Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

7月21日、マタニティショーツ。(妊娠16週4日)

 遅めのランチをたべたあと、おさんぽがてら、マタニティ用品をあつかっている専門店に立ち寄った。マタニティウェアや雑貨をはじめ、お産のための準備品や赤ちゃんのためのおむつ、粉ミルク、ベビー服、離乳食、お風呂まわりのグッズ、せっけんや洗剤、おもちゃ、ベビーカー、などなど。品ぞろえも充実していて、夫婦や家族連れの客でにぎわっている。これは、ラクチンだなあ。

 まずは、食品売り場でびっくり。妊婦に必要な栄養素をバランスよくとれるサプリメント、カルシウムや鉄分が入ったクッキーやウエハース、カフェインレスのコーヒーに、ノンアルコールカクテルなど、とにかく種類が多い。お菓子に目移りしそうになりながらも、サプリメントを選んだ。こんど来たときには、おやつも選んでみよう。カフェインレスのコーヒーといっしょに。

 そして、マタニティ用品の下着コーナーへ。マタニティショーツがほしい。このごろ、おなかがぐんと大きくなってきて、いつもはいているショーツをきつく感じるようになった。やさしくおなかを包んでくれるものを選びたい。売り場には、さまざまなショーツがならんでいる。が、なかなかピンとくるものが見つからない。いつも下着を選ぶときの感覚でいると、デザインがパッとしないように見えるからだ。もっと、おしゃれなものがいいなあ。いや、待てよ。マタニティショーツなんだから、機能性を重視しないと。買いものかごに、あっちの商品を入れたり、こっちの商品に入れかえたり、迷うこと30分。だんなも、ためらいなくショーツを手にとって、いっしょに吟味していた。けっきょく選んだのは、いちばんシンプルなデザイン。妊婦帯とショーツが一体化したデザインも、ためしてみることにした。パッケージには、ママとメーカーの共同開発商品、と書かれている。広告制作をしていても、こういう口説き文句にはよわい。先輩ママたちが認めたデザインだから、きっと、まちがいないにちがいない。おなかまわりが立体編みになっているレギンスも購入した。

 ついでに、ベビーカー売り場も見にいった。いろいろあるなあ。たくさんのブランドがあって値段もぴんきりだ。レカロのベビーカーはレーシングカーのシートをつくっているメーカーなんだよ、と、だんなが得意げに語る。こんなうんちく、いったいどこでおぼえてきたんだろう。ほかにも人気のベビーカーをいろいろ見ながら、ふたりで出した結論は、やっぱりレンタルしたほうがいいんじゃないの、だった。まだまだ、時間はある。ゆっくり考えることにしよう。

7月20日、きれいなお母さん。(妊娠16週3日)

 仕事場の先輩女子にさそわれて、メイクレッスンに参加した。10人ほどの仲間があつまって、わいわい、たのしいイベントだ。ずっと前から行きたいと思っていたので、朝からワクワク。心ゆくまで、きれいになっちゃいますよ。14時からスタートだったが、ちょっと早めに到着して、お店のまわりをぶらぶら歩いていた。運動不足に、ちょうどいいウォーキングだ。

 お店にはメイクグッズだけでなく、かわいい雑貨があちらこちらにならべられていた。女子たちがだいすきなものばかり。見ても、つかっても、いやされそうなバスグッズ、カラフルなパワーストーンのアクセサリーに、オーラソーマのボトル。まるでリゾートにいるみたい、こんなところでメイクレッスンを受けたらご利益ありそうね、と、レッスンがはじまる前から大盛りあがり。

レッスンは、クレンジングからスタートした。オイルをつかってマッサージするように指の腹をすべらせながら、汚れを落としていく。やさしく、やさしく、なでるように。けっして肌をこすってはいけない。日ごろから、ごしごし洗っていたのを、あらためて反省する。汚れを落としたら、シュガースクラブだ。スクラブといえば、砂糖よりも塩を思いうかべる人のほうが、きっと多いだろう。わたしも、そうだった。シュガースクラブは、砂糖の保湿効果と水にとけやすい性質を活かした角質ケアで、塩のスクラブにくらべて肌への刺激がすくない。水でぬらした肌にのせて、やさしくなでるようになじませていく。水分と体温で砂糖がとけだし、浸透しながら、肌をふっくらやわらかく保湿する。肌にすーっと、とけてひろがる瞬間が、気もちいい。
「あー、たまらん」
「見て、ふっくら」
「ごちそうをたべて、肌がよろこんでいるよ」
「このカンジ、忘れないでくださいね」
「はーい」
みんなすっかり、恋もメイクも知らない少女時代にもどったようだ。

 化粧下地クリームと、ファンデーション。どちらも、はじめに手のひらでうすくのばしておいて、短時間でスッと顔全体につけるといい。中心から外側へ、ぴたっと、肌をもちあげるように手早くのばす。指の腹や手のひらをつかって、ひたひた、なじませる。Tゾーンや目もとなどの、とくに気になる部分には、薬指の腹をつかって、ぽんぽん、なじませていく。ここでも、肌をこすらないように気をつけて。肌をこするという行為は、しわを描きこんでいるのとおなじだ。指先で、ぽんぽん。こすらないように、気をつけよう。
 フェイスパウダーにも、コツがある。ちょうどいい場所に、ちょうどいい色を適量のせること。のせすぎない。ほとんどの人が、のせすぎになりがちなんだそうだ。いちばんよれやすい目の下からのせて、Tゾーン、そしてチークがわりの色を、ほほに。フェイスラインは、あごからこめかみに向けてシュッと一筆書きをするように。これで、スーパー美人肌のできあがり。よしよし。

 眉は、顔の印象の8割を決める。黄金比をキープしよう。手もちの筆をあわせながら、眉頭、眉山、眉尻のバランスをチェック。眉が太すぎる、と思っても、ムリに抜かないで、シェーバーやカミソリなどをつかって処理するほうがいいそうだ。毛抜きで強引に細くしてしまった過去を反省。自分の手でなくしてしまった毛は、描きくわえるしかない。眉毛さん、ごめんなさい。
 アイメイクは、夏にぴったりのブルーやパープルをつかった、マーメイドメイクに挑戦。だいすきな海の色だ。涼しげで、どこか、色っぽい。これで、夏の視線は決まりでしょう。こんどは、つけまつげに夢中。つけまつげの長さやカーブひとつで、かわいい女性になったり、クールな女性になったり。自由自在に生まれかわれる。メイクって、たのしいなあ。仕事場にいるときは、ほとんど気をつかったことがなかったけれど。鏡に向かってつけまつげと格闘しているみんなの目が、きらきらしている。女子って、やっぱり女の子だなあ。

 メイクレッスンが終わって、みんなでごはんをたべに行って、たのしく話して解散した。家に着いて、あらためて鏡を見た。唇にのせていたつやつやのグロスが、すっかりとれている。たくさん笑っていたからか、目の下のファンデーションもよれている。それでも、とてもきれいだ、と思った。そうすけが生まれるときには、45歳。ずーっと、きれいなお母さんをめざそう。

7月19日、そうすけ見えた。(妊娠16週2日)

 9時半から、妊娠検診だ。朝、CDをききながら風呂に入っていたら、ぎりぎりになってしまった。髪が半乾きのまま家を出て、婦人科へ急いだ。健康保険証と診療予約カード、妊婦健康診査受診票、母子健康手帳を、受付に提出する。いつもの4点セットだ。きょうは、受診票も切りとって記入してきている。
「7月は2回めですので、健康保険証は出さなくてもいいですよ」
「あ、そうでしたね」
4点セットでカンペキだと思っていたのに、まだまだ未熟のようだ。検尿をとり、血圧と体重を測って、名前を呼ばれるまで待つ。だんなはきょうも、本を読みながら待っている。わたしはきょうも、本を忘れてしまった。

 しばらくして、ベッドのある診察室に案内された。わたしだけ先によばれて横たわる。と、だんなもあとからやってきた。よしよし、いつもどおりだ。経腹エコー検査がはじまった。
「わあ、大きくなりましたねえ」
だんなのひと言をきいて、安心した。モニターはだんなに向いていて、わたしからは見えない。先生とだんなの会話をきいて、推察することにしよう。
「よく動いているなあ」
「元気ですね」
「これは、手ですか」
「足ですね」
「あっ、こっちが手ですか」
「足ですね」
前回の検診で見た手のインパクトがつよかったのだろうか、だんなは手が気になるようだ。いっぽう、先生は足に集中している。
「なにを測っているんですか」
「大腿骨のサイズです」
「だいたいこつ」
「はい、サイズを測ろうとしているんだけど、よく動いていますね」
「やんちゃだなあ」
そうすけが元気すぎて、測りにくそうだ。そんなささいなことも、うれしくてしかたがない。動いていたら、あるものまで、あらわになってしまった。
「ああ、男の子ですよ」
「お、男の子」
「ここが股なんですが。見えますか」
「ほお、おおっ」
ようやくモニターが、わたしのほうに向けられた。待っていました。
「ほら、ここに。なんか見えますね」
「おちんちん、ですか」
「ですね」
「わ、ばっちり見えちゃってますね」
そうすけは、そうすけだった。ますます愛情がわいてくる。まだ実感できてはいないけれど。そうすけが、ここにいる。いますぐ会いたくなってくる。

 きょうの検診が終わったら、マタニティヨガのオリエンテーションに行こうと思っている。医師の診断書をもらおうとしたら、先生に注意を受けた。
「わたしは、まだおすすめしません」
「だめですか」
「神戸さんの年齢を考えると、なるべく、運動はひかえたほうがいい」
「高齢だから、ですか」
「いま44歳ですよね、もうすぐ45歳」
「はい」
「本来なら、ゆっくり休んでほしいくらいです」
「…様子をみようかな」
「あと2週間、様子をみて決めましょう」
いったんゴーサインを出したら、とまらない。そんな性格をわかって、先生はアドバイスしたのだろう。年齢をあまくみていると、イタい目にあう。あらためて考える。いつものように強気でいても、年齢だけはごまかせない。妊娠していると、なおさらだ。オリエンテーションは、キャンセルすることにした。

7月18日、どすこい母さん。(妊娠16週1日)

 腰まわりが、どっしりしてきた。わきばらをつまむと、ぷにっ、としているのがわかる。まだまだはじまったばかり、と思いながらも、日に日に変化していくからだを自覚してあせる。後輩の先輩の体験談を、ふと思いだした。
「妊娠後期に左足がまっ青になって、びっくりしちゃった」
「うっ血すると、そんなになるんだ」
「ホント、いろんなことが起こってくるよー」
「もともと滞りやすい体質だからね、覚悟しないと」
そうだ、親せきの法事に行くとかならず、足がしびれて、ころびそうになっていた。かかとを立てて座ってみたり、足の親指をひねってみたり、なおそうとしてみるけれどムダ。なにをやってもかわらないので、あきらめていた。

 妊娠中は、横向きに寝るのがいいそうだ。あお向けに寝ると、心臓に血液をもどす大静脈という大切な血管を、圧迫してしまう。さらに、おなかが大きくなると、腰痛を引きおこしてしまうことも多いらしい。いちばんいいのは、左側を下にして横向きに寝る姿勢。むくみをはじめ血液の循環がわるくなって起きるさまざまなトラブルを、未然に防ぐことができる。からだの左半身を下にして、上側にある右足のひざを曲げて、うつぶせぎみに横たわる。左手は背中にまわすといい。ためしてみたら、あらら、こんどは腕がしびれてしまった。
 横向きに寝るのが、お母さんにも赤ちゃんにも安全で、ラクにすごせる。たしかに、そのとおりだ。自分がリラックスできる横向きを探してみようと思う。リビングでだらっとしているときにいつもつかっているクッションをつかってみるのも、いいだろう。おなかのそうすけといっしょに、ごろごろしよう。

 母からまたまた、便秘必勝対策メールがとどいていた。
「きょうはあついね。水分をしっかりとってね。1日1回は、酢のものをとるといいよ。黒酢のもずく、おいしいよ。もずくは食物繊維たっぷりだから、便秘予防にもぴったりだよ。あつい日がつづくけれど、からだに気をつけて」

7月17日、16週0日。(妊娠16週0日)

 いよいよ、妊娠5か月めをむかえる。実感は、まだない。16週めになると安定期とよばれ、流産の可能性もすくなくなってくる。適度にからだを動かすことを心がけましょう、と、いわれるころだ。待ってましたよ。こんどの連休から、マタニティヨガをはじめよう。さっそく予約の電話を入れてみた。
「こんにちは」
「マタニティヨガの予約を入れようと思っているんですが」
「医師の診断書はおもちですか」
「はい、提出できます」
「1回めはオリエンテーションを受けていただくことになります」
「どんなオリエンテーションですか」
「妊婦さん向けにアレンジしたポーズがあるんですよ」
「へぇ、新しいポーズかあ」
そういえば、ほかの人とちがうポーズをとっている生徒さんを、なんどか見かけたことがある。おなかに負担をかけないように、うつぶせのポーズを避けてちがうポーズをとっていた。5年以上つづけてきたヨガも、妊娠をきっかけにもういちど基礎から学びなおすことになる。新鮮な気分だ。足をしっかり開いて、大地に根っこをはりめぐらせるようにして、立つ。おなかに無理なちからがかからないように、ひとつひとつ、ていねいにポーズをとる。大切なのは、しっかり休むこと。やりたくてもがまんする、という感覚をおぼえること。

「最初は、どのポーズを休むかを、学んでいきます。それから、妊婦さん向けにアレンジしたポーズを、おぼえていきます」
「それから、レッスン、ですね」
「はい、なので、レッスンをすぐに再開することはできませんが、どうかご理解くださいね」
学生のころ、問題を解いている途中でつい、答えを見てしまったこともあったなあ、と思いだしていた。ゲームをしていても、早くつぎへすすみたい、と攻略本を買っていたりしたなあ。やりたくてもがまん、ちゃんとできるかな。やりたいことをやらないのも、すばらしいチャレンジです。と、マタニティヨガの紹介文に書いてあった。わたしのチャレンジは、まだ、はじまったばかりだ。

7月16日、エールのメール。(妊娠15週6日)

 本来なら、こんどの連休に宮古島へ行く予定だった。からだの調子はわるくないが、はじめての妊娠なので、だんなにも了解をもらってキャンセルすることに決めた。キャンセルは、それだけではなかった。8月には、利島でイルカと泳ぐつもりだった。9月には、石垣島でマンタに会うつもりだった。そのすべてをキャンセルすることにした。利島や石垣島には、今年はじめてお世話になる人もたくさんいて、お会いする前からご迷惑をかけてしまったことを、ほんとうに申しわけなく思う。しかし、ダイバーは、みんなやさしかった。

利島のFさんからのメール。
「こんにちは。利島のFです。ご妊娠、おめでとうございます!イルカもこの春に赤ちゃんが2頭生まれて、すっご~くかわいいですよ!どうか、おからだをだいじにしてくださいね~」
 石垣島のIさんからのメール。
「お世話になります、Iです。おめでたいことじゃあないですか!ぜ~んぜんだいじょうぶですよ~。数年後、もっとすごいポイントが見つかっているかもしれませんし~。逆にマンタがいなくなっちゃったらどうしよう!!」
 石垣島のKさんからのメール。
「会えないのはざんねんですが、うれしいお知らせ!おめでとうございます~♪お子さんが大きくなられたら、いっしょにあそびにいらしてくださいね。ずっとお待ちしていますよ」
 石垣島のNさんからのメール。
「こんにちは、Nです。ご連絡ありがとうございます。これから、いっぱいたのしみがふえますね!数年後にぜひ、元気なお子さんとあそびにきてください。かならず、連絡くださいね。待っています」

 もりもり、元気がわいてきた。みんなのメールに負けないくらい、明るく元気な赤ちゃんを産もう。大きくなったら、いっしょに海に行こう。ダイバーのみんなに、会いに行こう。いまから待ちどおしくなってきた。

7月15日、2020年。(妊娠15週5日)

 スマホに子守りをさせないで、というタイトルの記事を読んだ。わたしたちが子どものころには、テレビを子守りがわりにするな、と、いわれていた。スマートフォンが、テレビの座をすっかりうばってしまった。しかもいまや、おとなだけでなく子ども自身も、スマホやタブレットをあたりまえにもっている。小学生の3人に1人は、もっているそうだ。3人に1人とは、おそるべし。そうすけが小学生になったころには、みんながつかっているだろう。
 実際スマートフォンの子守りアプリはたくさんあって、音が出るもの、動画が流れるもの、さわってゲームをするものなど、月齢にあわせたものがいろいろそろっている。電車やレストランのなかで子どもにあたえておくと、静かにしているのでちょうどいい、と肯定的な親も多い。いっぽうで、スマホやタブレットばかり見ていると、視力がわるくなったり、親子のコミュニケーションが不足したり、五感の発育に影響が出たりすることを懸念している親も多い。
 携帯電話のなかった時代に育ってきたわたしも、スマートフォンがなくてはならない毎日を送っている。すでにあたりまえの環境に生まれてきた子どもたちにとって、なにが必要で、なにが不要になるのだろう。あたまごなしに否定するのでもなく、便利さにあまえるのでもなく、いっしょに考えながら、そのたびに答えを出していくべきだろう、と思う。進化をつづける技術に、気おくれしている時間はない。時代は、常に変化している。

 午後、所属部署のメンバーが、ぞくぞくとセミナールームにあつまった。社長と社員とのディスカッションが、おこなわれる。テーマは、2020年のビジョンについて。2020年、どんな暮らしが待っているだろう。どんな未来にしていきたいのか、考えてみよう。もちろん、答えはすぐに出せないだろう。迷ったときにはあせらず、わくわくするほうをめざしてみよう。この数か月だけでも、さまざまな変化があった。6年後にはきっと、もっと想像を超える世界が待っているにちがいない。想像を超える自分にも会いたい。会いたい自分に会えるだろうか。話をききながら、ふたつの鼓動を感じていた。

7月14日、羊水検査。(妊娠15週4日)

 やっぱり、ドイツはつよかった。ワールドカップ、ドイツ対アルゼンチンはドイツが延長の末、1対0でアルゼンチンをやぶった。ドイツの優勝は24年ぶりだそうだ。スタジアムは大盛りあがり。いっぽう、アルゼンチンを応援していただんなは、脱力しまくり。でも、メッシが大会のMVPに選ばれて、よかった、よかった。あらら、背中を向けたまま、じっとしている。ふて寝しているみたいだ。わたしも眠くなってきた。もうすこし休もう。

 午後から、羊水検査がある。仕事場で打合せを終えると、さっそく恵比寿のクリニックに向かった。30分ほど早く着いた。受付がすんだら、待合室で本でも読もう。またまた眠くなってきた。うとうとしながら待っていた。
「15番の方、お入りください」
「はい」
ショートカットの看護師さんが、きびきびと準備している。診察室のベッドに横たわった。服をまくって、おなかを見せてスタンバイ。こうやっておなかをのぞくと、大きくなってきたなあ、と、あらためて実感する。
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
院長先生が自ら、検査をしてくれる。おだやかな笑顔の男性だ。40代後半から50代前半くらいだろうか。が、この分野の専門家で、20年以上も羊水検査の経験があるそうだ。説明もわかりやすく、安心感がある。
「あっという間に、終わりますからね」
「はい」
ほんとうに、あっという間だった。おなかに麻酔をぬって、超音波で胎児の位置や姿勢を確認すると、すっと細い針を刺して羊水を採取する。ふつうに採血をするときとおなじように、しばらくじっとしているだけでいい。
「終わりましたよ」
「ありがとうございます」
「これが羊水です」
先生が、試験管に入った羊水を見せてくれた。黄色くて透明な液体だ。話にはきいていたけれど、おしっこに似ている。このあと、5分ほど休んで気分がわるくなければ、会計をして出てもだいじょうぶだそうだ。念のため、30分ほど休んで出ることにした。次の予約は入れずに、28日の午後に電話を入れて結果が出ているかどうかを確認、出ていたら当日クリニックへうかがうことになった。24時間以内は、お風呂ではなくシャワーをつかってください、とのこと。大事をとって、きょうはのんびりすごすことにしよう。

7月13日、理想の太りかた。(妊娠15週3日)

 ワールドカップ3位決定戦は、3対0で、オランダがブラジルに勝った。見たかったロッベン選手の走りが見られて、うれしかった。きょうは、ほんとうに空っぽになるまで全力を出しきった。と、試合のあとに語るロッベン選手の笑顔が、すがすがしかった。決勝進出をのがしたのは残念だけど、本人も満足のいく試合ができたにちがいない。きっと、4年後のワールドカップで走っている姿を見ることは、できないだろう。できるかな。できますように。

 朝、いつものように風呂に入ってから体重計にのった。なんと、0.5キロ減っていた。きのう、あんなにたべたんだけど。ランチパーティーのときにたべたメニューを、順番に思いだしてみる。ベトナム風野菜たっぷりサラダ、有頭海老の串焼き、フライドポテトにフライドガーリック、焼きたてのフランスパンにグリーンカレー、バジルシードとナタデココのチェー。サラダとカレーは、おかわりしてしまった。それだけでは終わらない。おしゃべりをしているあいだに、みんながもってきた手土産を、みんなで開けてたのしんだ。山形のさくらんぼ佐藤錦、とらやのもなか、あたたかいローズヒップティーにルコントのフルーツケーキ。しかも、夜、家に帰ってから、ぱらぺこだっただんなにつきあって、チーズナンにバターチキンカレー、シーフードカレーをつまんでしまった。なのに、体重減。そうすけがエネルギーを消費したのかな。

 お母さんのとった栄養がそのまま、赤ちゃんにとどくわけではない。いちどお母さんのからだのなかにたくわえられて、そこから選びだされた必要なものだけが、赤ちゃんにとどけられる。鉄分やたんぱく質、ビタミンなどの栄養素は、いつもよりたくさんとったほうがいい。が、1日の摂取カロリーは妊娠後期でも350キロカロリーをプラスする程度でいいそうだ。これは、あんまん1個ぶんだ。おなかの赤ちゃんのぶんまでたべなさい、と、いうセリフを信じすぎてはいけない。妊婦は、たべすぎに気をつけたほうがいいらしい。
 どこまで体重がふえても、だいじょうぶなんだろう。理想的な体重増加の目安があるらしい。やせているか、太っているか、もともとの自分の肥満状況がわかれば、数字を導きだすことができる。BMIという指数がある。いま国際的にもっとも信頼されている体格指数だといわれている。

妊娠前の体重(キログラム)÷身長(メートル)の2乗

医学的にもっとも病気がすくない数値を22として、18以上25未満を標準、18未満をやせぎみ、25以上を太めとする。わたしのBMIを計算してみると、約18.5。標準になった。標準の人は、7キログラムから10キログラムが、理想的な体重増加とされている。やせている人は、10キログラムから12キログラム。太っている人は、5キログラムから7キログラム。ただし、BMIがいくら適正範囲といっても、一気に太るのはよくない。1週間に0.5キロ以上ふえたら要注意。妊娠中毒症のおそれも出てくるという。体重増加は、なだらかなカーブを描きながら変化していくのが、理想的だといわれている。1か月に1キロ増のペースだ。できるかな。できるようになるしかないのだ。

7月12日、安産のコツ。(妊娠15週2日)

 きもの着こなし講座の先生宅に、およばれした。先生がつくったベトナム料理を、みんなでごちそうになろうの会だ。先生のお言葉にあまえて、おなかをすかせてなんにももたずに先生宅へおじゃました。
「こんにちは」
「神戸さん、早く、早く」
「カンパイするよ」
みんな、早いなあ。12人の生徒たちの10人ほどが到着していた。さっそくシャンパンのグラスを手わたされた。
「カンパイ」
いよいよランチパーティーのはじまりだ。2人はあとから遅れてくるので先にのんびりはじめましょう、ということだった。12人のうちの9人はきものやゆかたを着ている。きれいだなあ。わたしは洋服で参加した。ほかにも洋服で参加した生徒さんがいてくれてよかった。きょうはあつくて汗ばむから、きものを着こなすにはコツがいる。補正と汗とりを兼ねて、さらしをキュッと巻くといい。わきの下を締めていると、顔に汗をかきにくいのだ。でも、巻きすぎるとくるしくなるから、気をつけて。
「先生、麦茶ありますか」
「わたしも麦茶にします」
お酒のよわい生徒さんがいてくれてよかった。わたしも便乗する。が、先生におかしいと思われてしまったようだ。
「えー、のまないの。からだ調子わるいの」
「じつは妊娠しちゃいました」
拍手喝采。みんなが、盛りあがった。ありがとうございます。でも、やっぱりこういう展開はなれないというか、ぎこちないというか。

「つわり、つらくない?」
「つわり、こなかったみたい」
「トイレにかけこんでおえっ、とか、ならなかったんだ」
「うん、ぜんぜん」
「そういう妊娠もあるんだー」
みんな、興味シンシンだ。うちもいま授乳中、という生徒さんがいた。こんどはわたしが、興味シンシンだ。6歳と1歳の息子さんがいて、ふたりとも自然分娩で産んだそうだ。安産のコツってあるのかな。
「出産前は、たくさん歩いたほうがいいよ」
「どのくらいのペースで」
「わたしは3時間くらい歩いていたよ」
「ふつうの速さでいいの」
「そう、ウォーキング。臨月で仕事を休んでからは毎日歩いていたよ」
「すごいね、毎日」
「赤ちゃんが下りてくるからねー、気分転換にもなるし」
「そうなんだ」
「臨月がさむい季節でよかったよね、きょうみたいな日だとたいへん」
そういわれてみて、気づいた。12月に臨月をむかえる。たくさん歩けそうな気がする。そうすけが、このタイミングを選んでくれてよかった。