Diary

にんしん日記

44歳で妊娠、45歳で出産した神戸 海知代の妊娠・出産・子育てせきらら体験記。
妊娠を知った2014年6月6日からまる1年、1日も休まずつづった記録です。

2月6日、産後健診。(生後44日)

 午前9時の産後健診をうけるため、日赤医療センターへ向かった。産後健診というのは、出産後の母体をチェックするための健診だ。産科外来で、血圧と体重をはかり、産後問診票を記入、検尿を提出して、ロビーで診察を待った。先週の1か月健診で採血をしていたが、その結果もきけるはずだ。いい結果がもらえますように。受験生になった気分になる。だんなと、そうすけも、つきあってくれたのがうれしい。終わったらおいしい昼ごはんをたべにいこう、と話している。大学受験のころにも、こんな約束を母としていたのをふと思いだす。

「かんべさん、3番の診察室へお入りください」
診察室に入ると、さっそく内診をうけることになった。
「痛くないですかねえ」
「器具が入りますが、痛くはないですよ」
内診はニガテだ。でも、そんなことはいってられない。
「はい、子宮の収縮状況を診ますね。とてもいい状態ですよ」
「あ、ありがとうございます」
「子宮はきれいです。異物も残っていませんね」
「よかった。子宮筋腫はどうですか」
「複数ありますが、小さいですし、様子をみていきましょう。半年か、1年後でいいので、チェックしてください」
「はい、わかりました」
順調に回復しているようで、ほっとした。退院直後のことを思いだすと、ばんばんざいだ。あのときは、どうなることやらと、とまどうどころかブルーな気もちになっていた。7種類の薬をのんだのもはじめてだった。それでもからだはちゃんと、こたえてくれるのだ。あせらなくたって、よかったんだ。
「血液検査の結果も、問題ないです」
「甲状腺ホルモンは…」
「正常です。もう、妊娠前の生活にもどっても、だいじょうぶですよ」
「もう、お薬のまなくても、いいんですね」
女医さんが笑いながら、だいじょうぶです、と、こたえてくれた。あとひとつきいておきたいことがある。ずっと、気になっている症状についてだ。
「尿もれが、なかなかなおらなくて」
「だいじょうぶ、かならずよくなりますよ」
「気にしすぎなのかな」
「なおるまでに時間がかかるので、気になるんですよね」
「たしかに、よくはなってきたかも」
「どうしても気になってしまうようでしたら、相談くださいね」

 帰りにおいしい昼ごはんをたべて、ベビー用品専門店に寄って、そうすけのベビーソープを買った。ベビーソープだけを買うつもりだったのが、ついつい添い寝用のクッションやおもちゃまで買ってしまった。このおもちゃであそびたいなあ、と親のほうがほしがっている。おとなだって、あそびたいのだ。

2月5日、産後ケアその3。(生後43日)

 産後ケアも、きょうでおしまい。さいごの1日は、どんな体験ができるかな。きのうからきょうにかけては、添い乳をマスターしたおかげで、ひと晩ずっと、そうすけとベッドですごすことができた。おむつをかえるのにいちど起きたくらいだ。移動をすくなくするだけで、からだの負担がこんなにちがうなんて。添い寝や添い乳はたいへんだと思っていたけれど、なれるとこちらのほうがすごしやすい。こうしたちょっとした心がけの積みかさねで、正しいからだがつくられていくんだなあ。逆にいえば、ちょっとしたムリだってがまんをつづけているとたいへんなことになるわけだ。これからは気をつけよう。

 おどろいたこと。2泊3日のあいだ、からだにいいものばかりたべていたからだろうか、おっぱいがふわふわになった。根菜をはじめとする冬が旬の食材や海藻をたっぷりつかったメニュー。油分はひかえめに。野菜は生のままではなく温野菜にしてたべる。のみものは、あたたかい健康茶。とにかく、からだを冷やさないように気をつける。それだけで、おっぱいの手ざわりがかわった。意外なことに、乳製品はとりすぎるとよくないそうだ。脂肪分が多く含まれているため、乳腺炎になりやすいという。おっぱいにいいと思ってヨーグルトを積極的にとっていたのに、それも乳口炎にはよくないときいておどろいた。

 お昼ごはんのあとに、ひと休みして、風呂に入った。風呂に入る前に助産師さんが用意してくれた体温計と体重計で、そうすけの体調をチェックした。体温が37.2度。体重は4165グラム。4000グラムを超えていた。数字のことは気にしない、気にしない、と思いながらも、うれしくて、うれしくてしかたがない。たしかに成長している。大きな湯船のなかでのびのびと手足を動かしているそうすけが、たのもしい。きょうは落ちついて、風呂場でおしっこをしなかった。これも成長だ。風呂からあがって服を着るまでは、ぎゃん泣きをしていたけれど。泣き声もいつのまにか、迫力がアップしてきている。

「そうすけくん、はじめてのお子さんですよね」
「はい、そうです」
「とても落ちついていらっしゃるから、初産には見えなくて」
「あははは、年が年なもんで…」
「あ、いえいえ、そうじゃなくて。もっとあわてていたり、不安がっていたりする方が多いんですよ、初産の方って」
「えっ、そうだったんですか」
スタッフさんと話しているとき、知った事実。毎日おっかなびっくりのわたしでさえ落ちついて見えるほど、みんなも、おどろいたり悩んだりしている。不安になるのはあたりまえ、と思っているくらいがちょうどよさそうだ。

2月4日、産後ケアその2。(生後42日)

 添い寝作戦、大成功。と、いきたいところだったが、そうはならないところが子育てのおもしろいところだ。2日めは、そうすけといっしょに、ぎゃん泣き大会だ。まずは深夜から、朝まで生ぎゃん泣き。オーディオもテレビもない、ものすごく静かな部屋に、そうすけの泣き声がひびきわたった。きのうあれだけ寝ていたら、目が冴えてしまうよなあ。ごめん、ごめん。おっぱいでなんとかごまかしながら、朝をむかえた。けっきょく完徹してしまった。

「それは、たいへんでしたねえ」
「どこに泣きのスイッチがあるのか、わからなくって」
「ですよね。わたしも2人子どもいますが、そうでしたもん」
「泣くのになれちゃいましたよ」
「そう、なれることがいちばんですよ」
助産院のスタッフさんが笑っている。こうやって、何人ものママを相手に笑ってきたんだろうなあ。そう、どんなときにも、こんなふうにリラックスできることが大切なんだ。わかってはいるが、ついあせったり、イライラしたりしがちになる。それを小出しにして、じょうずに息抜きしながらやっていくのが、いいみたいだ。いいみたいだ、と書いたのは、万事うまくいくわけではないからだ。きっと万事うまくいかないから、子育てはおもしろいのだ。

 午後、アロママッサージをうけながら、出産にまつわるおもしろい体験談をきいた。そのときはたいへんだったが、いまとなってはおもしろい話だ。20代前半くらいの妊婦さんが、いきんでいるうちに、いきむのがしんどくなってしまったそうだ。しんどいのががまんできなくなって、とうとう、いきむことをやめてしまった。わたし産めません、と、ぎゅっと目をつぶった。つぶった目を開けようとしない。分娩台にいながら産むことを拒否する、ふつうでは考えられない展開だ。助産師さんが説得すること、30分。ようやく気をとりなおして出産にとりくんだ。それでも産めなくて、自然分娩から帝王切開にきりかえたそうだ。
「無事に生まれてきてよかったですね」
「お母さんが産んでくれないと、赤ちゃんもこまりますもんね」
「生まれるんじゃなくて産むんですね、お産って」
「そうそう。産まないと」
お母さん自身、自分の意思をもつことが大切なんだ。いいかげんにやっているお母さんなんて、ひとりもいない。みんな、悩んだり考えたりしながら現実と向きあっているんだ。と、あらためて思った。きょうのそうすけは、お風呂でおしっこしたり、晩ごはんのときにもだっこをせがんで泣いたり、まあ、たいへんだったけれど、うけて立とうという気になった。なったと思う。

2月3日、産後ケアその1。(生後41日)

 いま、赤坂にある助産院にいる。子育て修行のためである。というのはウソでめいっぱいリラックスしている。きょうから2泊3日で産後ケアをうける予定。はじめての育児も1か月がすぎて疲れもたまってきたので、ここらでリセットしておこうというわけだ。だんなが出張で不在なのをいいことに、行きたかった助産院に予約を入れてしまった。いいぞ、いいぞ。このごろこのような産後ケアをしている助産院がふえてきているそうで、調べてみると複数の候補が見つかった。それでもまだ高額でとっておき感はいなめない。だれでも利用できるくらい一般的になるといいのになあ。まあ、まずは体験してみよう。

「ここが、かんべさんのお部屋ですよ」
「わあ、かわいいですね」
日本ばなれしたデザインの洋室。アメリカの田舎町にきているみたいだ。学生時代に短期留学で行ったイリノイのホームステイ先を思いだす。オーディオも、テレビも、冷蔵庫もない。ものすごく静かだ。いっぽうで、育児に必要なものはすべて、そろえられている。おむつも、着がえも、タオルも。ここでそうすけと2泊3日をすごすんだなあ。おくるみのなかのそうすけもどこかワクワクしているように見える。ぎゃん泣きしないでくれますように。
「まずは着がえてリラックスしてください」
「ありがとうございます」
「お昼ごはんは12時におもちしてだいじょうぶですか」
「はい、おねがいします」
そうすけを、部屋に置いてある服に着がえさせる。手ざわりがいい。肌にいい素材をつかっている。わたしも着がえた。ベッドはいつでも添い寝できるようにととのえてある。かたすぎず、やわらかすぎず、いいあんばいだ。
「ちょっと、休もうかー」
そうすけに話しかけると、さっそく添い寝をためしてみた。あっという間に2時間がすぎた。お昼をたべて、また添い寝した。おやつをたべて、また添い寝。人ってこんなに眠れるんだなあ、と感心するほど眠った。

 いつもよりひろいお風呂でバスタイム。そうすけはごきげんだ。やっぱり風呂がすきなんだなあ。風呂あがりのおっぱいをのんで、また添い寝をする。晩ごはんをたべて、また添い寝。添い乳のしかたも教えてもらった。いままでこんなふうにすごしたことはなかった。家にいるとついついテレビをつけっぱなしにしていたのを猛省する。消すだけでもずいぶんとちがう。

2月2日、混浴デビュー。(生後40日)

 だんなから、そうすけといっしょにお風呂に入ってきたらどう、とうながされて、入ってみることにした。落っことしたら、どうしよう。ためらっていたわたしに、だんなが、シンクで入れるよりもラクだよと教えてくれた。洗面台だと上から抱えるちからが必要だが、大きな湯船のなかだと浮力がはたらいて、ラクラクそうすけを支えられるのだ。それに、あたまやからだを洗うときには手つだってあげるよ、といわれて、だんぜんやる気がわいてきた。

 39度のお湯なのでいつもよりぬるいけれど、長くつかっていればしっかり汗がかける。そうすけの服をだんなが脱がせているあいだに、湯船につかってスタンバイした。ついでに、すきな音楽もかけておこう。そうすけを産む前日にも、聴いていた曲だ。準備できたよー、と声をかけると、さっそくだんながそうすけを抱えてやってきた。いらっしゃい。だっこしてうけとると、ゆっくり身を沈めていく。そうすけが、じっと、わたしを見る。はじめての混浴だね。たがいに、じいっと、観察しながら湯につかった。メロディにあわせて口笛を吹いてあげるとあっと、そうすけが口を開いた。もしかして、きみはこの曲をおぼえているのかな。静かに目をつぶっている。気もちよさそうな表情だ。

 1曲ぶんいっしょにあたたまると、だんなをよんだ。パンツ一丁のだんながやってくると、大きめの洗面器にお湯を入れて、そうすけを抱えてゆっくりそのなかに移した。きょうはわたしが洗う人、だんなが流す人になる。あたまから順番にベビー用ボディソープをつかって汚れを落としていく。あたま、首、腕、胸、おなか、背中、おしり、足、おちんちん。わたしが洗うと、だんなが小さめの洗面器に湯を入れてつぎつぎに流していく。お父さんとお母さんの共同作業だ。仕あげに、顔も洗ってみた。沐浴のときはお湯につけたガーゼでふくだけだったけれど、皮脂がたまってきたので、指でくるくる磨いてみた。ざばーっと、だんながお湯をかけた。そうすけが、ひゃあっと、びっくりした顔をしている。それでもまったく泣かなかった。もしや、ダイバーの素質があるのかな。

2月1日、沐浴から入浴へ。(生後39日)

 感謝、感謝。きのうはたっぷり休ませてもらいました。そうすけのリズムにあわせて寝るなら、寝る。起きるなら、起きる。これだけでも、たくさん眠れるもんだなあ。だんながいてくれると、さらによく眠れる。じょうすに気をぬきながら子育てをしていくつもり。まだまだ、お母さんも0歳だから。

 おとといの1か月健診で、おさんぽも、お風呂も、はじめてもいいですよとのこと。沐浴は卒業。いよいよお風呂デビューだ。レッツトライだ。わが家の風呂はあつめの湯がすきな夫婦にあわせていつも温度を41℃に設定している。きょうは39℃に設定した。そうすけには、ちょうどいい湯かげん。湯がたまると、そうすけも、だんなも、すっぽんぽんになってさっそくバスルームへレッツゴー。裸族の新しいイベントを、見ているみたいだ。

 はじめての入浴にワクワクしながら、わたしもカメラを片手にバスルームへおじゃました。そうすけも、だんなも、湯船でぷかぷか気もちよさそう。洗面台のシンクできのうまで沐浴していたのが、はるかむかしのことのようにさえ思えてくる。沐浴をはじめたころは洗面台のなかにすっぽりおさまっていたからだもこの1か月のあいだにすこしずつ成長して、足をバタつかせたり屈伸をしたりするたびにシンクの縁にぶつかりそうになっていた。きょうは湯船のなかで、手足ものびのびすっかりリラックスしている。沐浴のときよりもいちだんとうれしそうに見える。ほんとうに、お風呂がすきなんだなあ。39℃の湯かげんも気に入ったようだ。5分ほど湯につかると、洗面器に湯をためて、ベビー用ボディソープであたまから順番にからだを洗った。大きめの洗面器をつかうとベビーバスがわりにもできるので、そうすけのからだが洗いやすい。

 からだを洗い終えると仕あげにもういちど湯船につかって、お風呂タイムはおしまい。そうすけをバスタオルにくるんで、風呂場からリビングへ急いで移動した。ふと、顔を見て、びっくり。そうすけが笑っている。いつもなら、服を着終えるまでずーっとぎゃん泣きしていたのに。風呂から出るとだんなはビール、そうすけはミルク。ふたりでゴクゴクのみほしていた。風呂あがりの1杯は、やっぱり格別なのだ。ああ、早く家族で温泉に行ってみたいなあ。

1月31日、保育園申しこみ。(生後38日)

 1月31日。きょうは、あいさい(愛妻)の日ということで、ひさしぶりにだんなが代筆します。きのうの1か月健診では、先天性疾患の検査も問題もなく、すくすく育っていることがわかって、ほっとひと安心しました。かみさんも安心したようで、いつもよりぐっすり眠っています。この1か月のあいだ、わたしが出かけたあともたったひとりで、そうすけと向きあってしっかりまもってくれたことに大、大、大感謝です。感謝の気もちをこめて、きょうはまる1日、そうすけのめんどうをみていたいと思います。ちゃんとみられるかな。

 と、その前に。認証保育園の申しこみに3人で出かけました。10時10分前に保育園に到着、園内に入るとすでに4組の親子がきていました。約束の10時がすぎると、わたしたちも含めて7組の親子が園内で申しこみをしていました。申しこみの手続きは、A4の用紙を1枚書いて提出するのと、数分間のカンタンなヒアリングのみ。こんなにあっさりと手続きが終わってしまうなんて。子どもをあずける家族の切実な想いと、それを受けいれる側との、意識のギャップを感じざるを得ませんでした。もちろん、保育園のスタッフには何の非もありません。これがこの国の抱える課題かもしれないな、と感じた朝でした。

 さて、あいさいの日。かみさんもびっくりするくらい、そうすけがストンと眠りにつく方法を発見したので、紹介しましょう。名づけて、ブランケットでおくるみねんね作戦、です。まんまるだっこ作戦がすぐに泣きやむ方法だということは、すでにかみさんも書いたとおり。ちょうどその応用です。Cの字をブランケットでつくり、そのうえに赤ちゃんを置いて、胸もとにブランケットをかけて、胸をかるくトントンします。すると、あら不思議、はじめのうちはぐずっていますが、5分ほどすると、すやすや眠ってしまうのです。赤ちゃんが眠っている真横でいっしょに寝ることができるのも、この方法のいいところです。そのうえ、眠りかけた赤ちゃんをベッドに置いたとたん目が覚めて泣きだしてしまった、ということもありません。赤ちゃんをスムーズに眠りにつかせることができて、しかも自分も添い寝できちゃう。一石二鳥の方法なのです。

 とはいったものの、ブランケットでおくるみねんね作戦をしても、ぎゃん泣きがとまらない状況が30分以上もつづきました。そうです。おっぱいがのみたかったのです。残念ながら、わたしにはあげられません。だんながどれだけすばらしいあやし方を開発しても、かみさんのおっぱいにはかないません。母はやっぱり偉大でした。母の偉大さをあらためてかみしめつつ、おっぱいをのむそうすけを横目で見つつ、ちびちびと酒をたしなむ昼下がりでした。

1月30日、1か月健診。(生後37日)

 朝から、雪がふっている。だんだん、はげしくなってきた。まだ地面がぬれているけれど、このままふると午後には積もりそう。きょうは、そうすけの1か月健診がある。朝いちばんに予約を入れておいてよかったなあ。さくっとうけて、さくっと帰ろう。受付を済ませると名前をよばれるまで待つ。小児保健部のロビーにいちばんのりをしたが、10分も経つと診察待ちの親子たちでごったがえしていた。お父さんとお母さんに連れられてやってきた1歳くらいの男の子が、近くを歩きまわっていた。歩くのがたのしくてしかたがない様子だ。わんぱくで、たのもしい。お父さんがあわてて、追いかけている。

「かんべそうすけさーん」
そうすけの名前がよばれた。そうすけの診察カードを出して、そうすけの名前がよばれる。たったこれだけのことにも、胸がじわっとあつくなる。一人前になったもんだ。まずは体重測定から。身につけているものをぜんぶ脱いでくださいと看護師さんにうながされ、服もおむつも脱いだ。デジタル式体重計でチェックする。3940グラム。1日あたり45.9グラム増。とても順調です、といわれて、ほっとした。体重のふえ方は、1日あたり30グラムから40グラム増が目安になる、といわれている。なかなかいいペースだ。

 助産師さんによるチェックがひととおり終わったところで、なにかききたいことはありませんか、ときかれた。母乳をあげるタイミングを確認しながらふと思いだした。そうすけの泣いている理由がどうしてもわからないことがある。おっぱいはあげた、おむつはかえた、と消去法でひとつひとつたしかめてみても、こたえが見つからない。どうして泣いているんだろう。
「わからないですよね。わたしも、そうでした」
「えっ」
「わたしも母親になって、いま2歳の娘がいるんですよ。こんな仕事をしているのに、さっぱりわからなくって。なんどもいっしょに泣きました」
「あははは、いっしょに」
「そんなもんです、育児って。こたえが見えないこともしょっちゅう」
「なんだか、気がラクになってきました」

 医師による健康チェックのときにも、おなじアドバイスをもらった。
「おっぱいをあげる回数とか、量とかよりも、赤ちゃんがのみたいかどうかを目安にするといいですよ」
「こたえを探そうとしなくても、いいんですね」
「そう、そう。こたえなんて、もともとないんですよ。だって、機械じゃないからね。ニンゲンだから」
もうひとつ、おもしろい話をしてくれた。
「育児っていう言葉には、自分を育てる、という意味もあるんですよ」
育児は、育自でもある。そうかもしれない。いままでは見まもることばかり考えていたけれど、そうすけといっしょに進化できるかもしれない。

1月29日、快感おひるね。(生後36日)

 はじめての体験をした。そうすけとの、おひるね。いつもは、寝かせたあとにメールを読んだり返信を書いたりして、自分の時間にあてている。この数日間はちょっと様子がちがった。なかなか寝ようとしない。だっこしていると眠りはじめるが、ベッドに寝かせたとたんぎゃん泣きしてしまう。ママ友からきいていた背中スイッチ押しっぱなし状態がつづいている。こうなったら、だっこしたままおひるねしてもらおう。長期戦になることを予想して、リビングにのみものとおやつをもちこみ、ソファにクッションをならべてスタンバイした。

 そうすけはまだ、ぎゃん泣きしている。まんまるだっこをしながら、スクワットをくりかえすと、うとうとしはじめたようだ。よし、よし、いいぞ。それでもまだ、ぐずっている。寝てやるもんか、と反抗期をむかえた少年のようにかたくなだ。だったら快楽攻めはどうだろう。とことん気もちよくなってもらおう。ソファにならべたクッションのなかでもいちばん大きいものをマットがわりに、ベビーマッサージもどきをはじめた。やっているうちにすこしずつリラックスしてきたみたいだ。そう、そう。あなたは、だんだん、眠くなる。そうすけの気もちよさそうな顔を見ていたら、わたしまで眠くなってしまった。添い寝はきけんだからやめようと思っていたけれど、本能に勝てなくなる。安全な添い寝はどんなポーズだろう。などと、ためしていたら熟睡してしまった。

 新生児の赤ちゃんの睡眠時間は、朝、昼、夜に関係なく赤ちゃんがのぞむままでいいそうだ。寝るなら、寝る。起きるなら、起きる。それくらいの心づもりでだいじょうぶ。赤ちゃんはすこしずつ、昼と夜を認識する練習をしている。昼と夜のちがいがわかるように、朝から昼にかけては明るく、夜は暗くするほうがいい。生後3か月くらいまでの赤ちゃんは、1日に17時間ほど眠っている。おとなの3倍もたくさん眠っているんだなあ。4か月から6か月には夜まとめて眠るようになり、1日に15時間ほどになる。それでも半分以上は眠っているんだなあ。なにごとも、マイペース、そうすけのペースをまもろう。

1月28日、風を感じるとき。(生後35日)

 澄みわたった青空、きれいな冬晴れだ。窓の外の景色を見ると、陽ざしがあかるくてあたたかそう。ホントは、気温が10℃あるかないかくらいだけど。部屋のなかで窓を閉めたまま、そうすけとひなたぼっこをする。ぽかぽかして気もちいいなあ。眠ってしまいそう。と、そうすけを見るとさっきから不機嫌そうだ。あらあら、とうとう泣きだしてしまった。おむつもかえたしおっぱいものんでいるのに、どうしたもんだろう。いつものように話しかけてみる。
「そうすけ、どうしたの」
いつものように返事はない。身をくねらせながら泣いている。
「どうしたのかな」
返事はない。泣きやまない。
「おっぱい、まずかったのかなあ」
泣きやまない。
「おむつが、むずむずするのかなあ」
泣きやまない。おむつが肌にフィットしていないと、わたしだっておこりたくなる。念のためチェックしてみよう。背中側に手をまわしてみて、ようやく気づいた。汗ばんでいる。あつかったんだね。そうすけ、ごめん、ごめん。
「そうかあ、あつかったんだね」
そうすけが、うなずいた。ような気がした。この1か月、ほとんど部屋のなかに閉じこもっているのだ。部屋のなかですごしているとついつい着こみすぎてしまうので、気をつけないと。うす着にしていても、時間帯によってはぬくぬくしすぎるときがある。ちょっと外の空気をあびようか。ベランダの窓をあけて、部屋に風を送りこんでみる。おさんぽに出かけるのは、あさっての1か月健診が終わるまで待とうね。そうすけが、うなずいた。ような気がした。

 そうすけは、風がすきだ。名前のなかにも風という文字があるからかな。窓を開けてだっこしながらベランダに立っていると、気もちよさそうに目をつぶっている。いまにも歌をうたいだしそうな、ほがらかな表情をしている。