ラジオも、消すようにしている。たがいの音がしっかりきこえるように、まわりの刺激で気が散ってしまわないように、という配慮もあるが、いちばんの理由は、わたしがテレビやラジオに気をとられているとごきげんななめになるからだ。だっこしながらおしゃべりすることもあれば、じっくり向かいあっておしゃべりすることもある。先にそうすけが話しはじめるのを待つ。そうすけが、あい、といえば、あい、という。おお、といえば、おおお、という。いえい、といえば、いえいいえい、という。ときどきおまけをつけて返事をすると、きゃっきゃっ、と、よろこんでくれる。ので、すこしアレンジしながら相づちを打つ。たったこれだけのことだが繰りかえしていると、あっという間に1日が終わってしまう。

 おしゃべりにも慣れてきたので、そろそろおばあちゃんに声をきいてもらおうと母に電話した。母は大よろこびだ。そうすけくん、こんにちはー。おばあちゃんだよ、とフライング気味に話しかける。が、こうなると逆に、おしゃべりしてくれなくなる。先にそうすけが話しはじめるのを待ったほうがいいよ、といっても電話の向こうだとタイミングがわからない。けっきょく声がきける前に、泣きだしてしまった。子どもごころは、いつもデリケートなのだ。

4月12日、祝・寝返り。(生後109日)

 じつは2週間ほど前から、気にはなっていた。そうすけの動きが、どうもあやしいのだ。ベビーベッドで泣きはじめたときにタイミングが合わず、わたしがトイレに入っていることがあった。もどってみると、ベッドの柵にあたまをぶつけたのだろうか、さらに声を上げてびゃんびゃん泣いていた。しかも、そばに置いてあったおもちゃがぜんぶなぎ倒されているではないか。このような場面に、なんどか遭遇した。どうしたら、こんな状況になるんだろう。ベッドで大泣きしているときに、しばらく様子を見てみることにした。するとそうすけは自分から、右に、左に、からだをよじって背中をそらせながら、すこしずつ、すこしずつ、上のほうに移動しているではないか。どうやら、大泣きしたあとにからだをよじっているのではなく、からだを大きくよじったあとに泣きだしているようだ。まるで、自分のからだが思いどおりに動かず、腹を立ててあばれているようだ。もしかしてこれって、寝返りをうとうとしているのかも。

 生後3か月を過ぎて首がすわってくると、こんどは赤ちゃんは寝返りをうつことをおぼえるようになる。そう、まさにいま、そうすけは寝返りという新たな難題にとりくんでいるわけだ。そして、その難題をクリアする瞬間はいきなりやってきた。風呂あがりにだんながミルクをあげてげっぷを出そうとしていたが、きょうはなかなか出なかった。いつもならげっぷが出てぐっすり眠るところだが出なかったので、ぱっちり目が覚めてしまった。それでもベビーベッドに連れていっておもちゃであやしているうちに、なんとか眠りについた。数分ほどしてそうすけが泣きだしたかな、と思ったとたん、ガタガタガタッとなにかが落ちる音がした。ベッドの柵を上げているので、そうすけが落ちることはないのだが。あわててそばにいって見ると、ベッドの上に並んでいたおもちゃがぜんぶ床に落ちていた。そうすけは、柵にへばりつくようにしながら大泣きしていた。きっとまた柵にぶつかったのだろう。もともといた位置にそうすけをもどして、あやして、ようやくふたたび眠りについた。それでもまたおなじことを、なんども繰りかえしていた。なるほど、たしかに寝返りをうっている。右から左へなんども寝返りをうっている。トレーニングしているようだ。

 あたまを柵にぶつけるとかわいそうなので、そうすけのあたまをいつもと逆に置いてあやすことにした。かるくひと眠りしたあと、そうすけがどう動くのか観察してみると、下半身をひねってうつ伏せになり、左腕を右下からぬいて器用に寝返りをうっていた。こんどはそこに柵はなく、ふかふかでやわらかいぬいぐるみのわんちゃんが待機していたので、そのまますやすや眠りについた。いまは左腕を下にしての寝返りしかうてないが、そのうち逆方向もうてるようになるだろう。そうすけはベビーベッド以外に親のベッドで添い寝もするので、そろそろ転落防止のクッションを用意しておいたほうがよさそうだ。

4月11日、めざせ世界一。(生後108日)

 ゴルフの世界一を決める試合が、きのうからはじまった。アメリカで行われるマスターズとよばれる大会だ。日本との時差があるため、テレビ中継は早朝の4時半から放送される。ちょうどそうすけの夜2回めの授乳が終わったタイミングで放送がはじまった。だんながさっそく起きてきて、そうすけのおむつをとりかえてくれた。わたしはベッドにもどってもうひと眠りしたが、だんなはマスターズを見るためリビングに残った。だからここから先はだんなの体験談になる。わたしが寝ているときに、おもしろい出来事があったそうだ。

 そうすけは明け方の授乳が終わったらたいてい、そのまま寝ようとしないでおめざめモードになる。朝早い時間からいきなり、かまってモード全開になることも多い。今朝もそうだったようで、だんながテレビでゴルフ中継を見ているといきなりベビーベッドから、ねえねえあそぼうよーとよびかけるように泣き声がきこえた。そこでだんなは、そうすけをソファに連れてきて自分の太ももの上にすわらせ、上腕で上半身を支えながらいっしょに試合を見たそうだ。世界でいちばん美しいといわれるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは、テレビ画面で見てもグリーンがはっとするほど美しい。そうすけもくぎづけになって、いっさいぐずらず試合に集中していたそうだ。赤ちゃんは原色系のシンプルな色に興味をもつといわれているが、そうすけも例外ではなかった。

 はじめのうちは、きれいなグリーンをただ見ているだけだろうと思っていただんなも、あっとおどろく瞬間が6時過ぎにやってきた。世界ナンバーワンプレーヤー、ローリー・マキロイ選手が、きょうは調子がよくないようで予選落ちのピンチに立たされていた。そんななか、13番ホールの5打であがればパーのロングホールで、なんとマキロイ選手はイーグルを決めた。3打であがったのだ。ミラクルを目の当たりにしたとたん、それまではグリーンに見とれていたはずのそうすけが、ガッツポーズをしたそうだ。イーグルパットを決めたマキロイ選手に同調して、激しく腕を動かしただけなのかもしれない。が、ふしぎなことに、ほかのプレーヤーがどんなにすごい技を見せてもそうすけは反応しなかったらしい。世界一のマキロイ選手のときだけ反応するんだよね、と。

 だんながマキロイ選手を応援していてよろこんだしぐさを見てまねしたんじゃないの、ときいてみると、それはありえない、と、だんなが力説する。なぜならだんなが応援していたのは、マキロイ選手ではなくてジェイソン・デイ選手だったからだ。そうすけは自分の意思で応援していたことになる。いやもしかすると自分が世界一になる日のことを考えているのかもしれない。